第15話 激闘!第六駐屯地!(5) 宿禰の白玉

 当然、それを気にしたのか一人の若い青年が隊長をいさめた。

「隊長! この女が緑女といえども、このような仕打ち、もしエメラルダ様がお知りなれば決して許してくれるはずはございません!」

「お前はバカか! 今、エメラルダ様はこの駐屯地には不在だ! ならば、お前たちがしゃべらなければ、この状況をお知りになられることは決してない!」

「しかし……状況報告は……なんと……」

「毒ツボだけを奴の口の中へと放り込んだと報告しておけばよい! 緑女の一匹や二匹いなくなっても誰も分かりはしない!」


 そんな言葉に、すぐさま数人の兵士たちは目の前の邪毒の壺にしっかりと蓋をする。

 そして、別の兵士たちがおびえる緑女を羽交い絞めにし始めたのだ。

 そう……この世界では、緑女はすでに人ではない……だから、どんな非人道的なことをしても彼らの心はきしまない。

 それどころか、まるで汚らしい魔物を駆除するかのように彼らの口角には笑みすら浮かんでいたのだ。


 男達に肩を押さえつけられる緑女は必死に抵抗を始めていた。

「やめろ! やめてくれよ!」

 せっかく第六駐屯地に兵士として志願して、今まで生き延びてきたのだ……

 せめて最後は人として……

 人として……死にたい……

「何でもするからエサにするのだけはやめてくれよ!」

 そんな彼女は、己が背中に押し付けられる邪毒の瓶を決してくくりつけさせまいと、膝まづく褐色の上半身を動く限り、可能な限り上下左右へと激しく動かし抵抗を続けていたのだ。

 そのためか、兵士たちの作業は思うように進まない。

 というのも、激しく動く背中に無理やりくくりつけようとすれば、その勢いで『宿禰すくね白玉しらだま』がこぼれてしまいかねないのだ。

 そうなれば、瓶をくくりつける自分たちも毒にあたって即死である。

 しかも、最悪、緑女が瓶ごと背中を石床に叩きつけたりすれば、邪毒はあたり一面に飛び散ることになるだろう。

 制御を失なった『宿禰すくね白玉しらだま』は部屋を汚染した上にガン細胞のように増殖を続ける、そして、さらには駐屯地そのものまでをも侵食し、中にいる人間たち、いや、生き物までもを全滅にしかねないのだ。


