第10話 パーティ・ナイト


 卒業式はつつがなく終了した。

 例年どおり、その日の夕方に学園敷地内のセレモニーホールでダンスパーティが開かれた。

 卒業生や在校生だけでなく、都市の名士も招待される盛大なもので、卒業生の一部はパートナーそっちのけで人脈作りに余念がない。


 人でごったがえすダンスホールに、薄緑色のドレスを着たスポーティな少女が入場した。

 俺は静かに近づいて、カクテルグラスの並んだトレイをうやうやしくさしだす。


「ようこそ。ウエルカムドリンクはいかがでしょう、おふたかた?」

「…………」


 なにが気に入らないのだろう?

 リータは不快害虫でも見るような眼差しを俺に向ける。

 やれやれ、心外だな。


「……あんた、なんか知ってたの?」

「なにを?」

「こいつだよ」


 リータは、隣に立つ男を指差す。

 着飾った衣装に落ち着かない様子のリータと違い、生まれた時からタキシードだったような顔をしたその男は、ミードだった。


「こいつ、いきなりあたしに告ってきたんだけど――あんたの差し金?」

「まさか……。パーティやイベントの直前に即席でカップルができるのは、そう珍しくないでしょう?」


 嘘である。

 テロリストだとバラされたくなければリータをパーティに誘え、とミードを脅迫したのは俺だ。

 ドレスを手配したのも、本来リータがやるはずだった裏方の仕事を代わりにやるといち早く立候補したのも俺。


「あたしの代わり、ちゃんと務まってんでしょうね」

「接客なら、学生時代にアルバイトでやったよ」

「はあ?」


 給仕に案内にと忙しいが、パートナーがいなくても会場に入れるのは好都合。

 いくら目的のためでも、男と腕を組みたくはない。

 ミニスカートのメイド服は、この際我慢だ。


「エーデルライト殿下の、おなり――!」


 楽団が高らかに音楽を奏で、学生や、来賓の貴族たちの視線が出入口に集中する。

 入ってきたエーデルライトは、さすが王族とでもいうべきか、凡百の出席者では相手にならぬほどに煌びやかな出で立ちだ。きらめく星空をまとっているかのようでさえある。


「さすが王子さまですわね……」

「は? 眼ェ腐ってんのか。オレさまのほうがかっこいい」

「対抗すんなよ」


 ミードは舌打ちした。


「オレさまとしてはここで王子をぶっ殺したいんだが」

「そんな行き当たりばったりで革命が上手く行くか。やめとけ」

「……ん? 誰だあいつ?」


 大半の出席者が、ミードと同じように困惑の表情を浮かべる。

 彼らにとってエーデルライトの隣にいる女性は、アロガンシアであるはずだった。

 だがそこにいるのは、ローズピンクの可憐なドレスに身を包んだ見知らぬ少女――いや、正確には黒いヒトガタ。

 言わずと知れた、ノーマルーデ・アリフレッタだ。


 周囲がざわめく。

 誰だあの娘は、というもっともな意見から、まあ可愛い子、なんて耳を疑う発言まで。


「なるほど、あいつがリータの言ってたノーマルーデか」

「ミード、おまえにはあの娘、どう見える?」

「おっ、妬いてんだな?」

「おまえの判断力があてにならないのはよくわかった」


 間もなくワルツがはじまった。

 エーデルライトと踊るのは、もちろんノーマルーデだ。

 滑らかなステップ。出席者から感嘆の声があがり、見知らぬ娘に対する彼らの敵意が和らいでいく。

 原作ゲームでは、ノーマルーデのダンス技量は事前に行うミニゲームの評価で決まる。

 どうやらこの世界のノーマルーデはS評価を出したらしい。


 一方、リータのほうは親友が気になるのか、明らかに集中を欠いていた。

 ミードのやる気のなさも相まって、実にぎこちない。


「おい、給仕。オレさまの相手をしろ」


 忙しく働いていると、ぐいと腕を引っ張られた。

 リータの相手をしているはずのミードが、いつの間にか隣に立っている。


「はっ? おまえもしかしてウエルカムドリンクで酔っ払ったのか?」

「うるせー、よいではないかよいではないか」

「乙女ゲーの攻略対象がオッサンみたいなこと言うな」


 男の腕力には敵わず、俺はホールの中心に引きずられていった。


「なんで俺が……。ていうかリータはどうした」

「踊ってる間にパートナーが変わるのはおかしくねえだろ」

「あの子のお守りをやってくれって頼んだはずだが?」

「グダグダうるせーな。オレさまと踊れるなんて光栄なことだぞ、素直に喜べ」

「その自己肯定感、どこで売ってるんだ?」


 ミードは王国に滅ぼされたある国の王子らしい。

 だからだろうか、ダンスの腕はよかった。素人同然の俺が形ばかりは上手く踊れたことからわかる。

 なぜかメイドと踊る黒髪のイケメンは、エーデルライトと場の注目を競い合った。


「へっ。ま、こんなモンか」


 音楽の終わりに、ミードは満足げに口を吊り上げた。

 こっちは目が回ったのやら恥ずかしいやらで憎まれ口を叩く余裕もない。


「この国の王子のせいでオレさまの存在が霞むなんて、癪だからな」

「だったら今度は素っ裸でエントリーするんだな。そうすりゃ話題をかっさらえるぞ」

「オレさまのヌードが見たいのか。なかなか情熱的な告白をしてくれるじゃねえの」

「見たいのはおまえが鉄格子に入ってるとこだよ」


 だがエーデルライトと違って、ミードを見る周囲の目はあまり好意的なものではなかった。

 課長から聞いた話だが、彼の黒い髪は王国内では不吉の象徴らしい。

 最初に会ったとき、自分を見て怖がらなかった俺にミードが驚いたのは、そういうわけだった。


「それはともかく、リータは――」


 会場のあちこちに目を走らせたが、リータの姿はない。


「あんな奴、いいじゃねえか。それよりオレさまともう一曲踊れよ」

「リータを見つけてくれたら考えてやる」

「考えるだけってオチだろうがそれ。オレさまもよくやるからわかる」

「たまにはやられる側の気持ちを知ったほうがいい」


 リータの行く場所には心当たりがあった。

 腹減った、と軽食をつまみに行くミードはもう放っておいて、俺は裏手に続くドアを開ける。


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