『わたしたちのやったことをみとめてくれるあたたかさだぜ』
「遊びに来ましたぞ」
「知ってた」
今日は珍しく、玄関の方からちゃんと現れた。玄関を通ってきたわけではないのがポイントだ。いつ出てきても鍵とか、マンションの防犯とか一切無視している。まだまだ世の中のセキュリティが甘いらしい、宇宙人の侵入くらい防げるようにならないと。
クリスマスなので当たり前のようにやってきたヤシロである。
「今掃除中だからその辺で大人しくしているように」
「暇そーにしているのはけっこー得意ですぞ」
「そー?」
白い着ぐるみのヤシロがのったのったと廊下に上がってくる。うーむ、わからん。
「その着ぐるみなにモデル?」
「ジュゴンですが」
「へー」
なかなかメーニアックなチョイス。
「この前、みなさんと水族館で見ました」
「ふぅん」
もう家族の行楽についていくようになっていたのか。うちの両親らしいけど。
「昨日はなに食べたの?」
「カレーがおいしかったですな」
年々我が家のクリスマスも謎が深まっていく。まぁ一番の謎はこれなので、他はいいか。
「あ、また来た……」
「お邪魔しますぞ」
掃除機をかけている安達が、わたしの後ろにくっついてきたジュゴンに目を細める。
「こんにちはー」
「こんにちは……?」
安達がおずおず、距離感を測りかねるように挨拶を返す。
はっはっは、とヤシロはなぜか楽しそうに笑っている。
「今日のわたくし、ただのお邪魔ではないのです」
「普段はただのお邪魔なのか……」
別にそんなことは思ってないけど、そもそもヤシロがお邪魔の意味を理解していない気もする。
「遊びに行くのなら持って行けとしまむらさんのママさんに頼まれました」
「へー、ママンから?」
どうせ正月に帰るので、そのとき渡せばいいのに。
「ちょっとお待ちを」
てってってーとジュゴンが寝室の方に走っていく。なぜ? 物陰に消えて少し経つと、手ぶらだったはずのジュゴンがぬいぐるみを二つ抱えて戻ってきた。元からうちに置いてあるあざらしくんとかではない。
「しまむらさんにはこちらですな」
「はぁ」
ぬいぐるみ……これは……セイウチかな? かわいい牙生えてるし。
「水族館にいたセイウチくんです」
「お土産ってこと?」
「ふふふ、わたしの方が背は高いですぞ」
「そんな話はしていない」
セイウチぬいぐるみは口が開く仕様で、手を入れるとがぷっと噛まれてしまう。
噛まれたまま、その背中を撫でて、手触りを確かめて。
「うん、いいね」
きっと直接渡すのは照れくさいから、ヤシロに頼んだのだろう。そういう母親だ。
なんでも素直なようで、真面目なところは恥ずかしがる。
……似ているなぁって思う。
「褒美に後でケーキをご馳走してあげよう」
「わー」
関係なく最初から買ってあったんだけど、恩着せがましく行こう。
「安達さんもどうぞ」
「え、は、どうも」
もう一つのぬいぐるみは、安達に差し出される。掃除機を一旦止めて、安達が首を傾げながらぬいぐるみを受け取った。水族館とはまた居場所の違うぬいぐるみのようだった。
「そちらは安達さんのママさんからのですぞ」
「え」
思いもかけない送り主に、安達が固まる。
まじまじと、ぬいぐるみと見つめ合う。
「あ……」
ちゃんと鼻のあるぞうのぬいぐるみが、つぶらな瞳で安達を見つめていた。
「ぞう……動物園の……」
「ふふふ……わたしの方が背は高いです」
勝ちたがりなジュゴンである。
「みなさんで動物園に行ったときのおみやげですぞ」
「あんた色々エンジョイしてるね……」
「ほほほ、たのしーです」
というか、一緒に動物園とか行くんだ安達母。多分うちの母が強引に連れて行ったんだろうけど。しかし意外というか……ぜんぜん、そんなこともないというか。
なんだろうね……わたしが貰ったわけじゃないのに、この気持ち。
悪くない。そう、ああ、ってなって。悪くなかった。
「よかったじゃん、安達」
「ん……」
安達の反応は薄い。ぬいぐるみを抱えたまま寝室に向かう。既に棚に飾られているあざらしくんとクマのキーホルダーの隣に、ぞうのぬいぐるみが加わる。棚はそれでいっぱいなので、セイウチくんはどこに置こうと少し悩む。そして気づいたけどまだ手を噛まれていた。
「ん……」
置いて、眺めて、安達がまた微かな吐息を漏らす。
「ん……」
「よかったね」
もう一度、繰り返す。安達ではなく、自分の喜びに浸るような声になってしまう。
でも、そういう気分だった。
わたしの顔を見て、それからぬいぐるみを見て。左の目の下を少しだけ震わせて。
「うんっ」
最後は、しっかりと呑み込んで大きく頷くのだった。
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