第4話 推しのために死んでくれ
牢獄塔の一室に、俺は制服のまま閉じ込められていた。
手には木製の手枷がはめられている。
無駄に大きいおかげで、寝るにも座るにもどうにも邪魔だ。
「まいったな……」
テイルズパトロール本部も決して人手や予算が潤沢に与えられているわけではない。
俺の様子を常時誰かが見守ってくれているわけではないのだ。
まあ、同僚が俺の苦境に気づいたとしても、どうせ彼らには何もできないだろう。
「何の力もない少女が
俺はクランクルムの『告発』を思い出す。
曰く――。
エーデルライト王子がノーマルーデにかまけアロガンシアを蔑ろにしていたことに、アインザムは怒りを抑えきれないでいた。
ゆえにアインザムはアロガンシアにノーマルーデの悪評を吹き込み、数々のいやがらせを実行した。
つまり、すべての元凶はアインザムなのである。
そして昨日アロガンシアが下駄箱に画鋲を入れるという『冗談』を言ったとき、ノーマルーデへの憎しみが頂点に達していたアインザムは、指示以上の悪質なトラップを仕込むことにした。
さすがに危険を感じた
「……いや、ふざけんなよ。なんで俺が首謀者になってんだ?」
エーデルライトのあの怒りよう、決して生半可な罰では済まさないという顔だった。
物語の中の話とはいえ、ダイブしているかぎりは痒みも痛みも感じる。
仮想体験であってもギロチンだの電気椅子だのはゴメンだ。
鉄格子を蹴ってみた。もちろん少女相応の腕力しかないこの身体ではびくともしない。
ああ、俺がサングラスをかけた救世主とか、未来から送り込まれた殺人アンドロイドとかであったなら。
「…………ん?」
近づいてくる者がいる。
そいつは俺の牢の前で止まった。
ピンク髪の、鼻と口しかない女子生徒――クランクルム。
「クランクルム、おま……いや、あなた、どういうつもりですの」
「下手くそな芝居はいいよ。君も転生者なんだよね?」
「転生者……」
リライターはよく自分たちのことをそう呼称する。
つまりクランクルムこそが、俺の探し求めていた標的なのだ。
奴が望んでクランクルムに憑依したわけではないだろうが、アインザムと同じくらい設定の制約がないクランクルムなら、多少の怪しい動きは誰も気に止めない。やられた。
「自分以外の転生者に会うのは初めて?」
「なんでわかった?」
「君、『幻麗のアストラルリート』知らないでここに来たでしょ? 演技下手すぎ。アロさまに説教するアインザムなんてキャラ崩壊だし」
「あいにくと学芸会じゃ木の役しかさせてもらってこなかったんでな」
「まったく、こっちはこの世界で第2の人生楽しむつもりでいたのにさあ。大根役者がひとりいると興醒めなんだよ。ほら劇場アニメ化で芸能人が声優初挑戦ってやつ? 僕あれホント嫌いなんだよね」
「だからってこれはねえだろ」
俺は奴にもよく見えるよう、手枷を持ち上げてやった。
「自分以外の転生者は邪魔だってか」
「まあ、邪魔か邪魔じゃないかって言えば邪魔。でも仕方なかったんだ、我慢してね。アロさまは生かしておきたいじゃん。せっかくアロさまと同じ世界に転生したんだからさ」
「アロガンシアに惚れてたのか」
「惚れた? そんな低俗な視点で語らないでもらいたいなぁ。僕的にはアロさまとのカップリングはノーマルーデが鉄板だと思うんだ。2人の間にあるクソデカ感情、君にはわからない? 僕はそれを壁の置物として眺めていたいだけなんだよね」
「ワケわかんねえこと言ってんじゃねえよ」
クランクルムに転生したリライターは、失望したように深く溜息をついた。
「利用する形になったの、悪いと思ってたからこうして謝りに来たのに。どうやらあんたとは元々話が合わなかったみたいだね」
「おまえの
「サーセンサーセン。ま、いやがらせを実行してたのが君なのは事実だし。尊い百合のために死ねるんだから、むしろ光栄に思ってよ」
「ふざけんな!」
醜悪に顔を歪めるクランクルムの顔は、しかし次の瞬間、驚愕に強張った。
奴の顔は入口に向けられている。何を見ているのか、俺には鉄格子が邪魔で見えない。
「な、な」
クランクルムはうわずった声で叫んだ。
「なんでここに、アロさまが……!? それにその手錠!」
……なに?
俺の牢の前に、金髪ロールのお嬢さまが現れる。
その手首には俺と同じ手枷がはめられ、後ろには兵士が立つ。
「なんでアロさまが捕まえられてんだよ!」
人には駄目出しをしておいて、クランクルムはすっかり演技を忘れてしまっている。
いぶかしげな顔をしつつもアロガンシアは答えた。
「わたくしはすべて正直に話しました。アリフレッタ嬢に対するすべての悪質行為は、このわたくしの指図だと」
「え!?」
「だから安心なさいアインザムさん。あなたはじきに放免されるでしょう」
「は……?」
「……なんですの、その顔は。わたくしが、お友達を人身御供にしても平気でいられる女だと思ってらしたの?」
思ってました。
アロガンシアなら、これ幸いと俺にすべての罪をなすりつけるだろうと。
それはクランクルムにしても同じだったのだろう、呆然と口を開けていた。
「確かに、ラッキーと思わなかったといえば嘘になります。いいえ、思いましたわ」
「だったらどうして?」
「これ幸いとアインザムさんに罪を押しつけようとしたわたくしを見るエーデルライトさまの、あの怖ろしい目。そして、わたくしのせいでアインザムさんが追放される事実。この負い目を一生背負って生きていくことに、わたくしは耐えられなかったのです」
つまるところ、彼女は決して善人ではないけれど、良心の呵責と無縁でいられるほど悪人でもなかったのだ。
恋人の不実に嫉妬し、恋敵にいやがらせをし、友への義理に悩む、そんな普通の女の子。
「はッ……。悪役にしておくには力不足だな」
「悪役?」
「いや、こっちの話」
もういいだろう、と兵士はアロガンシアを奥へ連行しようとした。その時。
「……う、嘘だ!」
クランクルムが叫んだ。
「アロさまはそんなキャラじゃない! 尊大なくせにセコくて小者でザコメンタルなところが魅力なキャラなんだよ! なんだそれ! 公式が解釈違いとか、そんなんありか!」
「君、どうしたんだ……?」
突然かんしゃくを起こした令嬢――見た目は――の様子に若干怯えつつ、兵士が近づく。
不用意に。
「!」
クランクルムは兵士にしがみつき、離れた。
その手には兵士の腰に差してあった剣があり、閃いたその刃は元の持ち主の首筋をかっ切った。
鮮血が壁を赤く染める。
「きゃあああああ!」
「アロさま、こっちに来て!」
クランクルムは剣を持たぬほうの手でアロガンシアの腕をつかむ。
「ここにいたら、アロさまはいずれ追放される……! 僕がアロさまを守るんだ!」
わけがわからないといった様子のアロガンシアを引きずって、クランクルムが飛び出して行く。
俺は死体のそばに鍵束が転がっているのを見つけた。手を伸ばす。が、わずかに届かない。
「クソッ……」
「猫の手でも借りたそうだな?」
1匹の黒猫が駆け寄ってきて、俺に鍵束を蹴り出す。
「課長!」
「開け放してあったドアから野良猫が迷い込んで、たまたま鍵束を引っかけていった……。これならリアリティは損なわんだろ」
「ありがとうございます!」
カチン、と錠の外れる手応えがした瞬間、俺は力いっぱい格子戸を蹴り開けた。
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