第19話 必要?
どのくらいたっただろう。扉の外に、知った気配。
「美羽、どうして?」
呆気にとられたシュウに、ルークが笑う。
「大した、娘だ。今に兄よりも頼りになるのではないか」
そう言って、扉を強く蹴った。扉の外で、息をのむ音が聞こえる。
「娘、そこに居るのだろう。早くここを開けろ」
「鍵が、ないんです。どうしたら……」
ルークの口から溜息がもれる。隣の世界は、どれだけ平和なのか、と言いたげだったが、さすがにそれは飲み込んだ。
「ないだろうな。そんなもの、置いておくわけがない」
「何か、考えてくれ。我らには、何もできない」
「……何か」
美羽は、周りを見渡して必死に考える。ルークが蹴った時に扉が軋んだことを思い出したが、美羽の力では、扉は壊せないだろう。
小屋の外に出て、薪割り用の斧を持って戻ってきた。
「離れていて、ください」
思い切り、斧を振り上げて扉にぶつける。早く、早く、と何度もぶつけて、ようやくドアノブごと鍵が外れた。
「よく、やった」
中から出てきたルークの服は赤黒くそまり、髪は血で固まっている。一緒にでてきたシュウの姿に美羽が息を飲むのがわかる。
「シュウも、ここに?じい様は?」
心配する美羽に、呆れたように溜息を漏らしながらもルークはシュウに向き直った。冷静なその姿は、普段と変わらない。
「シュウ、お前はデールが戻る前に城へ急げ。娘は、私が引き受けよう」
「逃げる時間も稼げないのに、美羽を引き受けられるのか?」
ルークを睨むシュウに、美羽が慌てて割って入る。
「私、邪魔になりたくない。行って欲しい。王女を、助けて」
美羽の訴えに、ルークが笑う。
「大丈夫、強い娘だ」
「そう、だな。たしかに、そうだ」
あきらめたような嬉しそうな、低い笑い声が部屋に響く。だが、シュウが狼の姿を取るよりも前に、空を裂く音が小屋に迫り、小屋の屋根の上に梟が二羽降り立つ音がした。
体を固くして斧を握りしめた美羽をみて、シュウが狼の姿をとる。牙をむき出して、低い唸り声を上げて扉を見つめる。
ルークは、美羽の握る斧を左手に取り、勢いよく刃の部分をへし折ってゆったりとした動作で扉を開ける。こんな時なのに、出ていく背中が見事なぐらいにまっすぐで、迷いがない。
屋根から降りて、人型に戻ったデール。後ろに付く若い衛兵の顔には、色が無い。二人の手には、刀剣が握られているが、二人ともどこかに心を置いてきたように、瞳に力がない。
「デール、引けぬか?これからこの国を担う者を巻き込むことが主の為と、思うのか」
ルークの声は、彼らの心には届かない。シュウが唸りを上げて飛びかかる。狼の動きは、早い。それでもデールの剣はシュウを捕らえる。瞬時に方向を変えて避けるが、避けた場所には、衛兵。二人の剣が、容赦なく追ってくる。逃げているうちに、後ろに壁が迫り、身動きが取れなくなった。感情を持たない剣が、シュウの身体に振り下ろされようとした。
「情けない、それで、王女の護衛が務まるのか?俺の甥だというのに」
言葉冷たく、斧の柄でデールの剣をはじいた。後ろから剣を振り上げる衛兵にシュウが牙をむく。傷に響くのか、剣をぶつけるたびにルークの顔が歪む。シュウが加勢しようとするが、衛兵に邪魔をされ、想うように動けない。四人は、見る間に赤く染まっていく。
「そこまで。先代と次代の王を守るべき者達が、何をしている」
空から響く、低く鋭い声。顔を上げれば、二羽の鳶が枝に止まっていた。
「兄貴……。王女も?」
「美羽、良かった」
柔らかい声を上げた鳶が空を切り、美羽の横に降り立つ頃には、王女の姿に変わっていた。
「王女?どうして、ここに?」
困惑する美羽に王女が嬉しそうに笑う。
「迎えに、来たのよ。即位式に侍女の一人もいないのでは恰好つかないでしょう?そんな情けない即位式なんて、嫌よ?」
「貴女はやはり、王には向かない……」
