第5話 いつもの朝のはずだった(2)

 暖炉のすすが壁をつたい黒い蛇のように這いあがっていた。

 汚れの先にはむき出しとなった古い屋根がいたるところに隙間を作っている。

 そんな隙間から差し込む光の筋。

 清浄なる光芒の中を漂うホコリたちがそのふちに達すると、次々と暗い部屋の中に溶け込み消えてゆく。

 そんな薄汚れた暖炉の前には年季のはいった一枚板の大きなテーブルが横たわり、一人の老人が席についていた。


 よわい70を超えているとは思えないその顔つきには、たくわえられた立派なあごひげが口の周りを取り囲む。

 きっと武骨な性格なのだろう、まゆは太くて黒々しい。

 だが、その職人気質のようにごつごつとした頭には、あるはずの髪の毛が一本もなかった。これまた気持ちがいいぐらいにツンツルてんに禿げ上がっていたのである。

 まさにその容貌は、妖怪つるべ落としといったところだろう。

 

 この老人こそ、この家の主、権蔵である。

 だが、主と言っても、そんなに凄いわけではない。

 というのも、権蔵の身分は『休息奴隷』、すなわち奴隷なのだ。


 この聖人世界で『奴隷』とは、『おう』『騎士きし』『神民しんみん』『一般国民いっぱんこくみん』に次ぐ身分である。

 その下にあるのは『罪人ざいにん』のみ。

 そして、『奴隷』は、『神民』など上位の身分の者たちの所有物なのである。


 奴隷は自らの意思で生きることは許されない。

 主人のためにその命を使いきる。ただそれだけの人生なのだ。

 そのため、常に争いの最前線に駆り出され、先鋒や盾役に使われるのである。

 死んでいなくなれば、また代わりの『奴隷』が戦場に投入される。

 この世界では、代替が利く『奴隷』の命は鳥の羽よりも軽かった。


 しかし、戦場に投入された『奴隷』に救いがないわけではない。

『神民』の主である『騎士』に『休息』を願い出ることができたのだ。

『休息』が認められると、戦場において『奴隷』として費やしてきた時間と同期間の自由が『騎士』の名のもとに保障されたのである。

 そして、休息中は、いかに奴隷の所有者である『神民』といえども、決して侵害することができないのだ。

 まさに、奴隷にとっては夢のような生活なのである。


 だが、全ての『奴隷』たちが、この権蔵のように『休息奴隷』となることができる訳ではなかった。

 なぜなら、『門』の外という戦場では、たかが数年を生き延びることすら難しいことなのだ。


 しかし、幸運にも権蔵は、第一世代の腕のいい融合加工職人ゆうごうかこうしょくにんであった。

 通常、融合加工された道具の能力を飛躍的に向上させる『開血解放かいけつかいほう』と呼ばれる特殊な力には大量の人血が必要とされていた。

 その血液の使用量はその道具を作製した職人の腕によってバラつきはあるものの、一般的にはエスプレッソカップ一杯分ほどが必要と言われている。

 これに対して、権蔵が作った道具では一滴の血液のみで足りるのだ。

 このことからも、権蔵の腕がいかに卓越したものであるかは言うまでもない。

 その技術力の高さで40年という長い歳月を『門』外の戦場においてまっとうすることができたのだ。


 『休息奴隷』となった権蔵は、森で拾った幼きタカトとビン子とともに、わずかに蓄えていたお金をすべて使って融合加工の道具屋を始めた。

 しかし、時はすでに第五世代。

 第一世代の技術しか持たない権蔵はもはや時代遅れとなっていた。

 このような権蔵のもとにオリジナルな道具の作成依頼などあるはずもなく、客の来ない店内は常に閑古鳥が鳴いていた。

 そんな店の入り口近くでは、棚に並べられた短剣や盾などが決して訪れることがない買い主を待ち焦がれホコリをかぶりくすぶり続けている。

 というわけで、まぁココはいわゆる全く人気のない道具屋なのである。


 そんな大きなテーブルの上に一つだけ芋が置かれていた。

 芋からは、うっすらと湯気が立ちのぼっている。

 その湯気と共に芋の甘い香りが部屋の隅々へと広がっていくようだ。

 さきほどから店の入口に背を向けた権蔵は一人テーブルにつき、その朝食のふかし芋を食べはじめていた。


 不機嫌なビン子は、権蔵の対面に二枚の皿を並べた。

 その様子は今だにタカトに馬鹿にされたことを根に持っているようである。


 それに対して、こちらはわれかんせずのタカト君。

 奥の台所からが湯気の立つ芋を両手でいき交いさせながら持って来た。

 こいつはアホなのだろうか。

 そんなに芋が熱いのであれば皿の上にでも置いて運べばいいものを、なんで素手で持ってくるのだろう……


 タカトは、ビン子が置いた皿に芋をポンと置くと、今度は自分の手に激しく息を吹きかけはじめた。

「あちぃぃぃ! ビン子ちゃん熱いよぉぉぉ」

 わざとらしくビン子に泣きつくものの、ビン子はぷいっと横を向く。


 そんなビン子はタカトが置いた芋を二つに切り分けると、自分の皿だけ持ってさっさと席に座ってしまった。


 権蔵は目の前の二人の様子をちらりと伺った。

 ――今朝はかなり機嫌が悪いのぉ……ほんとに毎朝、毎朝こりずに……あのどアホときたら、いらんことばかり言いよりおってからに……

 はァとため息をつくと、仕方なさそうにタカトに命令した。

「タカト……今日は第六の門の守備隊に依頼された汎用道具を届けに行ってくれ……」


「俺、融合加工で忙しいんだよね……爺ちゃんが行けば?」


 ドン!

 突然、権蔵の目の前の机が大きな音をたてた。

 どうやら権蔵の怒りのスイッチが入ったようで、先ほどからタカトを睨み付けているではないか。

「このどアホ! 拾ってやったんじゃから、その分、黙って働け! お前には義理と言うものがないんか」


「へい、へい、分かりましたよ」

 権蔵に怒鳴られることは毎朝の決まり事。

 まぁ、つまらん上司の朝礼のようなものだ。

 カエルの面にションベン状態のタカト君は全く驚くこともなく平然としていた。

 だがそれよりも、まぶたに浮かんだお姉さんのことがよほど気になったらしく、いつもはそんなことを聞きもしないのに、今日に限って、なんとなく口に出してしまったのである。

「なぁ……じいちゃん……どこで俺を拾ったんだ?」


 これに驚いたのは権蔵の方であった。

 いつものタカトなら、「ごめん! ごめん! ネギラーメン! とんこつラーメン食べたいよぉ~♪」などと茶化してくるのである。

 当然、今日もそんな決まりきったやり取りが返ってくると思っていた。

 だが、ところがどっこい今回は、予想外の答えが返ってきたじゃぁあ~りませんか!

「どうしたんじゃ。急にしおらしくなりおって。風邪でも引いたか?」

 そんな権蔵は、真っ先にタカトの体調を心配してしまったのである。


 だが、ビン子は芋を静かにナイフで切りながらチャチャを入れた。

「バカは風邪をひきません」


 それを聞くタカトは勢いよく椅子の上に立ちあがる。

「うるせい。こちとらこの国一くにいちの融合加工職人を目指す天才様よ」

 そして、ドンとテーブルの上に右足を叩きつけると、前につきだした右腕で力強くガッツポーズをとっていた。

 そんなタカトのガッツポーズのいただきでは、フォークに刺された芋がなんだか申し訳なさそうに湯気を立てているような気がした。


 ビン子は、そんなタカトに目をやることもなく静かにフォークで芋を口に運んでいる。

「ごめん。馬鹿じゃなかった。アホな道具ばかり作っている、ただのアホだった」


 だが、権蔵は違った。

 目をギラリと光らせると自らのフォークをくるりと回し、次の瞬間、ドスンとタカトの足先に突き立てたのだ。

 「このドアホが! 机の上に足を乗せるなァ!」


 突き立てられたフォークがラテン音楽で使われる楽器のキハーダのように小気味こきみのいい音をたてていた。

 ビヨヨォォォォン!


 それを見るタカトの顔色が一瞬で吹き飛んだ。

 ヒィィィィィ!

 というのも、そのフォークがあと数ミリ近ければ、確実に足の指を貫いていたかもしれないのだ。

 タカトは、まるでウツボに睨まれたタコのように口をすぼめ、そそくさと足をおろした。


 だが、これで引き下がったのでは自称天才様の気が済まない。

 なんか、自分だけがボロ負けしたような気がするのだ。

 そんなタカトは負け惜しみのように、目の前の芋にクレームをつけ始めた。

「爺ちゃん、今日も芋かよ! 肉食わせろよ! 肉! 俺もだぞ!」


「贅沢を言うな……」

 そう言う権蔵は、呆れながらテーブルの上に置かれた鍋をフォークの先でコンコンと叩いた。

「ホレ! 昨日、ビン子が作ったカレーが残っているじゃろうが、それを芋にかけて食っとれ!」


 その鍋を見てタカトは一瞬うろたえた。

「昨日はビン子が食事当番だったのか……ということは、そのカレーって……あの『電気ネズミのピカピカ中辛ちゅうからカレー』だよな……」


「ちゃんと肉も入ってるぞ」

 意地悪そうに権蔵は笑みを浮かべている。


「肉って……あれ、ネズミじゃん! しかも、魔物の電気ネズミだし……こんなの食ったらボケモンのゼット技を研究している任〇堂に怒鳴られるわい!」


 それを聞くビン子、

「悪かったわね! 食材を買うお金がないんだから仕方ないじゃない!」

 と怒鳴ると、いきなり鍋の蓋を開け「文句言わずに食べなさい!」と言わんばかりにタカトの芋の上にドバドバとカレーをかけはじめた。


 だが、まだ鍋にはカレーが残っている。

 ビン子は、すかさず権蔵の皿にもカレーをつごうとした。


 しかし、一瞬、権蔵の動きの方が早かった。

 反射的に皿の上の芋を口の中に放り込むと、手を合わせてごちそうさまをしたのである。


 ちっ!

 舌打つビン子。

 手に持つオタマから『電気ネズミのピカピカ中辛カレー』が悔しそうに垂れ落ちていた。


 そんな不貞腐れるビン子をなだめるかのように権蔵はゴマをすった。

「まぁ、森でとれる食材だけで作っとる訳じゃから、さすがにビン子は名コックじゃて!」


 タカトは嫌そうに芋からカレーをよけながらツッコんだ。

「爺ちゃん……それ名コックじゃなくて、迷コック、いや迷惑コックだから!」


「なんですって!」

 すかさず、ビン子もオタマに残っていたカレーをタカトの口の中へとツッコんだ。

 そんなタカトの口がモグモグと動く。

 仕方なしに動くのだ。

 いや、動く以外方法がないのである

 だって、目の前では、怒り心頭のビン子さまが鬼のような睨みを利かしているのだから……

 ここで食わんかったら確実にシバかれる!


 モグ……モグ……もぐ


 カレーを食らうタカトの口が、途端にタコの口のようにすぼまった。

「ス……ス……スっパぁぁぁあ!」

 そう、口の中に何とも言えない酸っぱさが広がったのだ。


「キーーン!」

 かと思うと、「?」などと土佐弁による電飾ディスコで踊り狂うような放電刺激が鼻の奥へと突き抜ける。

 タカトはすでに鼻をつまんで後頭部を叩きまくっていた。


 でもって、その後に襲いくる激辛がタカトに天を仰がせるのだ。

 大きく見開かれた目と口から10万ボルトばりの絶叫が発せらた。

「グぎがぁぁぁ! の・昇るのボルトぉぉぉぉぉぉお!」


 ビシッ!

「なんで博多弁やねん!」

 すかさずビン子のハリセンが、タカトの後頭部にツッコみをいれていた。


 結局、食っても食わなくてもしばかれるタカト君……


 それを見る権蔵は、干した花びらが浮かぶ湯を口にしていた。

 ――もう、ケンカは終わったようじゃの……

 部屋の中には、いつものようなリラックスした香りが漂っていた。


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