第22話 おうちにかえろう
「処罰とは、なんですか?私はお父様に相談したかったのです。お父様の従者であるルーク伯父様を今後は私の従者として引き継げないかと言うことと、じい様を、相談役として、何かあれば伺ってもよろしいかとの、相談です」
にっこりと笑った王女に、思わず王は顔をあげ口調を荒げる。
「それで、お前はこれから先この国を守っていけると申すか」
「ええ、そのつもりです。ですから、これまで王家を支えていた伯父様にも、助けていただきたいと思いまして」
平然とした女王に、王は言葉を失い、センはいつも通り、クツクツと笑う。
「父上。女王は、この国のために、これまで政ごとを行っていた者からの指導を受けたいとの望みです。これからの、この国ために」
「この国の、ために……」
「ルーク、お前は、まだ私を主と呼ぶのか?」
「生涯、我が主は貴方です。何があろうとも、代わることはありません」
膝をつき、頭を下げるルークに、王は両手を床に付けた。
「では、主としての最後の命だ。その命ある限り、我が娘ライアに使えよ。今より、私を主と、お前を従と呼ぶことは無い。新しき主が正しき道を進めるように、手を貸してやってほしい」
ルークに頭を下げたその姿は、王ではなく父親だった。
「仰せのままに」
「デールは、私の元に置いていいのだな?」
「はい。時々、意見を伺いにまいります。よろしいでしょうか?」
「女王の、お心のままに」
一礼して、デールを従え部屋をでた旧王。いいのか、というルークに、女王が頷く。
「私は、王の心を信じます。心を殺しても王であった人ですから」
「そうか」
「あ、伯父様は伯父様のままで。忠誠を誓う従ではなく、伯父として、姪の私を助けていただけますか?」
「すまない。そうさせていただこう」
ルークが柔らかく笑う。
「王の補佐として、やらねばならぬことも多い。伯父として、国が滞りなく動くよう精一杯指導させていただこう」
センを見つめる瞳は強く、センは不貞腐れたような顔で一礼した。
数日後、旧王は城の敷地のはずれ、センが産まれた小さな家に一人で移り住んだ。
センの母の言葉を一つ一つ思い出し、日々自分のした愚かな行為を悔み続けている。
デールは毎日、城と旧王の家を行き来し、話相手をしているようだ。
ルークの右腕は元通りとはいかないが、少しずつ動かせるようになっている。
女王とその補佐は、ルークの指導を受けながら、日々の仕事をこなしていた。
「王女の時よりも、仕事増えたんだなぁ。あの頃も忙しそうだったけど、今の比じゃねぇなぁ。病気で倒れたなんて言っていたけど、王の仕事はちゃんとしていたんだな」
感心したようにつぶやくシュウに、センが忌々し気に舌打ちをし、ルークが笑う。
「仕事をこなしていたのは、私だ。政ごとの大筋を決めるのが王がの役目、それを形にするのは、私の役目だ」
確かに、王がすべてを形にしていたら、国の政は先へは進めないだろう。だが、補佐管は一人だったはず。それを、ずっとこなしていたのか。
これからは、センがこなしていくのかと思うと同情する。同情からか尊敬からか、知らずにシュウからため息が漏れた。
「すぐになれるさ。なにせ、今度の王は、政ごとを形にするにも、しっかりと手も口も出してくる人だからね。怖い前任者もいるし、優しい弟もいる。恵まれているよ、俺は」
不貞腐れたように答えるセンに、女王が笑う。
「主が決めた未来を形にできる。従者としてそれ以上の誇りはないさ」
ルークが柔らかくはなった言葉は、センの胸に深くささった。
城に従者が戻り、活気が戻ってきたころ、美羽の肩の傷はすっかりふさがっていた。
もう、美羽には侍女としての仕事もなければ、静養をする必要もない。城での暮らしに、居心地の悪さを覚え始めた。
「美羽ちゃん、久しぶりに紅茶を入れてくれないかな?」
新しい紅茶を買ったんだ、と見せられた缶は初めて見るデザイン。茶葉からは、少し甘い香りがする。
