第10話 歓迎


 美羽が目を覚ましたのは真っ暗な世界。全身筋肉痛で、少し動くだけでも体中が痛い。嫌がる身体を無理やり起こして部屋の中を見渡すと、すぐそばの床で、丸くなって眠る灰色の背中。


「シュウ?」


 声をかけると、すぐに目をさまし、頭をあげてくれた。


「起きたか?身体、痛むか?」


「平気。私、寝たんだね。ごめん」


「兄貴に、笑われていたぞ」


 溜息を漏らすが、その声に憎々しさはまざっていない。笑われるぐらい構わないが、王女はどう思っただろう。王女の弟2人に連れられ、図々しくも城までやってきた。これから世話になると言うのに、こんな時だというのに、寝ながら訪問なんて。自分でも、失礼極まりのない行為だと思う。

 何より、早速シュウの邪魔になってしまった。

 ごめん、と頭を抱える美羽の背中を灰色の尾が叩く。


「王女も笑っていた。大丈夫だ。もう少し寝ろ。俺も、まだ眠い」


 そう言って、灰色の背中が丸くなった。美羽もおとなしく、痛む身体を横にする。


 次に美羽が目を覚ました時には、窓から柔らかい光が差し込んでいて、側にあったはずの灰色の背中は消えていた。


「シュ、ウ?」


 名を呼んでも、返事も気配もない。痛む身体をなだめて起き上がってみるが、シュウがどこに行ったかわかりそうなものはない。


 シュウの家にあったのと同じようなタンス、ベッド。板張りの広い部屋だが、普段は使っていないのだろう、あちこち埃が積もっている。


大きな窓と、綺麗な白い壁が、寒々しさを強めていた。


「どうしよう……」


 部屋から出ようかとも考えたが、寝ながら城に上がったうえに、挨拶もなしに動き回られたらどんなに温和な王女でも怒るだろう。心細いが、戻ってきてくれるのを待つしかなさそうだ。




 どれくらい一人で待っていたのだろう。バサバサと、廊下から羽音が聞こえて、ドアの前で止まった。


「わしじゃ、入るぞ」


 言葉と同時にドアが開かれ、デールが顔をだした。少し離れたところ、というのは城の事だったのか。お久しぶりです、と頭を下げた美羽に好々爺然としたデールが笑う。


「わしは、久しぶりとは思わんぞ。会いには行けんかったが、シュウがよく話してくれとったよ。見知らぬ世界に来てしまったアンタには悪いが、あれが母親を亡くして寂しいときに、側に居てくれた。感謝しとるんじゃ」


 その声には、シュウへの暖かい気持ちがあふれていた。


「感謝、そんな、私こそ……」


 自分も、母を亡くした。世界中で独りぼっちになったんだと、真っ白になった頭でここに迷い込んだ。この世界でも、独りぼっちだった、何もできない自分を黙って受け入れてくれた灰色の瞳。


 美羽こそ、感謝しかない。そう伝えると、デールはさらに皺を深くする。


「いい兄妹じゃのぅ。さ、王女が呼んでおる、部屋から出られそうかの?」


「は、い」


 緊張で美羽の顔が少し陰るが、デールは気付かないふりをして、部屋から出る。部屋の外は、長い廊下。ランプの置いてある感覚が遠いせいか、少し薄暗い。


 薄暗さは、不安をあおる。


「アンタは、暗いところが怖いかぃ?」


「ええ、まぁ。じい様は梟ですもんね。暗いところを、怖いと思ったことは無いですか?」


「そうじゃのう。わしは怖くないが、怖いことを悪いとも思わんよ?」


「そう、ですか」


 納得できないような声を出した美羽に、今度は盛大に笑う。


「さ、ここじゃよ。王女の部屋じゃ。失礼のないように」


 失礼は、昨日しっかりしました。とは言えずに恐る恐る部屋の扉をたたく。


「やぁ、美羽ちゃん、おはよう」


 飛び込んできた明るい声はセンのもの。部屋の中央にいる王女らしき女性の前で、美羽に歓迎の意を示すように手招きをする。


「おはようございます。センさん。昨夜は、申し訳ありませんでした」


 しっかり九十度に腰をおった美羽に、センはクスクスと笑った。


「よく眠れてよかったよ。こちらが、この森の王女で、俺らの姉。ライア。ライア、このコが美羽ちゃん。隣の世界からの客人だ」


 ライア、と呼ばれた女性は、センとよく似ている。胸まである柔らかそうな長く茶色い髪。顔の色は白く、切れ長の瞳に見つめられると心の中まで見透かされているようだ。


「はじめまして。ご挨拶がおそくなり、申し訳ありませんでした」


 さらに低く頭を下げた美羽に、堪え切れないように王女が笑う。笑うと目の鋭さは消え、すこしだけ、シュウに似ている。


「あの子が寝ている女の子を背負ってくるなんて、考えたこともないわ。あの困った顔、おもしろかったぁ。気にしなくていいのよ。きっと二人が無茶をしたんでしょ?私の弟達は、女性に対して気遣いが足りないから」


センを見ながらクスクスと笑う。


「王女、客人の前で、そのような……」


 呆れたデールが声をかけるが、王女の笑いは収まりそうにない。


「だって、おもしろいんだもの」


 デールですら何も言えなくなり、王女の笑いがおさまるのを待つしかなかった。



「ごめんなさいね。改めて、ご挨拶を。ライアと申します。現在の王の長女にあたるわ。隣の世界からの客人、美羽さん。ようこそいらっしゃいました。今この城は混乱しているため、充分なもてなしができないけど、あなたに不便がないようにしたいと思います」


 先ほどとは打って変わって丁寧に言葉を紡ぐ王女。デールが小さな声で『返答を』と促す。


「あ、美羽です。ご迷惑おかけすることもあると思いますが、よろしくお願いします」


 敬語をしっかり勉強しておくんだったと後悔したが、それ以上の言葉はでてこない。そんな美羽を、王女は満足そうに見つめる。


「シュウは、あなたを妹だと言いました。それは、母を亡くした彼が日々を生きるうえでも、この城に上がることを決めるうえでも、大きな力になったでしょう。シュウの姉として、この城を統べる者として、改めて感謝させていただきます」


 深く頭を下げた王女に、美羽は言葉を返すこともできなかった。

 察してくれたセンが、もういいだろう、と王女を促してくれる。


「そうね、ではこれからの事を少し。私達も、あなたを妹だと、ゆっくりしてほしいと思っています。でも、今この城はとても混乱していて、あなたが一人でゆっくりするには、危険すぎる」


「は、い」


「だから、あなたには私の侍女をやってもらおうと思います。今他の侍女は暇をだしているから、あなた一人になっちゃって申し訳ないけれど、それが一番安全だと思うの」


「へ?」


 とんでもない申し出に、美羽の声が裏返る。さすがに、客人でいられるとは思っていない。なにか仕事をするのであろうとは思っていたが、まさか一人で王女の侍女になるなんて。


「一人で?無理です、無理。侍女って、何をするのかもわからないし」


 声を裏返しながら、必死に顔の前で手をふる。その姿に王女とセンは切れ長の目を丸くした。センが少し考えて提案した。


「じゃ、護衛隊に入るかい?」


「もっと無理です!」


「じゃ、どうする?今、護衛隊は王女を守ることで精一杯。悪いが君に衛兵をさくことはできない。王女と一緒にいてくれたら、君も守れる。君が護衛隊に入れば、それでも君を守れる。一人にして、怖い目にあうのは嫌だろう?」


「……」


 確かに、王女の侍女になるのは合理的、かもしれない。

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