第21話 王女の後り 女王のはじまり


「美羽、お願いがあるの」


まっすぐに美羽を射抜くその瞳には、もう幼子のような迷いは残っていない。美羽も、まっすぐに視線を返した。


「私にできることならば、何なりと」


 王女は真剣な目を見せた。


「隣の世界から来たあなたは、この世界にはいない人。私の侍女として即位式にでることはできないの。でも、わたしはあなたに見守ってほしい。そして、じい様にも。だから、嫌だろうけれどじい様と一緒に、ここで見守っていてくれない?シュウと伯父様を貴女につける。あなたの安全は必ず保障するから」


 前をむくその顔には、強い意志が宿っている。


「セン、聞いているのでしょう?お願いね」


「仰せの通りに。シュウ、牢に行って伯父上とじい様を連れてきて」


 扉の向こうで笑いをかみ殺す声がする。


 民の前で即位をしたいという王女の希望で、即位式は城の中ではなく、城の外に簡単な舞台を作り、そこで行う予定だ。王女の部屋からは、即位式を行う広場が良く見える。

 眉間に皺を寄せたルークが部屋の中を歩き回り、センはクツクツと笑っている。

 王女の顔には色が戻り、覚悟の決まったその顔はもう女王のものだった。


「ただいま」


 明るい声で扉を開けたシュウは、手枷をはめたじい様を連れている。


「王女、あなたは一体、何を考えておる?」


「幼い頃から愛しみ、導いてくれた貴方に私の即位式を見ていただきたいと思っております」


 当然のことでしょう?と、笑う王女に、デールは言葉を詰まらせシュウは笑いをかみ殺した。


「じい様。私は本日より女王となり、国の為に決断をしなければならなくなります。気楽に笑っていられる王女としての時間は、もう終わり。だからこそ、王女だった私をずっと見守ってくれていたあなたにも見てほしい。どうか、見守ってください」


「……仰せの通りに」


 デールは膝をつき、顔を覆った。


「行きましょう、セン」



 王女はセンと共にこの国で初めての女王への即位を、王は従者をつけずに一人、この国の王という地位からの、退位を行う。美羽は、王が変わりの従者を連れていないことに、ほんの少しほっとした。


 参列する民の数は多くは無い。それでも、気高く顔をあげて、この国をへの思いを口にする女王。

 自分は決してこの国を裏切らない、この国の民すべてに、生涯誠実である、と。

 デールは静かに涙を流し、シュウは真直ぐに女王を見つめ、ルークからは溜息が洩れる。


 即位式は滞りなく行われ、幕を閉じる。

 呆気ないほど簡単だった。


 即位式を終えた三人は城内に入り、部屋の窓から姿を消した。



「これから、どうするのだ?」


 ルークの静かな声。シュウは面白そうにクツクツと喉を鳴らす。


「王の補佐兼護衛隊隊長の指示は、このまま待機。じい様も伯父上も、もちろん美羽も」


 笑うその顔は、いたずらを仕掛けた子供のよう。



「父上、こちらへ。お疲れの所申し訳ありません」


 続き部屋から聞こえるセンの声。一瞬で、部屋の空気が変わる。姿は見えないのに、威圧感に押しつぶされそうだった。これが、王の威厳なのだろうか。


「即位式だというのに、民は浮かない顔をしておったな。所詮、ライアの器では王の任は重かったか。お前ほどの男が、あの程度の者に従うのは屈辱であろう」


 苛立ちを隠そうともしない冷たい声が部屋に響く。


「即位を終えたばかりの女王に手厳しいですね。彼女は、誰より民を想い、国を想う王になるでしょう。私には、従者の誇りがあります。主と決めた女王の器を信じて、生涯付き従う所存です」


 センの声は空気を和らげる。息をするのも苦しかった美羽の身体が少し、楽になった。


「理通りに、正室の子を即位させただけだ。王としての器はセン、お前の方がずっと上であろう」


「いいえ、真に大きな器は、女王です」


 柔らかいが、ハッキリとした言葉。威圧感としては、父をも凌ぐかも知れない。


「お父様、お待たせしまして、申し訳ございません」


 軽やかな声が緊張感のあった空気を、一瞬で消し飛ばした。


「ライア。病身の父に、一体何用だ?」


「お父様に、従者の事で相談が御座います」


「従者の?」


「ええ」


 笑いを堪えたシュウが立ち上がる。行くぞ、と促されるが、美羽には何をするのか全く分からない。仕方ない、と言いたげにルークが美羽の肩をとる。


「シュウ、そなたはデールを連れていけ。この娘は逃げぬが、デールは逃げるやもしれんからな」


「じい様、行くか」


 デールの手枷を外し、部屋をでる。その背中はどこか嬉々としている気がした。


「失礼します」


 部屋に現われた4人をみて、旧王は息を呑む。何故、と確かに小さく言葉を紡いだ。


「父上、従者が城に居ることが、『何故』ですか?」


 からかうようなシュウの言葉。


「従者が、城にいるのに即位式に参列しないなど、あるわけがない。何故、ここにいた?」


 旧王は、焦りを抑えながらも声高に答えるが、威厳も威圧も通用しない。申し訳ない、とデールが膝をついた瞬間、王も一緒に崩れ落ちた。自分のしたことを悔いているのか、これからの我が身を案じているのか。それとも、自らが殺めようとした我が子と弟をみて安堵したのか。


「我が主よ、理を破ればそれはやがて我が身に還る。貴方の大切な者に、その責を負わせるつもりか?」


 ルークが静かな瞳で、王を見つめる。顔を上げた王の瞳は、揺れていた。


「父上、母は貴方を愛していましたが、同じようにこの王家を、国を愛しておりました。従者としての誇りを教えてくれた母が、私が理を破って即位などしたら誰よりも悲しむでしょう。毒蛇は、断じて王妃ではありません。どうか、心を病まないでください。貴方の心が凍ることを、誰よりも母が悲しみます」


 静かに、諭すように語るセンに王の顔から険が消えていく。王は、頭を抱えて膝をついた。視線を合わせるように、センも膝をつき、静かに王を見つめる。


「あれが、悲しむ。そう、あれはそういう女だった。真直ぐで、誇り高く、意志の強さはわしにも引けをとらなかった。あれは、たしかにライアのことも、慈しんでおった。次代の王は、ライアだと」


 少しずつ顔を上げて呟いたその顔は、愛しい人を亡くした夫のそれだった。


「わしの処罰はいかようにも受けよう。だが、デールはワシに従っただけじゃ。主の責を従者が取ることはないと、思わんか?どうか、デールは許してやってほしい」


 王であるために殺した心を拾おうと、間違っている自分に付き従ってくれた従者。

 主として、従者を守りたいと、王が深く頭を下げる。

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