「初めての紅茶なら、最初はストレートですね」
どんな味なんだろう、と香りを楽しみながらセンと一緒に厨房に向かった。
「みなさん飲みますよね?でも、最初だから味見してからがいいかなぁ」
お湯を沸かしながらティーセットの準備をする美羽を、楽しそうに見つめる。
「センさん?」
「いや、最近元気なかったから。よかったな、って思ってた」
「……」
「紅茶ぐらいで元気になってくれるなら、また買ってくるよ」
「私、元気なかったですかね?」
「ん。まぁ、俺が気になった程度。それ、美羽ちゃんのだからここで一緒に飲もう」
座って、と促されて紅茶を手に、センと向かい合わせに座った。
「ずっと、謝らなくちゃって思ってたんだ」
「謝る?」
センに、謝られるような覚えは全くない。いつも気遣ってくれ、助けてくれた。
「うん、ここにシュウを連れてきたこと、怖い思いをさせたこと、それに、初めて会ったとき、君の世界に帰そうとしただろう?本当に、ごめんなさい」
テーブルに頭をつけるように、深く深く頭を下げるセンに、美羽は慌てて首振った。
「そんな、それは、当然です。私、なにもできない。頭なんて下げないでください」
「何もできない?美羽ちゃんは、王女の気持ちをずっと支えてくれた。叔父上を助けてくれた。何より、一人になったシュウの側にいてくれた。君は人の心を救える子だ。本当に、感謝している」
センの言葉に、何も答えることができず、テーブルの上に組んだ手を黙って見つめる美羽に、センは笑ってサラリと空気を変えた。
「で、なんで最近元気なかったの?」
「いや、みんな忙しそうで。私、やる事ないなぁって」
面食らった美羽は、言葉を選ぶこともできなくなった。そんなことかぁ、とカラカラと笑うセンに、美羽は恨めしそうな視線を送った。
「本来の侍女の方が戻ってきて、私なんて本当に仕事してなかったんだなぁって思って。シュウには、もう仕事しなくていいって言われたけど、何も仕事しないのに毎日いるの、居心地悪いんです」
シュンとする美羽に、クスクスと笑って軽く頭を撫でた。
「なんでシュウが美羽ちゃんに仕事をさせないか、わからない?」
「仕事、できないから」
床にめり込みそうなぐらいに、下を向く。
「仕事なんて誰でもすぐに覚えるよ。シュウはね、もうすぐ家に帰るんだよ。君がここで仕事をして、この城に必要になったら連れて帰れなくなるだろう?だからだよ」
「帰る?ここでの、シュウの仕事は?」
「そんなの、もともとアイツの仕事じゃないからね。美羽ちゃん、ここに残る?その気があるなら、俺からシュウに言ってあげるよ?」
ブンブンと首をふる美羽に、センは笑って紅茶を飲み干し女王の執務室へと戻っていった。
「やっぱり、あなたは城には残ってくれないの?」
女王が、シュウを見つめる。来た時と同じように少ない荷物を持ち、今日、家に帰ることになっている。
「もともと、即位式までって話だっただろう?なのに、随分長くなっちまって、帰って母さんの墓を掃除しないと、怒鳴られちまう」
「だからって、美羽ちゃんまで連れて行かなくてもいいんじゃない?ねぇ、美羽ちゃんここに残らない?俺達の妹として」
からかうようにセンが美羽の手をとる。
困ったように笑う美羽に、シュウが後を引き受けた。
「美羽にも仕事をしてもらわないとなぁ。アクセサリーを作るのも、市場で売るのも、もう俺よりうまいんだから」
居なくなったら俺が困る、と笑う。
「仕方ないわねぇ。美羽、また遊びにいらっしゃいね。私も、時間を見つけて会いに行くから。二人とも、離れていても私が姉でセンが兄であること、忘れないでね」
「はい」
もうすぐ、冬が終わる。
冷たい空気を胸にいれながら、懐かしい家へと戻る。前を歩く灰色の髪が揺れるのを見ながら歩けることが、嬉しかった。
霧の向こうの即位式! 麗華 @kateisaienn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます