第17話 守りたいものは
美羽は、自分が捕らえられてからの事を必死で伝えた。覚えている限りの会話、とらわれていた部屋の造り、ルークが隠してくれた木の洞。そして、ルークを追ったはずのデールが、美羽を捕らえに来たこと。
「じい様、が?」
何を言っているんだ、といった顔のシュウ。小さい頃から自分の世話をしてくれた好々爺。自分だけではなく、センも王女も慕っていた。そのじい様が、王女から王位を奪おうとして、美羽を攫い、傷つけた。
理を破ろうとした王は、弟であり長い間仕えていた従者でもあるルークと、ライアの命を、奪おうとしている。王は、シュウにとっても、王女にとっても父親だ。優しかった母が、自分の唯一の主だと胸を張った男性。そんなことが、信じられるはずもない。
だが、美羽の着ていた外衣は間違いなくルークの物。ところどころ、鋭く切り裂かれ、水に流されだいぶん消えてはいるが、血の匂いにかすかに混じるのは、小さなころからよく知っている匂い。なにより、美羽がこんな嘘をつくはずもない。
うつむくシュウをみて、狼が笑う。
「アンタは、誰を守りたいんだい?時間は、ないよ」
「俺の主は……。王女だ」
顔を上げたシュウには、迷いはなかった。
「じい様は、昼前には一度城に戻る事になっている。その時、か」
小屋の中を歩き回りながらブツブツとつぶやくシュウ。狼は楽しそうに水瓶を覗きこみ、美羽を呼びつけた。
「アンタが見たら、どう見える?」
素直に水瓶を見つめる美羽。この間と同じように、しばらく見つめていると、頭の奥がぼんやりとしてきて、何かが水の中に見える。
「城の、庭。じい様が歩いてる」
「他に、誰かいるかい?」
「誰も、いない」
「王女は、どこ?」
「王女は……。部屋にいる。センさんと、一緒。とても、悲しそう」
もう少し、と水瓶を覗きこむが、水が揺れて何も見えなくなった。
「ああ、欲を出すから、水がすねちまった」
狼が笑う。美羽は、少し動き出した頭を動かして、自分がどこにいたらいいのか考える。城には、戻れない。美羽の足では、城に戻る前に捕まってしまう。
「お前は、ここにいろ」
返事をする余裕も与えず、狼に変わったシュウは出て行った。
美羽では、ルークを助けられない。ルークの無事を祈る美羽に、狼が笑う。
「衛兵が守るのは、主だけだ。ルークは主じゃぁないだろう?ルークだって、覚悟をもって王家に仕えてきたんだ。泥は、かぶる気でいるだろうさ」
「泥を、かぶる?」
「わからないかい?王が理を破ろうとしたなんて、言えないだろう?今回の事は、ルークが王位欲しさにデールと組んだ事にするのが、一番さね」
怖いねぇ、と笑う魔女に、美羽の背筋が寒くなる。
泥をかぶる。確かに、ルークは自らを守ろうとはしていなかった。甥姪の身を案じ、王の心を正せなかったことを、ただひたすらに悔んでいた。
「ルークさんは、どうなるの?」
「水瓶に、聞いてごらん。機嫌が直っていれば、見せてくれるさ」
言われて美羽は水瓶を覗きこむ。水は揺れて、中々見たい物を映してはくれない。魔女は欲をだしたから水がすねたといった。見たいと思うことが欲ならば、見ることはできない。どうしたら、と焦れば焦るほど水は揺れる。
「ああ、それじゃぁ水が怒っちまうよ。仕方ない、そのまま水を見て」
言われたとおり、水を見つめる。頭の奥が白くなって、焦りが消えていくのがわかる。
「そうそう。そのまま。アンタが助けたい人は?」
水の中にうっすらと浮かんだのは、血にそまり倒れているデールと、牢に入れられたルーク。二人とも生きているのか、死んでいるのか、顔に色は見られない。王女が一人、泣いている。シュウもセンも、側にはいない。
「王女、泣いてる」
美羽が呟いた途端、水が揺れてまた何もみえなくなった。
「今のは、未来だねぇ。よかったじゃないか、王女は生きてる」
「よくない、です。ルークさん、牢に入っていた。王女も、泣いていました。なにも、よくない」
「まぁ、仕方ないさ。ルークは、アンタを守った。王の名誉も甥姪も守ってたった一人で逝くのが望みなんだろう。情の深い人だからねぇ」
呆れるほどに冷たく言い放つ、黒い狼。情の深い人。それは、美羽にもわかる。表にはでないが、誰よりも情が深く、正しい。憎まれることを恐れない。これからの王女に、とてもとても必要な人。彼を助ける方法は無いのか。すがるように水瓶を覗きこむが、なにも映らない。
「どうしたらいいのか、は映らないよ。水瓶は今のままの未来しか映らない。変えたいのなら、アンタが自分で考えなきゃ」
「自分で、考える……」
そうそう、と至極楽しそうに狼が笑う。
「お世話に、なりました」
頭を下げて、小屋を出る。
必死で、考えた。美羽には、シュウやルークのように、主を守るだけの力はない。
それなら、主の心が求めることを。
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