竜と桜 異国風剣劇奇譚
和希
第1話 鬼
「ああ、竜樹。遅れてしまない」
「兄上も色々事情があるのでしょう。こっちは問題ありませんでした」
「分かった。後は俺に任せて、帰ってゆっくり休め」
「はい」
兄上の東竜星と見張りを交代すると俺は家に帰る。
俺達は倭の国と天の国を繋ぐ唯一の橋を交代で見張っている。
向こう側には天の国の兵隊がこっちを睨んでいる。
昔、倭の国と天の国の戦いがあった。
戦いは決着がつかぬまま長引いて互いの国が疲弊していた。
そこで休戦協定を結んだ。
この橋を絶対に超えてはならない。
それいらい俺達の家・東家も見張りを代々引き継いでいる。
もちろん東家の者だけではないけど。
天の国は亡者の国。
天の国には鬼が住んでいる。
だから近寄ってはいけない。
母上から小さい頃から聞かされていた。
しかし父上は「竜樹にも鬼から身を守る術が必要」と小さい頃から剣の手ほどきを受けていた。
勉強は母上が教えてくれる。
剣は凶器、剣術は殺人術。
だから何のために自分がそれを使うのか常に考えなさい。
それが父上の教え。
俺にはまだその答えが分からなかった。
「『弱い者を守ってやれ』は竜樹には通用しない。だって竜樹より強い者などいないから、だから竜樹が大切な物を守る為につかいなさい」
それが母上の教え。
まだ兄上や父上の方が強いと思っていたけど違うのだろうか?
いつものように町の中を通ってある。
家は町の中にある小さな道場。
もちろん門下生もいる。
だけど父上の教える東神流の極意を得る事が出来るのは東家の人間だけ。
あとは護身術のようなものらしい。
この平和な世の中にそんなものが必要なのかわからないけど。
事件と言えばたまに酔っ払いが女性を襲うくらい。
辺りは薄暗くなっていた。
早く帰らないと母上が心配するな。
しかしこういう時に限って何か事件があるらしい。
聞きなれた声の悲鳴が聞こえた。
この声は……幼馴染の北美桜!?
こんな時間に何をしていたのか?
多分俺と同じようにお勤めの帰りだったのだろう。
俺は急いで悲鳴のした方へ向かう。
俺が言うのも変な話だけど桜は気立てもいいし、見た目も綺麗だ。
すぐに変な男に絡まれるヒロイン気質の女の子。
時間も時間だしまた変な男に絡まれているのだろう。
そう思っていた。
しかし、駆け付けると桜は武装した男達に囲まれている。
それを離れてみている侍風の男。
「桜!どうした!?」
「あ、竜樹君!」
俺に気付いた桜が俺を見る。
それが引き金になった。
「小娘……悪いが死んでもらうぞ」
禿げた男が鎖鎌を桜に投げつける。
男が振り上げた時点で予測した俺はすぐに桜と男の間に入り鎖を振り払う。
「竜樹君!」
「桜、お前何したんだ?」
「分からない。いつもの通りお勤めをして帰ろうとしてたら急に襲われて」
桜にも身に覚えがないらしい。
「お前達何者だ!」
「我々は天の国の使者」
天の国?
ここは倭の国だぞ!?
「約束を知らないわけじゃないだろ!なんでここにいる?」
「主の悲願の為」
「悲願だと!?」
それにそんなに大事な事をべらべら喋って良いのか?
「お前達には関係ない事だ。2人とも無駄な抵抗しなければ楽に死なせてやる」
まあ、そんなオチだろうな。
侍風の男が片手を上げると男たちが一斉に襲い掛かる。
「桜!絶対に俺から離れるなよ!」
「……うん」
俺は抜刀すると男たちを迎え撃つ。
躱すのは無し。
桜に当たってしまう。
全て受け止めるか先に切るか。
俺の命だけじゃない。桜の命もかかっている。
不殺とか言ってる場合じゃない。
東神流の教えは「最小限の攻撃で敵をしとめる」こと。
切れ味のいい刃ほど耐久性がいいわけではない。
やるなら一撃でやれ。
その教え通りに立ちまわる。
3振りもすれば10人は斬り殺す速さ。
数分で立っているのは侍だけになった。
俺は切っ先を男に突きつける。
「これ以上は無駄だ。こいつらをつれて国に帰れ」
「なるほど……俺が相手をしないと駄目なようだな」
そう言って男が構える。
男は細身だけど俺よりは体格がいい。
まともにやりあえば不利だ。
「桜。俺の目の届く範囲まで離れてろ」
「うん」
桜が俺から離れるまで侍から視線をそらさなかった。
侍もまたそれを見届けていた。
サシでやるつもりでいたらしい。
俺は納刀して構える。
どっちから先に出る?
「少しは出来るようだな。名前くらい聞いておこうか?俺は西藤伊吹」
「……東竜樹」
「じゃあ、始めようか」
西藤と名乗った男は俺に向かって突進してくる。
俺も抜刀して応戦する。
つばぜり合いでは不利だ。
西藤の勢いを利用して後ろに飛びのく。
腰を落として、納刀すると右手を地につけて低姿勢で突進する。
足を狙っていると思ったのだろう。
西藤は後ろに飛びのくと剣を振り上げる。
その斬撃は俺の髪の毛をかすめる。
間合いに入ると俺は抜刀する。
西藤は上に跳躍する。
読み通りだ。
そのまま振り上げ西藤の胸を狙う。
しかし西藤は刀を振り降ろし受け止めた。
勢いは俺にある。
そのまま上に吹き飛ばし、宙返りをして着地すると、再びにらみ合う。
その間に桜は助けを呼んだらしい。
足音が聞こえてくる。
それは西藤にも聞こえていたようだ。
「今宵はここまでにしておくか、中々楽しませてくれるな。小僧」
西藤はそう言って懐から徳利のような物を出す。
詮を抜くと倒れていた男たちが吸い込まれていく。
どういう仕掛けなんだ!?
全員収納すると西藤は立ち去る。
「続きは次の楽しみにしておくよ」
そう言い残して。
西藤が立ち去った後、見回しの武士がやってくる。
「何があった!?」
「桜が襲われてて……」
「相手は何者だ!?どこに行った?」
「逃げられました……でも『天の国の住人』と名乗ってました」
「なんだと……」
見回り組がざわつく。
「竜樹君、大丈夫?」
桜がそう言うと急に体から力が抜ける。
初めて死と直面した緊張から解放されたからだろうか。
今頃になって怖気ついて腰が抜けて地面に座り込む。
「竜樹君!?」
「大丈夫……ちょっと力が抜けただけ」
「ありがとうね。ごめんね。私のせいで……」
「桜が無事ならそれでいいよ」
「ありがとう」
何度も礼を言う桜。
落ち着くとゆっくりと立ち上がって俺達は家に帰る。
後日事情を聞きに家に来るそうだ。
天の国の住人と名乗った以上、父上達にも話しておく必要があるな。
「そうか……ついにしびれを切らしたか」
父上はそう言っていた。
そして父上の言った通りこれを口火に大きな戦いが始まる事になった。
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