王女に気を取られたルークの脇腹を、衛兵の剣が貫いた。シュウが衛兵を取り押さえるが、ルークの身体は見る間に赤く染まっていく。
デールは、王女に向かって剣を振りかざしてきた。次に映るだろう光景に怯え、美羽は王女を抱きしめ、強く目を閉じる。
想像していた痛みはなく、金属のぶつかる音が耳を貫く。恐る恐る目をあけると、センが剣を構えデールと対峙している。
「大丈夫よ美羽、センが居るから」
自信たっぷりに王女が笑う。言葉の通り、少しずつ、デールを追いつめていくセン。その顔にはいつもの余裕はどこにもない。センの剣がデールの身体にふれるたび、痛みを堪えるように目を細める。胸元に剣を構え、迷っているのが伝わる。
「殺せ。わしは王女に仇なすもの。お前の主の為、殺せ」
デールが剣を捨て、センに背を向けて座る。振り絞るような声に、センが迷っているのが伝わる。美羽の腕をつかむ王女の指は、震えている。王女の衛兵として、センはデールを殺すのだろう。魔女の水瓶でみた光景が頭に浮かぶ。
このまま、デールを殺すことが正しいことだとは、思えない。
「ダメ、です。殺しちゃ、ダメ」
気がつくと、美羽はデールをかばい、前に出ていた。自分の目で見た、センの剣術。怖くない訳は無く、足は震え、言葉はうまく口から出てこない。それでも、美羽は両手を広げ、デールをかばう。センの後ろでルークが舌打ちをしたのがやけに大きく響いた。
「娘、その者はお前の主も殺そうとした。この若い衛兵に指示をだしたのも、その者だ。新しい国王になる王女、お前の主にとってその者が生きていることは、害だ。それでも、情けをかけるというのか」
諭すような、静かな声。美羽とて、わかっている。怖かった、冷たかった、痛かった。
信じていた者が裏切ったことが、悲しかった。
それでも、知らない世界にきた自分に優しくしてくれた。シュウを思いやる姿、すべてが嘘だとは思えない。憎いとは、死んでほしいとは、どうしても思えない。
「今ここで殺すことが、王女のため、この国のためになると、思えません」
ルークの鋭い視線に声が震える。それでも、引けない。
「もっと、話をして、理由をきいて、それからでも……」
「わしは、話はせんよ。王女から王位を奪おうとした。それだけで、充分じゃ。殺せ、セン。お前が迷うことは、ならん」
突き放すような、冷たい言葉。衛兵を組敷いたシュウが、刺すような視線を投げているが、センは振り向くこともしない。凍りつく空気に、美羽は立っているのがやっとだった。
でも、引けない。デールの前で、両腕を広げてセンを見つめる。
「美羽ちゃんの世界は、平和なんだねぇ」
呆れたように、柔らかく笑う。見覚えのあるセンが、戻ってきた。そう思った瞬間、美羽の横をセンの剣が走り、デールの首に打ちつけられる。刃ではなかったのか、傷はついていないが、デールは意識を失った。
「じゃぁ、美羽ちゃんなら、どうする?じい様はきっと何も話さない。それは確かだ。従者として、主の望みをかなえられないって事は、とても誇りを汚されるもの。俺達従者にとっては、死よりも辛い。じい様にそんな辛い思いをさせるなら、ここで死んだ方がいいのかもしれないよ」
ねぇ?と笑いかける瞳が切なげに揺れる。その瞳のためにも、美羽は引けない。
「王の従者としてのじい様は、わからないです。でも、相談役として王女の側にいたじい様は、優しかった。あれが嘘なんて、思えない。きっと、これからも王女に必要な人です」
すがるような美羽の言葉に、目を大きく開いたセンが、笑う。
「王女、あなたに彼は必要か?」
王女は、黙って頷いた。センは、自分の腰布で意識の無いデールを縛り上げる。
「さて、どうやって帰ろうか」
顔を上げたのは、いつものセンだった。
捕らえた衛兵にじい様を担がせ、シュウはルークを支え、山を降りる。城に戻るころには、太陽は傾き始めてた。
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