第2話 再開

「竜樹、竜樹は起きてるか?」


庭で兄上と朝稽古をしていると父上が俺を探していた。

父上が俺を見つけると言った。


「竜樹。朝食の後出掛ける支度をしなさい。宮に参るぞ」


宮には倭の国を治める花梨様がいる。

年に何度か参る事があるけど、つい最近参ったばかりだ。

多分この前の鬼の件について話があるのだろう。

と、いう事は桜も呼ばれているのだろうか?

あの事件の後父上からはお咎めはなかった。

初めての実戦。

だけど初めての勝利に浸ることなく日々鍛錬をしていた。

父上たちは頻繁に詰め所に通っていたみたいだけど。

朝食を終えると正装して父上と一緒に宮に参る。

そこで、同じように小紋姿の桜と桜の兄の楓とその父親と会う。

楓さんは桜の警護らしい。

あの一件以来ずっと桜のそばに楓さんがいるそうだ。

奥の間に通されると当主の央山花梨がいた。

俺と桜は隣に座ると、花梨様を見る。

花梨様は白い肌に黒い艶のある長い髪を降ろしている。

触れたら壊れそうな儚い印象。

その花梨様が俺と桜を見て言った。


「桜、手短に用件を話します。今想い人はいませんか?」


え?

俺は桜を見る。

桜は顔を染めて俯いている。

この反応は誰かいるのだろうか?

桜は俺と同い年だしいてもおかしくない。

予想通りだったようで桜は小さく首を振った。


「います……」


一瞬俺をちらりと見たのは気のせいだろうか?

だが、その返事を聞いた花梨様はとんでもない事を言い出した。


「たった今からその人の事は忘れなさい。これは私の命だと受け取って構いません」


それを聞いた桜が花梨様を見る。

俺も耳を疑った。


「……どういうことですか?」


落ち着いているようだが、明らかに動揺の色を隠せない桜。

だが、花梨様は淡々と告げる。


「桜と竜樹。手配は私の方でします。祝言を挙げなさい」


俺と桜が!?


「どうしてですか?」


俺が花梨様に聞いていた。


「詳しい事情は後で話します。竜樹も桜なら不満は無いでしょう」


そりゃまあ、桜は倭の国でもトップレベルの良人だ。

異論を唱える男の方が少ないだろう。

しかし桜に想い人がいると聞いた手前気持ちは微妙だった。

相手が俺では桜を不幸にしてしまうのではないか。


「不満はありません。むしろ光栄に思います。ですが納得できません」


どうしてそうなったのか、事情を聞かせてほしかった。

だが桜は違ったようだ。


「……竜樹君に不満が無いのなら私は構いません」


へ?


「桜、好きな人がいるんじゃなかったのか?」


俺は桜に聞いてみた。


「います。……竜樹君が好きです」


こんな場所でこんな告白を受けるとは思わなかった。

そんな俺達を見て花梨様はにこりと笑う。


「それなら問題ありませんね」

「恐れながら花梨様。そういう事なら二人に事情を説明してやった方が。竜樹はまだ戸惑っているようですし」


父上が言うと花梨様は頷いた。

そして花梨様が何かを言おうとした時誰かが奥の間に入って来た。


「花梨様!天の国の者が橋にいます!」


その知らせに俺も反応した。

性懲りもなくまた……。


「その者はなんと言ってるのですか?」


花梨様は落ち着き払っていた。


「花梨様たちを呼び出すようにと」

「わかりました。東と北美の者も一緒についてきなさい」

「はっ!」


父上がそう言うと俺達は橋へと向かった。

橋の上には黒と紫を基調とした艶やかな着物を着た女郎のような女性がいた。

背も高く、スタイルもいい。

髪は炎のような赤色で奇妙な髪形をしていた。

露出した部分には金銀のアクセサリーを身につけている。

女性の背後には何人かの男が立っていた。

その中の一人に俺は注目した。

確か西藤と名乗った男……。

女性は花梨様を見ると口角を上げた。


「そなたが倭の国の当主、央山花梨か。わらわは天の国の当主、天都美琴」


美琴がそう名乗ると花梨様はうなずいた。


「いかにも。で、美琴様がどのようなご用件で?」


花梨様が言うと美琴は左手を上にあげる。

すると手の先に黒い何かが現れてそこから何かが出てきた。

それを見て桜が悲鳴を上げる。

まだ12歳の女の子だ。

人の死体を見れば当たり前の反応だろう。

ましてや人と異なる異形の者のものとなれば。

俺はその死体に心当たりがあった。

桜を襲って来た連中だ。

そんな俺を見て美琴はいった。


「覚えておったか。お前が殺した者だ。忘れるはずがなかろうな」

「こいつらは決まりを破って倭の国の領土に忍び込み、桜を襲った連中です」

「……その証拠はあるのか?」


え?


「この死体の者たちが倭の国に入ったという証拠はあるのか?」

「……どういう意味ですか?」


俺の代わりに花梨様が応じた。

そんな俺達を見て美琴はにやりと笑う。


「わらわは我が領地に忍び込んだ者がこの者たちを切り捨てたと聞いたのだが」

「……竜樹達が天の国に入ったと?それこそ、その証拠が必要ではないですか?」


冷静に話を進める花梨様。

だが、表情は険しい。

この先の展開を読んでいたのだろう。


「そう、お互いに証拠がない。あるのはそこの小僧がこの者たちを切り捨てたという事実のみ」

「だとしたらどうするのですか?」

「休戦は終わりだ。長き戦いに終止符を打つとしよう」

「こちらに戦う意思は無いとしてもですか?」

「無論。そなたが負けを認めるか、小僧が代償を払うなら話は別だが」

「……俺の首一つで済むなら」


俺が言うと桜が俺にしがみついて拒否する。

しかし戦の準備なんかしていない倭の国にとって不利だ。

俺の責任一つで済むならその方がいい。

だけど花梨様は違ったようだ。


「そうですね……そろそろ決着をつけた方が良いでしょう」


花梨様は天の国と戦う覚悟のようだ。


「それではまた改めて。再び会う時に同じように余裕を見せていられるか楽しみだわ」

「それは私も同じです」


花梨様がそう言うと美琴たちは帰っていった。

この場であいつらをしとめれば解決するんじゃないか。

そう思った矢先に父上が俺の手を掴む。


「慌てるな、先に動いた方が負ける。いつもいってるだろう」

「しかし……」

「先にお前たちに話しておくことがある。宮に戻るぞ」


そう言って父上たちは花梨様と共に宮に戻る。

俺達もその後を追う。

これが俺達の長い戦いの始まりだった。

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