第14話 どこに?


「美羽。シュウ殿がお呼びだ。来い」


 無愛想な衛兵が、美羽を呼びつける。シュウは先ほどセンと一緒に部屋を出て行った。王女の側を離れてまで呼び付けるからには何かあったのだろうが、衛兵は何も教えてはくれない。不安はあったが、美羽は衛兵について部屋をでた。


 朱色に染まっていた空が、灰色に変わり始めた頃、シュウとセンが王女の部屋に戻ってきた。


「美羽、は?」


 不思議そうに首をかしげる王女に、シュウは目を丸くする。


「一緒だったんじゃ、ないのか?」


「だって、さっきシュウが呼んでるって言われて……。じゃぁ、呼んでいたのは誰?」


 王女の顔から赤みが消える。狼に姿を変えたシュウが、部屋を飛び出そうとするが、センに行く手を阻まれた。


「兄貴、何を?」


「少し、落ち着け。美羽ちゃんをどうにかすることが目的じゃない。この城から連れ出した者を相手にするなら、考えてから動かないと」


「……」


 苦虫をかみつぶした顔で、シュウがセンに向き直る。立っていられずに座り込んだ王女の顔色は、土のようで、タカに支えられようやく座っているといった様子だ。


「タカ、美羽を呼びに来た衛兵は、わかるか?」


「……はい。しかし、自分はあの者をよく知っています。信頼のできる衛兵であり、王家に仕えることに、高い誇りを持っている者です」


 信頼のできる民が、どうして王女を裏切るのか。タカの真直ぐな視線にシュウが苛立ちを隠せない。


「その衛兵の、家はわかる?」


 王女は震える足で立ち上がったが、顔の色は戻っていない。


「南の森の、外れです。今から急いでも、朝までにつくかどうか」


「朝になろうが昼になろうが、情報は必要よ。誰が一番早い?」


「この時間なら……」


「じい様を、呼んで!」


 事情を聞いたデールが、衛兵の名前と家を確認し、闇夜に溶けて行く。


「申し訳、ありません。私の部下です。どの様な処罰も」


 タカが呻きながら、膝をつく。


「あなたの部下かもしれないけど、その前にこの国の民で、私が選んだ護衛隊の隊員よ。責任があるのなら、私にもあるし、隊長であるセンにもある。処罰を望む前に、美羽をつれ戻す方法を考えて。悪いけど、今はいったん下がってくれる?」


 焦りのためか、冷たく言い放つ王女にタカが項垂れて部屋をでる。センがとがめるような視線を送るが、王女は気付くこともなく部屋を歩き回る。


「シュウ、セン。あなた達なら美羽を連れて南の森まで行ける?追手が来ることも想定して」


 少し考えて、二人とも首を振る。


「そうよね。美羽は身体を変えられない。あの姿のまま、長い距離は運べない」


 どこまでなら、運べるのか。あまり城の近く、というのも考えにくい。そもそも、美羽を連れて行ってどうするのか。たとえ美羽を人質にしても、王女の即位はかわらない。侍女一人救えなかったという悪評は立つかもしれないが、従者一人の為に即位を取りやめるなど、あるはずがない。それどころか、美羽を連れ出すことで城の警戒は強まる。


