第14話 激闘!第六駐屯地!(4) 宿禰の白玉

 第六駐屯地の門外フィールド。

 そこでは、投石という足枷が取れたガンタルトが再び歩を進め、駐屯地のすぐそこにまで迫っていた。


 城壁の窓にのぼりくる魔物たちを必死に突き落としていた兵士たち。

 だが、今やそんな兵士たちにも超巨大なガンタルトの皮膚の凹凸が城壁の窓からでもハッキリと視認できていた。

 ――いつの間に……

 ガンタルトの存在に恐れおののく。

 ときおり窓から吹き込まれるガンタルトの鼻息が徐々に徐々にとその強さを増してくるのが、逆立つ鳥肌を通して分かってしまうのだ。


 しかし、そんな窓から見える瞳はつぶらでクリッとしたかわいい緑色なのである。

 例えていうならば、パンダや熊のプーさんみたいに「キャー♥カワイイ♥」と思わず叫んでしまいそうなぐらいの瞳なのである。

 だが、当然にそれらの生き物はクマであり、生来の気性は獰猛であることと同じように、カメの魔物であるガンタルトもまた、その内側に大いなる凶暴性をひそめていたのだ。

 そんな恐怖がどんどんと迫りくる……

 今や、城壁内に設けられた薄暗い部屋の中では、迫りくるガンタルトの足音が静かにやけに大きく反響していた。


 しかし、窓際に立つ一人の兵士が勇気を奮い立たせると、弓の握りをギュッとつかみ震える手で大きく引き絞っていく。

 魔物たちの叫び声が聞こえる石造りの暗い部屋の中に弦がキュルキュルと緊張する音が響き渡っていた。

 そして次の瞬間、弓の跳ね返る音とともに一本の矢がガンタルトのつぶらな瞳にむかって飛んでいったのだ。

 だが、その小さき矢はゴツゴツとした瞼にぶつかると、まるでそれが空飛ぶ鼻毛であったかのようにヒラヒラと落ちていったのである。

 あゝ無情……

 だがその行為は、絶望に打ちひしがれていた兵士たちを鼓舞するには十分であった。

 そう! それはまるで、どんな状況でも諦めぬジャンバルジャン!

 いや! どんな状況でも頑張るじゃん! と言わんばかりに、止まっていた兵士隊の時間を無理やり動かし始めたのである。

 いまや城壁の窓という窓から巨亀ガンタルトの頭めがけて小さき矢の嵐が一斉に襲いだしていた。

 しかし、相手は超大型級。やはり、ただの矢では当然歯が立たぬ。


 ならば、危険を承知でさらに強力な猛毒を使用せざる得ないのか……

「対大型魔物用特級邪毒『宿禰すくね白玉しらだま』の使用を許可する!」

 窓から様子を伺っていた弓矢隊を率いる隊長が苦虫を潰しながら指示を出した。

 あっ! ちなみにこの隊長は、カルロス隊長とは違うからね。

 カルロス隊長は、駐屯地の全てを統括する守備隊長。騎士エメラルダに次ぐナンバー2!

 その隊長の声に数人の兵士たちが部屋の奥から大きな石によって囲まれたまん丸い毒ツボを慎重に持ってきた。

 そう、この『宿禰すくね白玉しらだま』は文字通り呪いの魔神・両面宿禰すくねの白玉から作った猛毒であり、融合国に20壺だけ用意されていた。

 そんな数少ない毒ツボのふたが慎重に開けられる。

 すると途端に強い刺激臭が部屋の中に充満し、数人の兵士たちがゲホゲホとむせかえり、口を押えた手の隙間から白い唾液をまき散らしていた。


 その香りでさえ人を苦しめる。

 特級邪毒である『宿禰すくね白玉しらだま』は魔物だけでなく人間に対しても絶大な効果を有するのである。

 そんな毒液にちょっとでも触れようものなら、貧弱な人間などあっという間に絶命してしまうこと間違いない。

 それだけ強い毒。

 だが、そんな『宿禰すくね白玉しらだま』がひとたび魔物の体内に侵入すれば、どんな大型の魔物であっても確実にその命を仕留めることができた。


 しかし、この邪毒の使用には致命的な欠点があったのだ。

 そう、『宿禰すくね白玉しらだま』が絶命した魔物の組織の中に残ってしまうのである。

 今や、駐屯地守備の主力は第三世代から魔装騎兵に移る。

 第三世代以降の強さの維持には魔物の血すなわち魔血が大量に必要であることは以前、説明した通りである。

 だがそんな魔血は、当然に倒した魔物から回収されているのだ。

 イメージするならば、第一の門外フィールドでタカトがジャックに命令されてカマキガルの骸から一滴残さず回収した時のように徹底的に集められる。

 だが、そこまでして回収した魔血が邪毒を有してしまっているのだ。

 当然に、その魔血を使用した魔装騎兵は瞬時に絶命する。

 しかも、邪毒に触れた道具までも汚染して、どんどんと汚染範囲を広げていくのである。

 まるでアメーバー……いや、制御を失なったガン細胞というべきか……

 これでは、とても使えた代物ではなかった……

 だが、今は背に腹は代えられぬ。

 そんな悠長なことを言っている場合ではないのである。


 兵士たちは、手に持つ矢先を毒壺の穴へと突っ込むと、すぐさま壁の窓際へと駆け戻る。

 しかし、やはり、『宿禰すくね白玉しらだま』は猛毒中の猛毒。

 おそらく矢を突っ込んだ際に毒がはねたのだろうか、毒壺の周りでは男の兵士たちがケツの穴を押さえ、女の兵士たちは顔を手で覆い泣き叫びながら石床の上を転がりまわっていたのだ。


 迫りくるガンタルトの恐怖。

 焦るなというほうが無理なのである。


 毒壺の周りに少しでも隙間ができようものなら、その間から矢が伸びる。

 あまつさえ、前列にいる兵士たちの頭の上を飛び越えて矢先が毒壺の穴へと突っ込まれるのである。

 この『宿禰すくね白玉しらだま』は、少々粘度が高い。

 想像しやすいように例えていうならば、男性諸君がムフフな写真集を読みながらティッシュペーパーに作り立ての白玉を包んだ際に感じる粘度ぐらいであろうか。

 えっ? なに?

 私、女だからわかんない?

 仕方ないなぁ……う~ん、何かないかな……いい例え……

 そうだ! メカブがあるでしょ! メカブ! 海藻のメカブ!

 あのヌルヌルぐらいですよ。そう、それはまるでペ●ローション! このヌルヌルが気持ちいい!

 毒壺という穴に突っ込まれた矢先は、まさにやるべき事をやりきった後のバナナの先端のように、白くネバっとした白玉の糸を引きながら、元あるべきところへと縮んでいくのであった。

 そんな白玉の残り汁が女兵士の紅潮した頬にベトリと落ちると、そのピンクの口角へと垂れていく。

 これが自分の作った白玉であればエロイのだが……いかんせ、これは『宿禰すくね白玉しらだま』……当然に、「いぐl;うぅ●&%▲▲※◎★♥」という大きな悲鳴とともに女はすぐさま昇天した。