「緑女相手に何をやってんだ! 魔物にはな!こうするんだよ!」

 業を煮やした隊長が大声を上げるとともに、手に持つ剣の束頭で緑女の横顔を思いっきり叩きつけた。

 体を押さえつけられていたはずの緑女の体が、兵士たちの手を振り切って吹っ飛んでいく。

 だが、もう……石床に転がる褐色の体は、動かない。

 それどころか横たわる下半身からは、かすかに湯気だつ液体が石床の目地をつたってアンモニアの香りを広げていくのだ。

 どうやら、先ほどアゴに入った一撃で彼女の意識はしたたかに混濁したようであった。


「急げ! ガンタルトはもう目の前まで来ているぞ!」

 その声に兵士たちは横たわる緑女を急いで抱き起し、美しい褐色の背中に邪毒の瓶をくくりつけた。

 その後すぐに意識を取り戻した緑女であったが、もうすでに後の祭り……

 褐色の体にはロープが何重にもグルグルまかれ手も足も動かせないのである。

 そう、彼女はもう抵抗することすらできなくなっていたのだ。

 今できることは、ただただ命乞いをする事だけ。

 だが、そんな泣き叫ぶ緑女を、数人の男達が邪毒の瓶をこぼさぬように慎重に担ぎ上げる。

 男たちの屈強な二の腕に先ほど彼女の下半身から漏れ出した液体が、わずかなぬくもりを残したまま伝わっていく。

 だが、もう、男達にはそんなことを気にしている余裕ばどなかった。

 城壁の大きな窓には先ほどよりも大きくなったガンタルトの鼻の穴が見えていたのだ。

 焦る気持ちをぐっと抑え込み、窓の元へと邪毒をゆっくりと運んでいく。


 そんな窓では一人の兵士が、外に身を乗り出し大声を上げていた。

「おーい! デカ亀ぇ~! こっちにおいしい人間さまがいるぞぉ」

 いかに大きな亀、ガンタルトと言っても口は遥か下にある。

 せっかく緑女に邪毒の瓶をくくりつけても、奴が口を開けなければ放り込むことはできないのだ。

 そのため、わざわざ兵士たちが声をだしガンタルトの気を引こうとしていたのである。


 だが……しかし、こんな見え見えの挑発にのってくるとは思えない……


 と、思ったら、ガンタルトが大きな口を開け、ゆっくりと窓に向けて持ち上げはじめたではないか。

 アホか! アホなのかwww


 そう、魔物はアホなのだ!

 知性のかけらもありはしない。

 あるのは強い生存本能のみ。

 だからこそ、より強力な魔人に従って生き残る。

 そして、知恵を持った魔人へと進化することを常に渇望し、生気溢れる人間の脳や心臓を求め続けているのであった。


 挑発する兵士を食べようと大きな口が開かれた。

 一瞬にして、窓の外から生臭い匂いが部屋の中へと一気に押し寄せる。

 先ほどまで見えていた外の風景。その風景がガラリと一変した。

 兵士たちの視界に広がるのは赤きヒダ……いや、畝と言っていいほど大きな赤い凸凹。

 そんな凸凹した天井から、無数の生々しい液体が糸を引いて垂れ落ちている。

 おびただしい量の唾液は、まるで岩肌のようにゴツゴツとした舌の上にボトリボトリと落ちていくと、その奥に広がる真っ黒な奈落に向けて流れ落ちていた。


 そこはガンタルトの喉の奥。おそらくその先は胃にでもつながっているのだろう。

 だが、もう、窓から見えるその暗闇は、永遠に続く深淵の井戸の穴のようにも思えた。

 そんな暗闇に落っこちたら這い上ってくることは、まずもて不可能……

 できるのはサダコぐらいのものだろう……

 そう言われれば……この緑女の名前は何というのだろうか? もしかして……いやいや、そんなわけないでしょwwww


「今だ! 投げ込め!」

 隊長の命令と共に、男達は力を合わせて緑女を振り子のように降りはじめると、その喉の奥の暗闇にめがけて放り込んだ。


「たずけでぇぇぇぇえ!」

 暗闇に消えていくサダコの声が、どんどんと小さくなっていく。


 そして、ガンタルトの口が大きな音を立てるとともに閉じられた。

「かかった!」

 おそらく毒ツボだけを放り込んでいたとしたら、ガンタルトの奴は本能的に毒を吐き出していたことだろう。

 だが、魔物は人間の生気が宿る脳と心臓を好むのである。

 そんな人間が口の中に一緒に入ってくれば、本能的に飲み込んでしまうのだ。


「毒が回りだすまで、あのデカぶつを何とか抑えろ!」

 隊長の号令一下、兵下たちはいっせいに矢を放つ。

 だが、分厚い皮膚にはじき返されて足止めの意味を全くなさない。


 ついにガンタルトは城壁を押し崩そうと、後ろ足に力を込めて立ち上がりはじめた。

 その姿はまるで特撮のガメラ! ギャァオォォォォ!

 超巨大な体重を持って目の前の城壁を打ち壊そうというのである。

 こんなガメラ級の一撃……さすがに兵器の国の職人も想定外。

 おそらくこの城壁はガメラが破壊する特撮セットのように簡単に崩れ落ちてしまうことだろう。

 だが、模型とは違いこの城壁の中には自分たち人間がいるのだ。

 いやいや……もしかしたら特撮のセットの中にも人間がいる設定なのかもしれない。

 しかし、その顛末は映画の中では映されていないのだ。

 否! 映せないのである!

