第11話 もう1人のリライター


 目指すはダンスホールの地下倉庫だ。

 天井が頭につきそうなほど狭い空間に、いろんな機械や不要品が詰め込まれた場所である。

 地面スレスレに設けられた窓から差し込む月光が、黄緑色のドレスを闇の中に浮かび上がらせていた。


「……仕掛けのチェックとは、用心深いことだよな」

「!?」


 声をかけると、リータは警戒心を全身にみなぎらせて振り返った。


「そこに詰め込まれてた爆弾は、全部よそに移したぜ、リライターさんよ」

「ばれてたんだ?」

「2人しかいない密室で、中にいる人間に気づかれず怪文書が置かれた……となれば、中にいる人間を真っ先に疑うのが当たり前じゃないか」

「まあ、そう思うよね。主人公さんは友達を疑う発想さえなかったみたいだけど」


 リータは余裕の表情で、機械の上にひょいと座って、長い足を組んだ。


「クランクルムが言ってたよ。あたしたちの邪魔になる奴がいるって」

「……おまえ、クランクルムを」

「『殺した』? うん、ほら、転生者は2人も要らないしさ。元々方向性が微妙に合わなかったし、敵に素性バレしたんなら、尚更」

「ってことは俺とも仲良くする気はないってわけだ」

「……つまらない前世だった」


 リータは、いやリータに憑依したリライターは窓を見上げた。


「上司や取引相手にペコペコして、お局の御機嫌とって、親はあたしが彼氏作るのを邪魔してたくせに、就職した途端に結婚しろ孫産め介護しろって――ああやめやめ、面白くもない! つまり、あたしはこの世界でもう、都合のいい人形になる気はないんだ。まわりがあたしの都合に合わせればいい」

「その割には、残念な配役だったな」


 リータなんて、この物語で1番、主人公にとって都合のいいキャラクターじゃないか。

 ストーリー上での献身的な活躍はもちろん、好感度チェック、スチル閲覧やイベントの回想まで、みんなリータに話しかけることで実行される。


「ホントだよ。最初はまあ、それでもうれしかったんだ。リアルで動く生エーデルライトさま、初めて見たときは感動したなぁ……。だからさ、そのエーデルライトさまがよりにもよってあんなバケモノに盗られるなんて、絶対イヤ。耐えられない」

「だから脅迫状を書いた。エーデルライトとのフラグを折ろうとした」

「そうだよ。なのに主人公補正っていうのかな、運だけはいやに強いあいつは、いやがらせみたいにエーデルライトさまとの好感度を上げていった。他のキャラならまだ耐えられたのに、よりにもよってあたしの最推しとだよ!?」

「だから、しまいには致死レベルのトラップにまで仕掛けたのか」

「あれが避けられるんだもん。主人公補正パねぇ」

「だからって、ダンスホールごと爆破しようなんて奴がいるか」


 ダンスパーティの裏方仕事、その打ち合わせがあるたびに、リータは地下倉庫にせっせと爆薬を運び込んでいた。


「あたしの仕事を代わったの、トラップを撤去するため?」

「そうだ。仕込み矢なんか仕掛ける奴なら、必ずなにか用意してると思ってな。他の連中にバレないように撤去するのは骨が折れた」


 ミードをけしかけてダンスパーティに出席させたのは、目の届くところにいてほしかったからだ。

 通報はしない。パーティが中止になったり、ルームメイトのノーマルーデがとばっちりで出席できなくなれば困る。


「それにしても、ホール吹っ飛ばすほどの爆弾だなんてぞっとする。エーデルライトも死ぬぞ」

「なにが悲しくて他人の色恋見守らなきゃならないんだよ。リータのポジションじゃ誰ともフラグ立たないんだ、ちくしょう!」

「そうなのか?」

「ノーマルーデが他の攻略対象から注目されたきっかけって、あいつが『光の娘』だったからじゃん」

「……なんだっけ、それ」

「なんでおぼえてないんだ重要設定!? もう浅い奴は黙ってろよ!」

「確かに俺は、仕事で必要だったから軽くプレイしただけのニワカだよ。でも、ゲームでもここでも、エーデルライトはそんな設定抜きでノーマルーデを好きになってるって思うけどな?」

「ふざけんな! あんな黒ベタ塗りのバケモノ、好かれる理由が他にあるか!」

「確かに俺らから見れば灰被りどころかコールタール被ってるように見えるが……」

「どのみち、もう遅いよ……。あたしがヒロインになれない『幻麗のアストラルリート』なんて、なにもかもなくなっちまえばいい!」

「どんな選択肢を選ぼうが、いくら課金しようが、それはゲーム側が提示したもんだ。『幻麗のアストラルリート』は最初っからノーマルーデの物語で、おまえがヒロインだったことは1度もない」

