第9話 妹なんでしょう?


「護衛隊って、何をするの?」


 気まずそうに黙りこむシュウに、しびれを切らした美羽が口を開いた。


「剣となり盾となり、王女を守る」


「……」


「アンタの世界では、考えられないことなのかもしれない。でも、ここではそうやって主を守るんだ。俺は、従者として主を守る。城に、上がる」


 灰色の瞳が、真直ぐに美羽を見つめる。主、とは王女の事だろう。口先だけの妹よりも、実の姉である王女を大切に思い、守るべき相手として選ぶのは、当然だ。そこに、自分が割り込むことが出来ないのは、美羽だって承知している。


 冷めた紅茶を一気に飲み干した。選ばれなかったことが不満なのではない。なぜ、自分には教えてくれなかったのか、センが来なければ、黙って突然いなくなるつもりだったのか。考えると、目の前が滲んで、歪んできたが、それをうまく言葉にすることができない。


「アクセサリーの材料、仕入れに行っているだろ?あれ、城に行っていたんだ。護衛隊として城に上がるつもりじゃなかったけど、俺のできる範囲で、協力はしていた。でも、それじゃ兄貴の負担が大きくて。今のままじゃ、王女が即位する前に兄貴が倒れちまう。仕方ねぇよなぁ」


 ごめんな、とそらされる灰色の瞳。視線の先、窓の外には、うっすらと霧がかかっている。


「美羽。霧が、出てきた」


 自分の世界に還れ、と言うことだろう。この世界にいる間は妹だ、と言ってくれた。だがそれは、還ってしまえば違うと言うこと。

 美羽は、シュウにしてもらうばかりで、何もしてあげられてない。

 護衛隊として城に行くのであれば、美羽は邪魔でしかないのかもしれない。


 還れば、狼に襲われることはもちろん、遠い道のりを歩いて、市場まで仕事に行くこともなくなる。友達もたくさんいる。この世界にいるよりも、簡単に火が使え、お湯もでる。電車に乗って高校に通い、友達とおしゃべりをして、寄り道をして、バイトもして。元通りの、平和な日常に、還れる。


 月の光をまとった霧が、とても優しく見える。霧の中に入れば、すべて元に戻るのかもしれない。

 この世界は夢で、目を覚ませばお母さんがいて、いつもと同じ日常が始まる。



 そこまで考えて、美羽は頭を振った。違う。

 もし、霧の向こうが元の世界に戻る道だったとしても、平和な日常には還れない。

 元の世界に、シュウはいない。妹だと言ってくれた、面倒見のいい灰色の瞳。母を亡くした二人だからこそ、家族として、支えあっていた。便利でなくても、安全でもなくても、シュウのいない世界には還りたいとは思えない。


「センさんは、一緒に行ってもいいって、言ってくれた」


「……来る、か?怖くないか?城に行けば、必ず巻き込まれる。全ての事から、アンタを守りきる自信は、無い」


「一緒に、行く。何もできないけど、わからないけど、覚えるから、がんばるから。お願い、一人に、しないで」


 顔をあげて震える声を絞り出すと、シュウの指が、美羽の頬にふれる。


「還れなんて、言わないで。シュウと、一緒に行きたい」


 覚悟を決めた美羽の目の前が、滲んで、歪む。シュウの嬉しそうな顔は、美羽は見ることが出来なかった。






「荷物は、これだけ?」


 若干呆れたように呟くセン。城は暑いから、と春夏用の衣も入れたが、それでも美羽が片手で持てるほどしかない。


「困ったお兄ちゃんだねぇ」


 ちらり、とシュウを睨むがシュウは涼しい顔をしている。


「城に行けば、なんかあるだろ?王女のお下がりとか、分けてやってくれよ」


 城があるのは、市場のある町のさらに先。昨日の道を通ると聞いた時、美羽は一瞬息がとまった。なんとか不安を隠して二人の後を必死でついて行く。昨日、狼に襲われた場所には血痕が生々しく残っていたが、狼の姿はどこにも無い。恐る恐る周りを見回す美羽に、センが笑った。


「気を失っていただけだから、自力で逃げたんじゃないかな。どんな奴でも、この国の民だからねぇ。むやみに殺したりは、しないつもりだよ」


 笑った姿は、少しだけ、シュウに似ていた。


「まだ、ですか?」


 息を切らした美羽が、何度目かの同じ質問をする。二人とも歩調も合わせてくれるし、休憩も取ってくれるが、なにせ歩く距離が長すぎる。秋は日の入りも早い。すでに空は紅くなっているのに、城はまだ遠い。


「限界、かな?シュウ、荷物持つよ」


 センが笑って荷物を受け取り、昨日と同じように美羽をシュウの背中に乗せた。


「シュウ、怪我しているのに。自分で歩きます」


「怪我をしているからこそ、あんまりゆっくり長く歩くと響くと思うよ。俺がおぶってもいいんだけど、何かあった時に動ける者がいないと、困るでしょ?」


 センの言葉は優しいが、取り付くしまを与えてくれない。おとなしくシュウに背負われていれば、明らかに美羽が歩くよりも早かった。暖かい背中、一定のリズム。ダメと思うのに、だんだん眠くなってきた。


「おい、そろそろ着くぞ。起きろ」


「嘘……。寝てるの?」


ため息交じりに頷くシュウに、笑い転げるセン。

二人はそのままの姿で城に入ることになった。

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