第5話 お買い物
「これ、綺麗ねぇ」
「そのブレスレットなら細いから、重ねづけすると可愛いですよ。同じデザインで、色違いのとか。ほら、こんな風に」
「へぇ、センスいいのねぇ。ねぇ、私に似合いそうなの、選んでみて」
「そうですねぇ」
フリーマーケットで鍛えた美羽の接客で、アクセサリーは飛ぶように売れていく。感心したようにそれを眺めるシュウ。
若い女性が、恋人と一緒につけられるものがほしいとアクセサリーの前にしゃがみこむ。渋々、といった印象の男性。シュウは、付き添いの男性に笑って話しかける。何を話しているのかはわからないが、アクセサリーの話しではなさそうだ。
数人でやってきた女性の時も、シュウはアクセサリーに興味のなさそうな人に話しかける。隣の会話に耳を傾けるのに必死で、迷っている女性に聞かれたことに答えられなかった。
「素敵な恋人が、心配?」
「え?いや、恋人なんかじゃないです。兄です、兄!たまには家の仕事手伝えって言われて」
顔の前でブンブンと手を振る美羽に、そうなんだぁ、と息をつく女性。
「彼、人気あるのよ。彼が来ると市場に人が増えちゃうぐらい。今日は女の子連れてきたって聞いたから、飛んできちゃった」
ちらり、と視線を投げた先には少し顔を赤くした女性と、にこやかに話をするシュウ。整った顔立ちなのに、表情はくるくると変わる。親しみやすい大きな目に、柔らかい話し方。人気があるのは、わかる気がする。
「彼がお兄さんじゃぁ、あなた恋人できないでしょう」
いたずらっぽく、女性が笑う。
「恋人、ですか?うぅん、シュウが兄じゃなくても、中々……」
元の世界でも、美羽はそう言った話題には縁が無かった。周りが騒いでいる「カッコいい男子」というのも、正直言ってよくわからない。目の前の彼女が、シュウが女連れだから見に来た、なんて言うのも意味がわからない。自分の彼氏でもないのに、他の女の子を連れているのがどうして気に食わないと言うのか。
こんな調子では、きっと恋をするのはずっとずっと先だろうと漠然と思っている。
そんなことを考えて言葉を探していれば、恋に悩んでいる少女に見えたようで女性は美羽の頭をなでながら、耳の側で呟いた。
「街の入り口にある川をずっと下っていくと、魔女がいるの。魔女に気にいられないと会えないんだけど、会えればなんでも教えてくれるって噂よ。行ってみたら?貴女の未来の恋人を教えてくれるかも?」
「魔女、ですか?」
この世界なら、いるかもしれない。魔法を使うんだろうか、箒で空を飛ぶんだろうか、何の動物に変わるんだろうか、と考えていれば目の前の女性がクスクスと笑う。
太陽が紅くなる頃、アクセサリーはほとんど残っていなかった。
「今日はもう終わりだ。服買う前に、何か食べるか」
店じまいをして、さっき若い女性が並んでいた店を覗いてみた。店先に並んでいるのは、スコーン。もう数は少ないが、果物を練りこんだものがまだいくつか残っていた。
「おばちゃん、2個ちょうだい」
「ありがとね。シュウちゃん、そのコ妹だって?ウチにくるお客さんが噂してたよ。お嬢ちゃん、好きなの選んで取ってね」
快活そうな女性がカラカラと笑う。シュウは言われた通り、店先のスコーンを手づかみでとった。呆気にとられる美羽に、早く選べと言いながら食べ始める。この世界では、こういうものなのか。一番奥にある何も入っていないスコーンをとって、口に入れる。
「美味しい」
蜂蜜が練りこまれていて、甘くなっている。甘いものは久しぶりだ。夢中で食べる姿に、シュウが満足そうに笑う。
その後は、服を買うため市場の中を探索する。キョロキョロとしながら歩く美羽は、人にぶつかったり、シュウを見失ったりしながら進んでいく。
「珍しいか?」
何度もはぐれる美羽を、呆れたように眺める。
「ごめん、何を売っているんだろうと思うと、つい」
「いや、それでいい」
「これと、これ、そっちの色も合わせてみようか」
市場のはずれの少し大きな服屋で、さっきスコーンを売っていた女性が手当たり次第に服を掴んでいく。市場をウロウロとしてはみたが、この世界の何がいいのかわからない美羽と、女性の服なんて選んだことのないシュウでは何も選べず、「スコーンを全部買うから助けてほしい」とシュウが頼み込んだのだ。
「シュウちゃん、今日どのくらい買うのさ?」
「夏まで暮らせるぐらい。今までの服小さくなっちゃって。俺のお下がりばっかり着せてるからさ」
「それじゃ、夏物も選ばないとねぇ」
女性はニコニコと笑いながら立襟の無い、前合わせの服も手に取り始めた。シュウは、外で待ってると言って店の外の木陰に座り込んでしまった。
「うん、これなら上衣は来年も着れる。内衣は、来年大きくなったら、また買ってもらいな」
選んだ上衣は桜色が2枚に若草色が1枚、空色が1枚。内衣はすべて黒。下着まで選んでくれた。風呂敷のようなものに服が包まれて、ようやくシュウが会計の為に店に呼ばれた。シュウは顔色一つ変えずに黙って支払をしてくれたが、その金額が高いのか安いのかも美羽にはわからない。
「おばちゃんありがと、助かったよ」
「ありがとうございました」
買い物が終わり、三人で市場を後にする。
「助かったのはこっちのほうさ。スコーンなんて、夜になったら誰も食べないんだから。買ってもらって、ありがとうね。明日の朝食にでもしてくれたらスコーンも喜ぶよ。美羽ちゃん、だっけ?次からは、アンタも来るんだろ?それ着てくるの、楽しみにしているからね」
「はい。ありがとうございました」
にっこりとほほ笑みかける女性に、美羽も微笑み返す。じゃぁね、と笑ってキツネの姿に変わった女性は闇の中に消えてく。美羽とシュウも家への道を歩き始めた。
三日月より太く、半月よりも少し細い月。月は明るいが、街灯があることに慣れている美羽は、うまく歩けない。何度も転び、ぶつかり、歩みが遅いため、先に行くシュウを何度も何度も、呼びもどす。
「次からは、朝早く出ような」
ため息交じりに呟いたシュウに、「ごめん」と小さな声で謝れば「予想はしてた」と笑ってくれた。行きの何倍も時間をかけて、やっと家に着いた時には月は沈みかけていた。
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