 崩れた後には大量のがれき……がれきの山しかないのである。

 だが、その下には、うずまる多くの人たち。

 おそらく、がれきの下には息のある者もあるだろう……

 中には何がおこったのか分からぬものもいるだろう……

 その多くの者が身動きも取れずに暗闇という鎖に縛りつけられるのである……

 そして、じわじわと迫りくる衰弱と言う名の死神に恐怖するのだ……

 しかも、ココは門外フィールド。戦場である。

 がれきの撤去のためにレスキュー隊など駆けつけてくれる訳もなく……

 ただただ放置されるのみ……

 ひとおもいにいった方が……楽なのかもしれない……

 いや、あの巨体に確実に潰されていぬるだろう……

 ならば……どのみち放置プレー……イクっ!

 城壁内の兵士たちは窓の外に映るガンタルトの腹のチ●コを見ながら、そんな恐怖に恐れおののいていた。


 あっ! ちなみに●は「ン」じゃないからね!

 それだとガンタルトの身長が城壁の高さの4階建てに比べて10階建てぐらいになっちゃいますからね。ありえねぇ~♪

 えっ? それだと何だって言うんだ?

 仕方ない……正直に言いますよ……言えばいいんでしょ……

 このガンタルトの腹にはチチカカ湖のようなアザがあったんですwww

 ●の数が足らんがな!

 そんなの知らんがなwww

 というか、このガンタルト、雌なのか!

 カカア! おっかあ! 乳カカァ!子?


 そんな事をいっている間に、どうやらガンタルトの体内に投げ込まれた邪毒『宿禰すくね白玉しらだま』が効きはじめたようである。

 立ち上がった亀の太い足がブルブルと震えだす。

 ガンタルトの尖った亀の口からは白い玉のような泡が噴き出しはじめていた。

 そして、ついにガンタルトの足が崩れおちたのだ。


 勢い余って城壁へと倒れ込むガンタルトの巨体。


 兵士たちがいる暗い部屋の中に強い衝撃と大きな轟音がなり響く。

 激しく揺れる天井からは砂とも石とも分からぬ塊が落ちてくる。

 などと思った瞬間、目の前の壁が大きく崩れ落ち一瞬にして数人の兵士たちが押しつぶされた。


 阿鼻叫喚の部屋の中

 兵士たちは弓を引き絞る手を放し悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 弦から放れた毒矢は行き場を失い乱れ飛ぶ。

 壁に跳ね返る矢じりは、近くの兵士の背中を突き刺していった。

 効能を遺憾なく発揮する邪毒の矢じり。

 兵士たちは瞬時に口から泡を噴き出し倒れていく。

 だがもう、そんなことに構っている余裕などありはしない。

 まだ生きている者たちは、自分だけは階下に逃げようと狭い階段へと集中するが、倒れた骸に足を取られて大渋滞。

 そんな身勝手なゴミムシどもの集まりに、壁を突き破ってきたガンタルトの甲羅が直撃す。

 それはまるで蚤でもつぶすかのように、甲羅と石壁に挟まれた人間たちをブチブチという真っ赤な音を立てながら押しつぶしていったのである。

 そんな人間たちであったモノが、ガンタルトの甲羅に無数の赤き線を引いていた。

 そして、勢いをとどめぬ甲羅の先端は、ついには城壁の内側の壁までをもブチ抜いて落ちていくのであった。


 雷鳴のような音とともに砂埃がもうもうと舞い上がる。

 だが、先ほどまであれだけ薄暗く退色した部屋の中であったにもかかわらず、砂埃の中を通り抜けてきたわずかな日の光が鮮やかな赭色しゃしょくを付けていた。

 だがしかし……その血の赤を望む者は、もうすでにこの部屋には残っていなかった。


 今や、倒れ行くガンタルトの甲羅は、まるでナタで竹を割るかのように城壁をまっすぐに、そして、ゆっくりと二つに裂いていく。

 ど―――――ン‼

 ついに地に落ちたガンタルトの頭。

 その頭を頂点にしたVの字が城壁を大きく裂き開き、遠くの風景を駐屯地の内部に映し出していたのである。


 

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