「じゃあ、ノーマルーデがいなくなったこの世界はどうなるのかな」


 リータはナイフを取り出してみせた。


「それを俺がさせると思ってんのか?」


 こっちもノコノコ素手でやってきたわけじゃない。

 スカートの中に隠しておいた警棒を引き抜く。


「おまえを排除し、アロガンシアの婚約破棄イベントを起こす。それでこっちの勝ちだ」

「なら負けるね、あんたは」


 がばっと、背後からなにかが覆い被さってきて、俺は羽交い締めにされた。

 ミードだった。

 リータは愉快そうに笑う。


「そいつにあたしの監視をさせたかったみたいだけど、ごめんね? そいつ、元々あたしの仲間だから。その設定知らなかった、ニワカさん?」


 リータは地下倉庫を悠々とした足取りで出て行った。

 後には俺と、俺を羽交い締めにしたミードが残される。


「離せ、ミード! あいつがなにしようとしてるか知ってんのか?」

「次期王妃を殺して、ついでに次期国王も殺してくれるんだろ」

「は?」


 ノーマルーデが晴れてエーデルライトの婚約者になったその瞬間、その幸せを味わう時間を与えず刺殺。

 混乱のうちにエーデルライトも刺し殺し、自分も死ぬ。

 それがリータの筋書きらしい。


「ここに来て主人公死亡エンドだと……冗談じゃない」

「意外性があっていいだろ。その相手が友人とくればドラマティックじゃねえか」


 ミードにとっては自分の手を汚さず王家の人間を殺せるのだから、願ったり叶ったりだろう。


「それにあのアロガンシアって女、みすみす破滅させるつもりか? あいつ、おまえに惚れてるぜ」

「は……? まさか」

「オレさまが匿ってやるって言ったのに、あいつは屋敷に戻った。なんでだと思う? 自分がいなきゃ、おまえが困るから、だとよ!」

「あいつは……自分の罪を償うために……」

「そんな建前、本気で信じてんのかよ!」


 ミードは腕に力を込めた。

 俺の身体から、みし、と音がする。


「ぐあっ、痛てて!」

「色気のない悲鳴だな。なあアインザム、おまえもオレさまの側に来いよ。リライターだか転生者だかになっちまえ。誰かが勝手に決めた筋書きも、この腐った国も、ブッ潰してやるんだ。きっと楽しいぜ?」

「マジで言ってるのか」

「マジで言ってんだよ。おまえのことは気にいった。オレさまと来い。これは決定事項だ」

「そんな口説き方で、ハイそうですかとついてくるような奴に見えるか?」

「なあ、物語がひとつ、違ったものになったからってなんだってんだ? 思い出が変わったからって、それで

世界が滅びたり人が死んだりするわけじゃねえんだろ」

「コンスタントかつインスタントに世界の危機が訪れるおまえら物語世界の住人にはわからんだろうが、世界に何の影響もなくても、片付けるべき案件が山ほどあるのが現実世界なんだ」

「ああもう、減らず口の多い女だ。じゃあもう喋れなくしてやる」

「は!?」


 ミードの細い指が俺の顎を押し上げ、振り向かせようとする。

 おいバカやめろ。

 俺は首にすべての力を総動員したが、抵抗虚しく、俺と奴の唇の相対距離は狭まる一方で――。


「ギャッ!?」


 ミードが悲鳴をあげた。

 どこからともなく入り込んできた黒猫が、奴の足首にがぶりと噛みついたからだ。

 俺は自由になる。


「ぐあッ……! 痛ェ、なにすんだこのクソネコ!」


 奴が猫を引き剥がしたときには、俺は警棒を振り上げていた。

 ミードの顎に命中。仰け反った拍子に足を滑らせ機械に後頭部をぶつけたミードは、力なく尻餅をついてそのまま動かなくなった。


「……助かりました、課長」

「おまえの尻の穴がか? 状況はむしろこれからだぞ」

「わかってますよ」

「まったく、よりにもよってリータの見張りをミードに任せるからだ」

「どういう意味です?」

「知らんのか? リータは基本ただの友達だが、ミードルートではテロ組織のスパイだったことが明らかになる。正体を現わした後、ノーマルーデによって撃たれて死ぬ」

「致命的なネタバレやめてもらっていいですか!?」


 俺は階段を上がり、ミードが起きてこないよう地下へのドアを閉めた。

 ダンスホールに駆け戻る。


 頼む、間に合ってくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る