第7話 愛と信頼
クランクルムを探してあちこちうろつき回っていると、背後から呼び止められた。
相手はカントラニ家の――つまりアロガンシアの実家の者だった。
アロガンシアが自ら罪を認めたことや、その後クランクルムが兵士を刺して逃げたことについて、エーデルライトが説明を求めているのだという。
そういうわけで、俺は屋敷に連行された。
「ところで、お嬢さまは?」
「まだ帰っておられない」
「……そうか……じゃなかった、そうですの」
屋敷に入ると、まだ夕方だというのにアロガンシアの父――カントラニ公爵がいて、足早に歩み寄ってきた。
当主直々にお出迎えとは、俺も偉くなったものだ。
「いま、応接間にエーデルライト殿下が来ておられる」
「そうですか」
「今回の件に関して、殿下が説明をお求めだ」
「それは聞きましたが、いつから殿下は警察のお仕事をはじめられたのです?」
「口を慎め。婚約者に関することだ、正しく理解しておきたいのは当たり前だろう」
「そういうものですか」
「それで、だ。わかっているな、アインザム」
「はい?」
公爵は眉間に深い皺を刻んだ。
「これはすべておまえとクランクルムが、我が娘を思って勝手にやったこと。そうだな?」
「ああ、なるほど」
応接間の扉が開く。
この屋敷の主人であるかのようにソファにふんぞりかえったエーデルライトの姿があった。
「ごきげんよう、殿下」
「かけたまえ」
俺はエーデルライトの向かいのソファに腰を下ろす。
「君が捕まった後で、アロガンシア嬢が首謀者だと名乗り出た。いったん
「違いますわ。私はクランクルムさんを捕まえようとしたのです」
「ほう、それで、クランクルム嬢は?」
「……川に流されました」
「アロガンシア嬢は?」
「さあ。はぐれました」
「逃がしたのか」
「…………」
「それで、どういうことなのだ。ノーマルーデに対する数々の人倫にもとる行為、その首謀者はアロガンシア嬢なのか、それとも君か、あるいはクランクルム嬢なのか――」
「…………」
「……本当は、こうではないのか?」
エーデルライトは背もたれから身を起こし、前のめりになって俺を見つめる。
「真犯人は、アロガンシア嬢だった。今回の騒ぎも、彼女の罪をうやむやにするため、君らが打った小芝居だと――」
どことなく必死な王子の目を見て、俺は察した。
3年生のエーデルライトはもうすぐ卒業だ。次期国王としての職務をこなす日々がはじまる。
そうなると、婚約者であるアロガンシアはともかく、ノーマルーデ程度の身分の女ではエーデルライトには近づくことさえ許されなくなってしまう。
エーデルライトとノーマルーデが今後もつきあっていくためには、卒業式までにアロガンシアとの婚約を解消し、ノーマルーデを新たな婚約者として宣言する必要があった。
だからこそ原作では、卒業式の夜に開かれたダンスパーティでアロガンシアの弾劾イベントが起きる。
エーデルライトにとって、今回の騒動はアロガンシアが王妃に相応しくないと知らしめる格好の材料だ。
是が非でも、彼女を悪者にしたい。
「違います、殿下!」
叫んだのはカントラニ公爵。
彼にしてみれば婚約破棄など冗談ではない。
問題はすべてアインザムかクランクルムに押しつけて、つつがなく娘を王妃にしたい。
「娘は潔白です。この者が勝手にアリフレッタ嬢を陥れようとしたのです。そうだな、アインザム?」
「公爵、私はアインザム嬢と話している」
「王子が相手では、この者も気後れして話すに話せますまい。私のほうで詳細は聞いておきます。王子はお引き取りを」
「この上なく落ち着いているように見えるが?」
「そ、そんなことはない、なあアインザム?」
さっきから公爵がすごい勢いで目配せしてくる。
おっさんのウインク攻勢、気持ち悪い。
だからというわけではないが、俺は王子の味方をするつもりだ。
公爵には悪いが、テイルズパトロールとしてはアロガンシアには破滅していただかなくては困る。
「ええと――」
ちらりと、アロガンシアの顔がよぎった。
ダイブしてからの付き合いはまだ2日ほどだが、原作をプレイしてその人となりはだいたい把握している。
尊大なくせにセコくて小者でザコメンタル。
典型的なお邪魔虫の、嫌な女。――主人公に感情移入すれば。
「その前に質問させてもらっていいでしょうか、王子?」
「なにかな?」
王族の問いに割り込んで質問。本来なら無礼千万だが、俺から自分に都合のいい発言を引き出したい王子さまは快く許してくれた。
「俺はこの歳になっても初恋すらしたことない恋愛弱者なんでわかんねーんですけど、婚約者がいるのに他の女に手を出す男の気分って、どんななんです?」
「なっ――」
「最初っからノーマルーデにはフランクに接してたじゃないですか。王族ってことを鼻にかけない良い人って思われたかったなら、成功してますよ、彼女には」
俺には鼻持ちならないイケメンでしかなかったけどな。
「あんた、1度も婚約者に遠慮してるそぶりなかったですよね。『王族ではない自分個人を見てほしかった』でしたっけ? じゃあまずそれアロガンシアに言えばよかったじゃないですか。いやノーマルーデに言うのはともかく、だからってなんで婚約者に黙ってつきあう話になるんです?」
「……な、なぜ、それを、君が……」
ああ悪かったな、『ふたりだけの秘密の思い出』だったなぁ?
万人規模のプレイヤーが覗いてたわけだけど!
「で、挙句の果てには婚約者ひとりを悪者にしてハッピーエンドっスか? 自分が責を負う発想もないんですか、王子さま? 裏切ってすみませんでしたって、悪いことしたら謝りましょうって、帝王学のテキストにゃ書いてなかったんですかい!? 俺のオフクロも俺が小さい頃オトコ作って蒸発しやがりましたけど、恋とか愛とかって、他人の心や信義に傷をつけても胸張って生きていられるほど、御大層なモンなんスか!?」
目の前が一瞬真っ白になって、俺は絨毯を顔で磨いていた。
公爵にブン殴られたのだと、焼けるような頬の痛みが教えてくれた。
「いい加減にしろ! 殿下を侮辱する気か! ……申し訳ありません、殿下」
「あ、ああ……」
エーデルライトは呆然としている。
俺の言葉が胸に響いたからだと思うほど、俺はおめでたくない。
おおかた、恋人だけに話した甘い囁きが他人に知られていたのがショックだったのだろう。
「申し訳ありません殿下、このような野蛮な者とは露知らず……。しかしこれでおわかりいただけたと思います。アリフレッタ嬢への数々の悪事、このような礼儀を知らぬ者なればこそやれたこと。アロガンシアには到底真似ができませぬ。それはあやつを幼い頃から知っていた殿下なら、わかっていただけるでしょう?」
さすが公爵、どうあっても俺をダシにして娘の保身へ持っていくスタイルだ。
それもいいかもしれない。
クランクルムにされたように、知らないうちに勝手に生贄にされるのはゴメンだが、納得した上でなら。
ああでも、課長にはどやされるかも――。
「――あら、わたくし抜きでわたくしの話をしていますの? 混ぜていただきたいですわ」
「え?」
「アロガンシア!?」
応接間の扉が開いて、そこに金髪ロールのお嬢さまが立っていた。
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