第11話 侍女のお仕事
「お、なかなか似合ってるんじゃねぇか」
抵抗かなわずに侍女の役におさまった美羽に、シュウが笑う。色こそ桜色だが、衛兵と同じような立襟で左に打ち合わせある服。動きやすいようになのか、丈は膝よりもずっと短く、下には黒のパンツをはいている。
「侍女って、何をしたらいいの?」
「侍女は、主の身の回りの世話。ただ、俺には従者ってついた事ないから、詳しくは、知らない。兄貴かじい様が、常に王女についているはずだから指示はくれるだろ?がんばれよ」
側室の子とはいえ、シュウだって王の息子。シュウの母は、なぜ城から離れた森の中で暮らしていたのだろう。聞きたいことは山ほどあったが、寂しそうに笑ったシュウの顔に、何も聞けなかった。
「うん、がんばってみる」
不安も不満もあったが、センの言うとおり、一人になって怖い思いをするのはごめんだ。
次の満月が即位式なら、それまでの我慢だ。自分に言い聞かせて、美羽は侍女の仕事を受け入れた。
「王女、少し休まれてはいかがです?」
侍女になって数日、美羽は王女が休んでいるのを見たことが無い。
倒れてしまった王は既に仕事ができない。即位はまだとはいえ、今は王女がすべての政
まつりごと
を引き受けている。
そのうえ、即位式の準備、王の見舞いに来た者への対応などに追われて、毎日朝から食事もとらずに働いている。たまらず美羽が口にした言葉に、センの眉間に皺が寄る。
「休んだら、終らないんだよ。今が大事な時だからね」
終わらないとはいえ、それで身体は大丈夫なのか。
平気だから、と笑う王女に何も言えずに、引きさがる。でも、せめて、自分のできることを。
「……お茶を、いれてきます」
ありがとう、と呟いた王女の横を通り過ぎ、お茶を入れに厨房へ向かう。扉の外と、廊下の角に衛兵が一人ずつ。厨房には二人。従者が次々と暇を出される中、いきなりやってきた美羽に、良い印象を持たないのは、当然だが、歩く姿、お茶を入れる手つき、行動一つ一つを胡散臭そうに眺める。何度この視線を浴びただろう。紅茶を入れに一人で厨房に来るたび、茶葉とティーポット以外を触ろうとすると、衛兵が飛んでくる。
『なぜ必要なのか?』『何のためにそれを触ったのか?』と問い詰められて、王女のために少しの食べ物も運べない。かまどに薪をたして湯を沸かしている間、知らずに溜息が洩れた。
「何か、あったか?」
いつの間に厨房に来たのか、作務衣のような服を着たシュウが心配そうに覗きこむ。
「シュウ。どこ行ってたの?」
今日は朝から一度も見なかった。同じ兄妹で、護衛隊。センはずっと王女といるのにシュウが王女の側にいるのはほとんど見かけない。
「城の外で情報収集。俺にはそれぐらいしかできないから」
少し、寂しそうに笑う。
「それ、王女の?」
ティーセットをみて、自分も飲むから大きいのに入れよう、と言いだした。
「ねぇ、シュウが一緒なら、厨房の果物使える?」
「あ?ああ、大丈夫だろ?俺が責任持つから」
シュウが振り向くと、衛兵が渋々と頷いた。
「遅くなって申し訳ありません。お茶を、お持ちしました」
シュウと一緒に王女の部屋に戻ると、二人は書類を見ながら何やら揉めていた。センはシュウの家であった時とは雰囲気が全く違ってしまった。お互い、ひどい顔色をしているが美羽にはどうすることもできない。
「兄貴。少しいいか?町の情報を持ってきた。お茶を飲みながらの報告でいいだろう?」
シュウが話しかけると、空気が少し、柔らかくなる。一時休戦、とでも言うように、不機嫌そうな顔でドサリとソファーに座る王女。凍りつくような空気の中、震える手でお茶をいれる美羽に王女が笑う。
「あなたに怒っているわけではないから、気にしないで。仕事中は割とこうなのよ」
「王になったら、それでは民はついては来ない」
センが、吐き捨てるように呟く。王女は、苦虫を噛み砕いたような顔で、黙って紅茶に口をつけた。
「これ、アップルティー?懐かしい」
「王女が好きだと伺ったので、厨房のフルーツを使わせていただきました」
「マリみたいね。懐かしい」
以前の侍女の名前だろうか。センも、懐かしそうにアップルティーを口に含む。
穏やかな表情で ゆっくりとアップルティーを呑む王女の頭が、揺れ始めた。隣に座るセンが黙って王女のティーカップをとり、肩を貸す。
「美羽ちゃん、ここへ。そうだな、そのクッションを持ってきて」
素直にクッションを持ってセンの所に行くと、変わってくれと頼まれた。
センが王女の身体を支えて一度立ち上がり、そこに美羽が座る。肩にクッションを乗せてから、王女の身体を美羽にもたれさせた。
「いいんですか?」
「大丈夫、王女は美羽ちゃんには優しいから。俺がやったら、なんで起こさなかったんだって怒鳴られちまう。美羽ちゃんが言うとおり、少し休んだ方がいいんだよ」
センは王女の机で書類を作り始め、スコーンをつまんでいたシュウを呼びつけ仕事をいいつける。何も手伝えない美羽の仕事は、王女の枕になること。
時間にして二十分程度だろうか、王女が目を覚ました。美羽を枕にして眠っていたことに驚き、恥ずかしそうに笑う。
「頭がすっきりしている。気分もいい。ありがとう。やっぱり休まないとダメねぇ」
後ろでセンが、満足そうに笑っている。『休んだら終わらない』そう言っていたけど、やっぱり王女の体調を一番に考えているのだろう。
「王女、アイスティーを飲んだら、こっちの書類のチェックを頼む」
アップルティーが、すっかり冷めるまで眠ったことをからかうセン。
気まずそうに一気に飲み干して、机に向かう。切り替えたその顔は、まぎれもなく女王の顔だった。
「シュウ、報告は後で聞くわ。美羽に城の中を案内してあげて」
「あ?ああ」
シュウについて歩いても、衛兵からの冷たい視線は変わらない。
「俺は、ここではあんまり強い立場じゃねぇんだ。みんな、兄貴とじい様の顔を立てて、俺に従っているだけ」
カラカラと笑う横顔は、寂しそうで、悲しそうで、少し怒っているようだった。美羽は何も言えずに、少しだけ後ろに下がってついて歩く。
「城っていっても、大して大きい城じゃないからなぁ」
そう言いながら案内してくれた部屋は、どれも同じ扉。覚えられる自信はないが、城の中を一人で動くことの少ない今、覚えていなくても問題はないのだろう。
部屋の数に比べて、護衛をしている衛兵の数は少なく、侍女は、美羽一人。広い分、寂しい印象が強い。『信頼できる従者以外は暇を出した』センの言葉が、現実のものとなって、頭の中を回る。不安そうな美羽に、シュウが苦笑する。
「王女が即位したら、また賑やかな城に戻る。兄貴も俺もついてる。大丈夫だ」
「あの、王様には、ご挨拶しなくていいの?」
「いい。王は調子がよくないから、部屋には近づくなよ」
一瞬、美羽から目をそらすシュウに、それ以上は聞けなかった。
厨房に戻り、食材をいじりだすシュウ。衛兵達は、不信感丸出しでそれを眺めている。
「シュウが、料理するの?」
「俺は鼻がきくからな」
笑いながら野菜を選んでいく。王女の弟に料理をさせて、仮とはいえ、侍女である美羽が何もしないわけにはいかない。手伝おうとすると、衛兵に腕を掴まれた。
「王女が口にする物を、このような素性も知れぬ者に触らせるおつもりですか?」
「……王女が侍女の任を命じた者を、素性の知れぬ者、か?」
聞いたことのない低い声、見たことのない冷たい瞳。こんなシュウを、美羽は知らない。それでも、衛兵も一歩も引かない。掴まれた腕がしびれてきて、背中は冷水をかけられたよう。
目の前が滲むのを必死に堪えていると、シュウがあきらめたように軽く息を吐く。
「美羽、王女は仕事が終わればここに来る。それまで座っていろ」
「はい」
座ったものの、衛兵の冷たい視線に身体が凍りつく。掴まれた腕には、指の跡がしっかりと残っていた。
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