 考えるほど、わからなくなっていく。


「シュウ、庭にでて匂いが残っていないか探してきて。見つけても、一人で追わずに戻ってきてよ」


 返答もなく、シュウが狼の姿をとり部屋から飛びだす。


「ダメだろうな。匂いを残すなんて、するわけがない」


 センが、力なく呟く。





「こんな時間に、何をしている?」


 部屋の扉があき、入ってきたのは、もう何日も横になっていた王。

 顔色は悪く、杖をついて立っているのがやっとに見える


「王……騒がせて、申し訳ございません」


 センが簡単に事情を説明すると、王は少し考えて言葉を紡いだ。


「捜索には、シュウがあたるがいい。他は、不要であろう。即位式をひかえたこの日、侍女一人にこれ以上の人手を割くことは許さん」


 王の冷たい声が部屋に響く。その声は、病に倒れたとはいえ絶対の強者の声。長くこの国を支えた王の重みが、部屋に響いた。


「従者の管理もできんで、国の民を守れると思うか」


 その声は、王女の胸を深く貫いた。





 美羽が目を開けたのは、暗く冷たい闇の中。むき出しの床に横になっていた。身体を起こそうとすると、頭の後ろがズキズキと痛む。


 シュウが呼んでいる、と言われ衛兵について庭に出たとたん、頭の後ろに衝撃が走った。


「ここ、どこ?」


「傷つけるつもりは、ない」


 暗闇から答える声は、美羽を呼びに来た衛兵。


「貴女は、大丈夫?怪我は?」


「……なぜ?」


「なんだか、痛そうな声だったから」


「……」


 返事の変わりに、扉を閉める音が聞こえる。



 城には、信頼のおけるものしか残っていない、と聞いている。信頼できる衛兵を動かせるのは、誰?頭に浮かぶのは、水瓶に浮かんだ茶色の羽根。だが、なぜ美羽を?誰より強い王になる、と言った王女。侍女一人の為に王位を手放すことはしないだろう。

 美羽がいなくなったことに、一番動揺するのは、シュウだろう。だが、シュウは王位からは離れた所にいる。シュウが懇願したところで、即位は変わらない。それに、たとえシュウでも美羽の為に王女の即位を取りやめることなど望まないだろう。


 考えても、出てこない答え。

 それならば、動き出そう。


「私は、いつまでここにいればいいの?」


 暗闇からは、返事はない。差し出した手すら見えない暗闇。

 衛兵は、美羽の声の届くところにいるのだろうか。





 一筋の光すらない、闇。それでも、衛兵が出入りした場所があるはず。壁に沿って手探りで動き出す。扉は見つかったが、当然、鍵がかかっている。だが、その隙間から入ってくる空気は冷たく澄んでいる。扉を開ければ、すぐに外に出れるかも知れない。非力な美羽をよく知っている衛兵なら、油断しているはず。チャンスは、ある。次にこのドアが開いた時、ここから出よう。美羽は、毛布を頭からかぶり、外を伺う。


 誰かの足音が近づいてくる。衛兵ではない。もっと軽く、ゆったりとした、どこかで聞いたことのある、足音。

 扉に張り付き、耳をそばだてる。衛兵の踵が鳴る音、扉に鍵を入れ、回す。扉が引かれた瞬間、身体を扉にぶつけ、外に出る。伸びてくる手が、毛布をかぶった美羽を掴む。掴まれた毛布を勢いよく放り投げると、視界を遮られた衛兵の動きが一瞬、止まった。その隙に、足音がきた方向に走り出す。風が動いている、外に通じているはずだ。

 あと、少し。外につながっているであろう扉に手をかけたところで、腕を掴まれた。

 足音と同じで、覚えのあるその腕の感触。冷たいものが背中を伝う。

 それでも、ここで止まるわけにはいかない。振り返ることなく、上衣を脱ぎ捨てもう一度扉をあける。扉の外も、部屋。だが、窓がある。窓の外は、森だ。とにかく外に。なにも考えずに美羽は窓から飛び出した。

 何歩も進まないうちに、耳の後ろから追ってくる羽音。瞬間、肩に衝撃が走った。


「い、た、い……」


 堪え切れずにうめき声を上げる美羽の前には、梟。足には、美羽のものだろう血が付いている。


「……。じ、い、様」


「非力な上に頭も弱い娘じゃ。逃げられないことぐらい、わかりそうなもんじゃがのう」


 呆れたような声が響き、傷ついた肩に再度飛びかかってくる。薄い内衣のみではとうてい防げない鋭い爪。鋭い痛みと同時に、暖かいものが流れ出るのを感じた。逃げようともがいても、肩に深く刺さった爪は外れない。痛くて、外したくて、めちゃくちゃに暴れるが、ますます爪は肩に食い込んでくる。肩に感覚が無くなり、力なく地面に崩れた時、やっと爪が肩から外れた。


「どう、して?なんで、私を?」


「知らんでも、よい」


「王女を、主を裏切るの?」


「……」


 人の姿に戻ったデールは、無言で美羽を部屋に連れ戻す。暗く、冷たい部屋。鉄の匂いが充満している。三兄弟が信頼し、慕っていた、好々爺然したじい様。隣の世界から迷い込んだ美羽にすら、とても優しかった。それなのに、何故。


 痛みと寒さで何も考えられない。

 城に還らなくてはならないのに。考えなくては、ならないのに。

 ゆっくりと、美羽の頭の中に霧がかかってきた。


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