第2話 知らない場所に、頼れるものは?
美羽が目を覚ましたのは、知らない部屋。フローリング、とは言えないような板の間で、寝かされているベットからは、知らない匂いがする。
窓の外から光が差し込んでいるから、朝なのだろう。昨夜の記憶を必死でたどる。
「目が覚めたか?アンタ、倒れたんだよ。覚えてるか?」
ドアの外から、霧の中で聞いた声がした。反射的に飛び起きて身構えるが、扉をあけて入ってきたのは、少し日に焼けた男性。灰色のくせのある髪、髪と同色の瞳は丸く人懐っこい雰囲気が漂う。 美羽よりも少し年上だろうか、どことなく昨夜の犬を思わせるがまぎれもなく人間だ。
昨日は頭が疲れていた上に霧でぼんやりしていたから、夢でもみたのだろうか。
身体の力がぬけていくのがわかった。
「私、倒れたんですか?」
「そう。じい様が話しかけたとたんに、倒れた。アンタ、家はどこ?」
「すみません。ご迷惑かけてしまって。あ、学校に連絡しないと。電話、貸してもらえませんか?携帯、圏外で」
「電話……」
男性が不思議そうな顔をする。この家には、固定電話がないのだろか。それなら、携帯がつながるのでは?と自分の携帯をだすが、やはり圏外。
「近くに、駅とかバス停とかありますか?私、帰らないと」
帰っても、誰もいないけど、と思うと少し目の前が滲んだ。
そんな美羽を見て、男性は心底気の毒そうな瞳を向けた。
「今、じい様を呼んでくるから。じい様から聞いてくれ」
「……は、い」
呆然とする美羽を残して、部屋から出て行ってしまった。
一体自分はどこに来てしまったのか。そもそも、病院からバス一本でそこまで遠くに行けるのか。頭の中には、まだ霧がかかっているようだった。
「入るぞ」
さっきの男性が、白髪頭の男性と一緒に部屋に入ってきた。はじめまして、と頭を下げた美羽に、うんうん、と頷いて笑ってくれる。
「アンタは、どうやってここに来たって?」
「はい。バスを間違えてしまったみたいで……」
「バスを、のぅ」
男性は、しばらく考え込んでいたが、ゆっくりと息を吐くと憐れむような瞳で美羽を見つめる。
「アンタは、何に姿を変えられる?」
「は?」
答えない美羽に、「やっぱりのぅ」と言った男性の輪郭が歪み、小さく小さくなっていく。
「梟……」
美羽は再び意識を手放した。
「じい様、この子は?」
「迷子じゃろうて。じゃが、どうしたものかのぅ」
次に目を覚ました時は、夢ではないのかと何度も自分の身体を強くつねったが、覚める気配はない。これは、現実だ。それを認めてしまえば、後は意識を保って話をきけた。
男性は、昨夜の犬、もとい狼。白髪頭の男性は、梟。
二人は、自らの意志で身体を変える。ここは、美羽のいた世界とは全く異なる世界だ。二人は美羽の事を『隣の世界の住人』と呼んだ。
「大昔、アンタの居た世界と、この世界はつながっていた」
「え?」
「まぁ、伝説だから、本当の所はわからんがな。昔は一つで、一緒に暮らしていたんじゃが、仲が悪くなって世界を切り離したといわれておる。じゃが、もともとは一つの世界、こうして時々まざるんじゃ。アンタみたいに迷い込んだり、こっちの世界から迷って行ったり」
「え?は?」
あまりにも簡潔にまとめられて、美羽の頭はまったく追いつけない。
呆気にとられる美羽に、灰色の髪の男性が笑った。
「アンタの世界に、俺達みたいのいないのか?聞いたことないか?」
「……お話の中では、確かにいますけど。でも、もっと、怖いです」
狼男、蝙蝠に変わる吸血鬼、黒猫に変わる魔女。キツネやタヌキが人に化けるっていうのもそうなのかもしれない。美羽は思いつく限りのものを並べたが、それは今目の前にいる者とは、全く違う。もっと怖い、妖怪、魔物。そう言うと、そうかそうか、と嬉しそうに笑う。
「怖いと思われるのは、悪くねぇなぁ。アンタも、俺が怖い?」
「怖くは、ないです。でも、私は、帰れないんですか?」
「ちょっと混ざっただけだから、そのうち帰れるさ。しばらくここにいて、俺の仕事を手伝ってくれたらいい。こっちにいる間は、面倒見てやるよ。俺はシュウ。こっちはじい様だ」
灰色の髪の男性が、人懐っこそうに笑う。
「デールじゃ、よろしくのぅ。過去にも迷い込んだ者はおる。記録が残っていないか調べてみよう。わしは少し離れたところに住んでいるが、何かわかれば知らせにこよう」
じい様、と呼ばれた好々爺の大きく厚い手が美羽の頭にそっとふれた。
「美羽、です。よろしくお願いします」
早く還りたい、還らなければ、と思う。
でも、還っても、もう誰も居ない。それなら、ここで。
「お世話に、なります」
現実を受け入れる、覚悟ができるその日まで……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます