第3話 夜襲

父上は花梨様とお話があるそうなので先に兄上と家に帰った。

辺りは薄暗くなっていた。

きっと母上が夕飯の支度をしているだろう。

そばを離れるなと兄上から言われたので、兄上の裾を掴んで歩いている。

宮で聞いた北美家の使命と東家の役割。

そして私と竜樹君の婚礼の意味。

私は不安だった。

私にその役割が務まるのか。

そして……。


「やはり桜も不安か?」


兄上が聞いてきた。


「はい、とても不安です」


私は正直に答えた。


「それは何に対して不安なのだ?」

「全部です」

「……そうか」


兄はそう言って何か考え事をしていた。

そして少し笑って言った。


「その悩みを解消してやれるのは残念ながら私ではないな」


え?


「竜樹もきっと同じだろう。2人とも初めての境遇で、どうしたらいいのか分からないのだろう」

「竜樹君もですか?」

「ああ……だから、2人でその不安を解いていくしかないな」


兄上には、きっと私の両親にも出来ない私と竜樹君の共同作業。

兄上はそう言って少し寂しそうに笑った。


「桜も願いが叶って嬉しいのだろう?今はその幸せを噛みしめなさい」

「……はい」

「残念ながらそんな望みは一生叶いませんね」


女性の声に気付いた兄が腰にさげた刀を手にして振り返る。

もう月明かりしかない夜道で姿はおぼろげだが女性の侍のようだ。


「何者だ!?」

「南山伽耶。天の国より馳せ参じた。目的は言わなくてもわかるわよね?」


気づいたら地面から急に現れた天の国の鬼が私と兄上を取り囲んでいた。


「桜、少し下がっていなさい」


兄上は伽耶と名乗った女性から目をそらさず私に言った。

しかしどこに下がればいいのやら。


「諦めなさい、あなたの相手は私がしましょう」

「女如きが私の相手だと?見くびられたものだな」


兄上がそう言って構える。

私は恐怖のあまりその場を動く事ができないでいた。

情けない。

これでは兄上の足手まといになってるだけだ。

そんな私を察した兄上が先に動く。

私から一定の距離を保ちながら、伽耶がいつ仕掛けて来てもいいように備える。

先に動いたのは鬼たちだった。

私に一斉にとびかかる。

兄がそれに気づいて鬼を振り払おうとするが、伽耶が兄上にしかける。

私は動けない。

ここで殺されるの?


「桜!!」


竜樹君の声がした。


「竜樹君!?」


私が振り返ると竜樹君が凄い速度で迫って来た。

鬼が私に迫る前に私と鬼の間に割って入って鬼を切り捨てる。


「怪我無いか!?」

「大丈夫。それよりどうしてここに?」

「自分の妻くらい守ってやれって父上に言われてきた」


そっか、私を助けに来てくれたんだ。


「俺の側から離れるな」

「うん」


私は竜樹君にぴたりとくっついた。

そんな私達を兄上は見て、目の前の敵に集中する。


「……ちっ。引くぞ」


伽耶がそう言って合図すると鬼たちは闇夜に消えていった。

兄上が刀を鞘に納めると竜樹君に礼を言っていた。


「助かった。ありがとう」

「いえ、きっと仕掛けてくるだろうと父上が言っていたので気になって……」

「左様か。もうすでに戦いは始まっているんだな」

「油断するなと父上から言われています」


私はずっと怯えながら暮らさなければならないのだろうか?

絶対に一人きりになれない。

そんな事を考えていると竜樹君が私の頭を撫でる。


「大丈夫。経緯はどうあれ、桜は俺の大切な人だ。命を懸けても守って見せる」

「竜樹君……」

「父上からお勤めを変わるようにいわれてね。これからは桜と一緒に宮参りだ」


え?

ずっと竜樹君と一緒にいられるの?


「家も早く探すと言っていた。少しの間だけど、ちゃんと桜の守りをするよ」

「……ありがとう」


そして私達は3人で私の家に帰った。

家の前で竜樹君とはお別れ。


「竜樹君も気を付けてね」

「大丈夫。もう夜出歩くような事はするなよ」

「うん」


竜樹君を見送った後、父上の帰りを待つ。

父上が帰ると夕飯にする。

帰りに襲われた事を父上に伝えた。


「やはりか……気にはなっていたのだが。しかし、なかなか頼もしい夫に出会えたではないか」

「はい」

「父としては少し寂しいが……まあ娘を持った以上避けられる運命というやつかの」


そうはいうものの、父上はどこか嬉しそうだった。

夕飯が済むと湯浴みをして寝床を準備する。

翌朝から定刻に竜樹君が迎えに来て一緒に宮に参る。

竜樹君は宮の警護係。

私は花梨様の付き添い。

お勤めが終ると竜樹君と一緒に帰る。

前から聞いてみたかったので聞いてみた。


「ねえ、竜樹君」

「どうした?」

「竜樹君は私が相手でよかったの?」

「倭の国で桜と一緒に慣れて喜ばない男なんていないよ」

「そんな月並みな答えが欲しいんじゃない」


すると竜樹君は立ち止まると私の方を振り返った。


「そうだよな、ちゃんと言わないと卑怯だよな」


そう言って頭を掻く竜樹君。

そして突然私を抱きしめる。

まだ明るいし人通りだってそれなりにいる。

通行人が私達を何事かと見ていた。

少し恥ずかしかった。

そんな中竜樹君が言った。


「大好きだ。ずっと一緒にいて欲しい。死がふたりを分かつまで」

「……ありがとう。私も大好き」


竜樹君の告白を受け入れると、いつも通り竜樹君は私を家に送って帰った。

その日私は幸せと竜樹君の幻を抱いて眠りについた。

物騒な世の中で私達だけは甘い夜を過ごす。

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