 だが、弓を構える兵士たちは誰一人として、転がる女たちを相手にしないのだ。

 そう、毒で倒れる兵士たちを手当てしている暇などありはしないのである。

 次々とバナナを目の前のケツへと突っ込みおわると白玉を引きながら戻っていた。

 あっwww 間違えた! バナナでなくて矢の先、矢ジリのことだった♪


 暗い部屋の中からガンタルトの様子を伺っていた隊長が大きく腕を振った。

 「放てぇ!」

 その声に従うかのように窓という窓から無数の毒矢が乱れ飛ぶ。

 だが、いかに『宿禰すくね白玉しらだま』が塗られていても、所詮はヒトが作った小さき矢じり。

 例えていうならば、その矢じりは巨象を前にブンブンとうるさい羽音をまき散らす小さきハチの毒針でしかありえない。

 そう、鋼鉄のような皮膚を持つガンタルトにいくら襲いかかろうと、その皮一枚貫くことはできやしないのだ。

 無数の矢はゴツゴツとした肌にぶつかると、小気味よい音を立てながら落ちていく。

 しかし、そんな中、何本かの矢がかろうじて目や口といったや柔らかな粘膜に突き刺さる。

 だが、それでも相手は超大型級!

 いかに邪毒とはいえ、カトンボのような一刺しでその巨大な足が簡単に止まるわけではなかった。


 これに業を煮やした隊長が大声を出した。

「上から緑女りょくめを一人連れてこい!」

「御意」

 背後に控えていた数人の兵士がサッと敬礼すると、すぐさま上の部屋へとつながる階段を駆け上っていく。


「やめろよ!」

 ほどなくして先ほど兵士たちが登っていった階段の先から女の叫び声が降りて来た。

 そう、数人の兵士たちが緑の髪の女を無理やり抱きかかえ階上から引きずり下ろしてきたのである。

 そして、その女をまるで荷物でも扱うかのように階下に乱暴に投げ落としたのだ。

 ドシン!

 冷たい石床の上で尻もちをついた女が、日によく焼けた太ももをあらわにしている。

「何すんだ!」

 叫ぶ女は二十歳程であろうか。

 おびえながら周りの兵士たちを見上げる目尻はきりっと吊り上がり美しい。

 先ほどまで毒の酸っぱい匂いが漂っていた部屋の中に、女の熟れた香りがムンムンと漂ってくるようだった。

 だが、そんな女を見つめる兵士たちの目は欲情でゆるまない。

 それどころかその目は、まるで化け物でも見るかのように侮蔑にまみれていた。

 そう、彼女は緑女りょくめと呼ばれる女である。


 緑女は魔物。緑女に触ったものは人魔症に感染する。

 そんないわれもない噂が彼女たちを常に傷つけていた。

 いや、傷つけるなどという表現は生ぬるい……

 聖人世界において、緑女は牛馬よりもひどい扱いを受けていたのだ。

 例えば、見世物小屋で盛りのついた豚の相手をさせられたり、魔物捕獲の寄せ餌にトラップの檻の中へと裸で放り込まれたりするのである。

 それほどまでに酷い扱いを受けていた彼女たち。

 これではまだ、メルアたち半魔のほうがマシであると思えるほどでる。

 いうなれば、緑女は奴隷の中でも最下層。

 人として扱われない位置にいたのである。

 そして、この駐屯地でも当然に戦死する可能性が一番高い最前線を担わされていた。

 だがそれでも……

 そう……それでも……

 まだ人としての役割を与えて貰える戦場は彼女たちにとって幸せであった。

 だからこそ、緑女たちは自ら進んで駐屯地にへと志願するのである。


 そんな緑女を隊長は蔑むような目で見降ろしていた。

 そして、周りの兵士たちに偉そうにアゴで命令しはじめるのだ。

「おい! この緑女に毒ツボをしっかりとくくりつけろ!」

 その提案に緑女をふくめ、ここにいる兵士たち皆が驚いた。

 どうやらこの隊長、緑女をエサにして毒ツボごと超巨大ガンタルトの口の中へと放り込もうという魂胆なのだ。

 矢じりに塗った少ない毒では、ガンタルトに毒の効果が出始めるのに時間がかかる。

 だが、ヌカ漬けをつける瓶ほどの大きさにたっぷりと詰め込まれた邪毒が一気に体の中に入りこめば、さすがの超巨大種といえども瞬殺である。

 確かにそうなのだ……

 そうなのだが、いくらなんでもこんな非人道的なことが許されるわけがない。



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