小愛的故事(小さな恋の物語) あおいJS6~JC3
あおきあかね (江戸蘭世)
初等部卒業と中等部入学の揺れる12歳
あおい12歳 悪魔な小学生
女の子の楽しみにする桃の節句、三月のひな祭りの前日の朝、とあるアパートの一室から、とある若い男の悲しげな絶叫が、近くのビルに反射してこだまする。
「死、死ぬなーあおい!」
「頼むから、お願いだから眼を開けてくれ」
「俺が全部悪かった。謝るから何でもするから」
「だから頼むよ。お願いだー!。眼を開けてくれぇぇぇ!」
この平和そうな街の、まだ人々の日常の朝の生活の気配すら、あまり感じられない時間帯。このアパートの一室に住むこの男の身に、いったいどんな悲劇が起きたのか・・・いや、そもそも此れは悲劇なのか?。時の針を一時間ほど巻き戻してみよう。
窓から入ってくるバイクの排気音からして
『原付クラスだろう。多分に新聞配達の若い配達員だろうな』
そう思いながら目覚めた塾講師の真鍋は、ベッドの脇のカーテンのそのカーテンレールに引っ掛けたハンガーから、スポーツマンの真鍋らしい薄手のジャンパーを引っ張り外すと、パジャマの上に羽織ると明かりをつけ、カレンダーを確認する真鍋。
今日は肺炎を名目に仕事を休んで三日目。正確には風邪で休んで六日プラス実は肺炎でした!を名目に休んで三日の、つまり十日目だ。
「うん、昨日決めたんだ!
頭も剃って気分転換してるしな
今日こそ塾行くぞお!仕事復帰するぜ!
そもそもアイツは気まぐれ気分屋だ。忘れてるさ。
昨日来た姉貴の話じゃ、アイツは気にしてないんだ。
アイツも気にしない。俺も気にしない。皆で気にしない!」
そしてトイレに行き、脱衣洗面室でうがいをし、超近眼の真鍋はダイニングに戻り、テレビの上のメガネを一度は手に取る。しかし真鍋は小棚の、普段はつけないコンタクトレンズにも手を伸ばし迷う。でも寝起きすぐで面倒なのだろうか、優柔不断な真鍋にしては
「まあ、いいか」
と珍しくも早い?決断で、メガネもコンタクトもしないまま、ダイニングの椅子に置いていた鞄をまさぐる。
ケースの皮に虎の絵が刺青ぽく彫られている、高そうなジッポーのライターと煙草、さらに小銭入れを無造作にポケットに捩じ込むと、帽子を被りドアを開ける。毎朝のルーティンの朝の缶コーヒーを買うのだ。
キンキンに冷えた外気の中、アパートと言ってもデザイナーズマンションと呼べる位に家賃が高そうな、その共用廊下を階段へと歩く真鍋。
すると階段を上がって来る、早朝ゆえの気遣いか控えめで小さめな、それでも元気そうな軽やかな足音の、マイクロミニなスカートとすれ違う。
その小学生くらいの少女も、朝の冷えきった空気で寒いのかも知れない。マフラーをマスク代わりにか、口元まで巻いている。
そのせいでメガネが曇らないようにだろう。目深に被ったタイガースの野球帽のバイザーの上に、子どもらしいピンクのフレームのそれが、ちょこんと可愛らしく鎮座している。
その少女は恥ずかしがり屋さんかも知れない。真鍋の人影に気付くと軽やかな足音・・・階段を駆けるのをやめ俯き加減で歩いてくる。でも可愛らしく会釈する少女。育ちも躾も良さそうだ。
寝起きで眼鏡を掛けていない真鍋。すれ違わんとする少女の、顔かたちもぼんやりとしか見えない距離だが、このアパートにはこの年頃の少女は住んでいない。たぶん初対面だ。
「おはよう。寒いね」
そう自分に優しく挨拶してくれる真鍋に対し、やはり恥ずかしいのか、両手で頬を隠すかの仕草をする少女。
それでも再度、無口だが、再びちょこんと可愛いらしく会釈してくれた。そして俯き加減ながらも、少女の軽やかな足音、階段駆け上りが始まる。
『単身赴任のパパか地元離れた学生のお兄ちゃんに会いに来たのかな』
既にアパート住人の殆どと仲良くなっている真鍋はそう思いながら、それでも「外は冷えるなー寒い寒い」とか呟きつつ階段を下る。共用の玄関ホールを出て、アパート敷地内にある自販機に小銭を流し込む。
冷えるのが嫌なら、自分の部屋で目覚めのコーヒーと目覚めの煙草をすればいいのに、部屋に空き缶を溜めたくないのだ。それに真鍋には他の朝の日課もあって・・・
温かい缶コーヒーを開け口にしながら、ポケットの煙草とジッポーをまさぐり煙草を燻らせる。そうして、コーヒーと煙草を交互に口にしながら、膝の屈伸したり肩をぐるぐる回したりする。
実は、この真鍋は塾の先生の以外にも
ダンっ!ダンっ!ダンっ!と小柄軽量な体にしては重い、でも早朝ゆえに加減され控えめな、八極拳の
この「震脚」は八極拳独特の・・・
攻撃命中場所に破壊力を一点集中で一気に浴びせかけるため、地面を激しく踏み体重落下させ力を生むと同時に、地面からの反作用も合わせ攻撃力に変換し、突き等の破壊力に変える・・・
真鍋の属する系統の八極拳の、基本の攻撃の型の金剛八式・基本の受け流し防御の型の漂香六式・初級技法の小八極に、中級技法の大八極・上級技法の六大開、そして秘伝技法の八大絶招と六肘頭・・・。サッと軽くやり、さあ次は空手の軽い練習をと、真鍋が思っていると
「真鍋くん、おはよう」
「今日も日課は欠かさないのね。偉いわ。
てか便利なのぉ!。だから練習やめないで」
「受験シーズンは塾の先生も大変ね」
「そうだよね、週末なのに出勤は辛いね」
「うちの息子ね、道場入れたいの。よろしくね」
「いつもの週末のお嬢様、今晩も来るのかな?
ちゃんとお兄ちゃんしてデートしてあげなきゃ」
真鍋の八極拳の練習の震脚。その足音を目覚まし代わりにしている、同じアパートの主婦や女子大生が朝のジョギングに、または新聞取りに、あるいは向かいのコンビニへの買い出しに出て来て、短時間だが世間話になる。
その中のとなりのトトロではなく、武術つながりで親しいふくよかな新婚主婦の、その話のペースに巻き込まれて、どちらかと言えば無口な真鍋が珍しく長話していると、アパートのバルコニーのサッシが開く
「おーい真沙美、俺のシェーバーのコード何処に片付けた?」
声の主は、真鍋と長話の真沙美の新婚の旦那様である。
「あっ!帰らなきゃ。真鍋くんまた後でね」
「ええ、また晩にスポーツセンターで」
せっかく朝の練習していたのにモテ男の真鍋は、同じアパート住人の女性たちと世間話してるうちに、朝の缶コーヒーは既に二缶目の煙草三本目だ。
「武術して鍛えていてもなあ
体動かさねえと、寒いものは寒いんだよな
話に付き合って缶コーヒー2杯も飲んじまった」
そう呟きながら、その口に咥えた煙草を携帯灰皿に消して、空き缶はゴミ箱に捨て、階段を上がり自室のドアを開けると・・・そこには、フローリングの床に寝そべる少女。
『ん?。俺、部屋を間違えた?』
そう思い、ドアを一度閉め、表札と部屋番号を確認する真鍋。ここは確かに自分のアパートの自室。部屋番号はちゃんと自室の301号室だし「真鍋」の表札もちゃんとある。
ならば、床に寝ている少女は誰なんだ?。気持ち悪くなってきた真鍋だが、今日こそは出勤し職場復帰すると決めている。ドアを開けないわけにはいかない。身支度しなければ・・・。
再びドアを開ける。やっぱりいる。
もう一度ドアを閉め『俺は寝ぼけてるのか?』と眼を擦ったり頬を叩いてみる。目は覚めているのは確かだ。三度目にまたドアを開ける。やっぱり少女はいる。『心霊現象?』
部屋の灯りをつけ、怖々と脇を通りダイニングに行き、置いていた眼鏡をかける。やっぱりいる。『誰だ?』近づいてみる。すると・・・
真鍋が、それはフローリングの床に寝ていると思っていた、その少女は死んでいるようだ。
ふつうなら、ここで
「うわあ!。し、死、死体だあー!」
と恐怖の絶叫が出るか、腰を抜かすか、慌てふためき部屋を飛び出し逃げるはずである。だが真鍋は武術家でもあった。意外や冷静である。それは真鍋が武術家だから死体を見慣れているみたいな、そんな理由ではない。
ここは日本。軍や警察の力の届かない地域が存在したりな、後進国ではないのだ。当然に日本に暮らす日本人の真鍋も、平和馴れした武術家だ。内心は慌てており怖いのだ。しかも身に全く覚えのない死体ゆえに、怖く慌てるのは当たり前である。
怖々とだが、でも、冷静にならねば!と内心で自身に言い聞かせ、真鍋は状況を観察する。
その死体らしき少女の服・・・胸には大きな血痕があり血溜まりが床にあるのだが、ナイフとかの刃物や銃器も鈍器も見当たらない。出血量から既に手遅れだろう。
首にはロープが絡まり、その少女のスカートは捲れた状態でパンツは履いてない。離れた場所に転がる、少女のものらしいパンツとメガネに帽子そしてリュックサック。
少女の顔はマフラーをかけられている。少女の帽子や服とリュックサックから、さっき缶コーヒーを買いに出たとき、階段ですれ違った少女だろう。
それでも、まだ助かるかも知れない。応急処置しようと少女の顔にかけられたマフラーを除けると・・・これには、さすがの真鍋も動転した。
その少女は、真鍋の婚約者の赤井緑の九つ下の妹で、毎週末ここに押し掛けて来ては、真鍋を勝手に自分の脳内彼氏にしている赤井あおいだった。
何でこんな事に・・・確かにバレンタインで俺はあおいのバレンタインチョコを無駄にしてしまった。
だからと二週間も過ぎて、県外のここに来てまで、それも年頃の女の子がわざわざパンツ脱いで自殺するか?。
やっぱり自分で料理でもしようとして転んで、誤って自分を刺した?。なら脱げているパンツと首に絡まる紐はなんだ?。
変質者か?。でも、このアパートに不審者は出入りしてないぞ!。そんな気配は全くなかったぞ・・・とりあえず警察に
そんなとき気のせいかも知れないが、あおいの手の指が微かに動いた気がした真鍋。
『そうだ!今朝はこれ以上なく冷えている。この出血量でも脳や重要臓器は冷気に守られてるかも知れない。ならば助かる可能性がある!』
抱きかかえ何度も大声で呼び掛けて見る。だが反応はない。口許に耳を近づけ呼吸音を確認する。音どころか空気の流れすら感じない。
「人工呼吸と心マッサージだ!」
そう叫んだ真鍋。あおいの脈を確認するため手首に手を伸ばそうとしたら、さっきまで力なくダラーンと床へと垂れ下がってた手首がない。
『なんで? はっ!!まさかコイツ俺を』
そう思い、それでも疑うまえに念のためと、呼吸の確認に胸元を見ると、あおいが祈るかのように胸元に手を組んでいる。そして重なる二人の視線。
なんと、あおいはキスして欲しそうに唇を突き出し、真鍋の顔を見つめていたのに、目が合うと慌てて目を閉じたではないか!。
「あおい~この俺をおちょくるな!💢💢」
抱きかかえるのをやめて、立ち上がる真鍋。抱かれていた腕の支えがなくなり、床に頭を強打するあおい。
「いっ!、痛ーい!。
何もいきなり落とすことないでしょっ!」
「それに倒れてる女の子の顔をさ
ふつう足でツンツンするか?」
「襲ってくれるかな~きゃっ恥ずかしい!
なんて、わざわざパンツ脱いで待っててあげてさ
わたし期待してたのに
お兄ちゃんの意気地無しの臆病者!」
ポンポンと、まるでおもちゃのマシンガンの弾のように、元気のいい連射で飛び出す、あおいの罵詈雑言・・・。それを浴びても、あおいが生きていてくれて良かったと、怒りながらも内心で安心している、この二週間以上ずっと悩んでいた真鍋。
意を決していた真鍋は素直にあおいに
「なあ、あおい。
バレンタインの事だけど、本当にごめんなさい。
あんな事は冗談でも口にしてはダメでした」
そう素直に謝ろうと、あおいの方を向いて見れば一難去ってまた一難だ。あおいは着ていたの全部を脱ぎ捨て全裸状態で、さっきの死体ドッキリいたずらの血糊代わりのケチャップに汚れた床を拭き拭きしている。
「おまえに恥じらいは無いのかっ?!」
「何を今さら・・・いつもお風呂一緒だったのに」
「それはお前が低学年だったからだ。
お前もう六年生だぞ。恥ずかしがれよな」
「なんで?。わたしお兄ちゃんなら平気だよ
お兄ちゃんロリコンじゃないんだから
真面目に子ども好きで先生してるんだから・・・
・・・あっ!そうだ洗濯機借りるね。
血糊代わりのケチャップで服がベタベタだもん
それから、そうだ!冷えたからお風呂も貸してね」
そう言うと、さっきの死体ドッキリで汚れた服や下着そして雑巾を両手に抱えて、バスルームに行くあおい。機嫌は直ったようで、楽しそうに鼻唄まで口ずさんでいる。
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