『電波女と青春男』 青春男と甘く愉快な仲間たち(1)【再掲載】

 ※このお話は『電波女と青春男』のアニメBD&DVD最終巻発売記念短編の再掲載です。

 ※『電波女と青春男』シリーズはこちら。

(https://dengekibunko.jp/product/denpa/201012000531.html)



「チョ コ ヲ ヨ コ セ」

 当然のように居間のこたつに潜りこんでいる宇宙服のちんまいのが、チョコレートを要求してきたのがその日の始まりだった。ちなみにその向かい側には布団を巻いたやつが座っている。

 なんて和めないんだ。

「コ レ ハ ウ チュ ー ジ ン カ ラ ノ ヨ ウ キュ ウ デ ア ル」

 相も変わらず喉に負担のかかりそうな喋り方で、星宮ヤシロが両手を突き出してきた。チョコ? あぁ、今日バレンタインだからか。いや勿論知っていたけど、なんで俺が渡すんだよ。

「今日はチョコをもらえる日と聞いた。さぁよこせ」

 ギブミーチョコレートと手を差し出してくる。誰に吹き込まれたのやら、内容がハロウィンと混ざっている。とりあえずはその要求を無視してこたつの空いている場所に入った。

 右に簀巻き、左に宇宙人モドキ。これで正面に女々さんがやってきたら完璧だな。なにがだ。

 その女々さんがずぼっとこたつの中から飛び出して俺の膝の上に「うをおうおう!」

 後ずさって壁に背中を打ちつけた。ビックリした! 純粋にビックリしたぞ!

 心臓の動悸が激しすぎて言葉が出ない。一方、女々さんはうつぶせに寝転んでままだ。

「女々たんは猫ちゃんだからこたつに潜るなーご」

 媚びた声でタワゴトをほざく。その直後、「あー肌がかさかさに」と頬を撫でて嘆いた。

 じゃあやるなよ。どれだけ前から待ち伏せしていたんだ。

「ふー!」

 毛を逆立てて威嚇してきた。どうやって逆立てているとか、そういうことを深く考えるのは止めておこう。この人にできないことって、大人しくすることと、年相応に振るまうことぐらいだろう。どっちかというと最近、娘よりこの人の方が人外じみていることに気づいた。

「マコきゅーん、おはよーう」

 どがじゃじゃじゃとワニみたいに床を走ってこちらにやってくる。挨拶と行動がまったく噛み合っていない。そのままのしかかるようにじゃれついてくる四十歳(今年で四十一になる)を引きずりながらこたつに入り直す。今度からは入る前に布団をめくって、中を確認しよう。

 この人と出会ってから十ヶ月以上経つが、その行動を予測しきることは未だにできない。

「娘みたいに少しは落ち着いてくださいよ」

 こっちは不動なのに。寝ているんじゃないかというぐらい動かないが、やっと反応した。

「もふ」

 いつも通りのスマキンである。しかし冬場になってこうも冷えてくると、ああしていると暖かそうではあるよなぁと、眺める度に思わなくもない。本人は暑くなってきたのか、顔だけ上から出した。中身は当然、従妹のエリオだ。髪の色は、光に透けた雪景色のようだ。

「イトコ、おそよう」

「ん? 別に寝坊してないだろ」

 まだ学校へ行く時間まで大分ある。むしろ早起きした方だ、緊張して。

 なにしろ2月14日だからな。平日でよかったのか、悪かったのか。

「わたしより起きるの遅かったらおそよう」

 勝ち誇ってきた。最近はなにかと競おうとしてくるようになって、得意げな顔が増えた。

「はいはい、えらいえらい」

 適当に賞賛してエリオの頭を撫でる。「ん、そーだろそーだろー」と、エリオちゃんもご満悦のようである。ここで反発せず、素直に受け取るのがこいつの美点かもしれない。

 素直すぎる気もして、ちょっと心配ではあるが。悪い人(女々さん)に騙されるぞ。

「ぎぶみー」

 一方、左側ではまだ言っていた。惜しいなぁ、お前の性別が反対だったら余裕だろうに。

「貴様でもいいぞ」

 ヤシロの催促の手がエリオに移る。エリオは布団に口もとを埋めながら、ぶんぶんと頭を横に振って拒否する。

「や、やだ」

「エリちゃんはお母さんにくれるのよ。しかも毎年!」

 女々さんが割りこんでくる。ついでに俺の横から、無理にこたつに入りこんでくる。狭い。

「今年もくれるかなー?」

「ん」

 こっちには即頷いた。

「わーい。エリたん、二年後ぐらいに結婚しようねー」

「ぎゅむ」

 抱きつく女々さんの胸にエリオが埋もれる。嫌に具体的な年数指定がなんか嫌だ。

「やはり貴様しかいないようだ」

 矛先が俺に戻ってきた。えぇい、保護者(あの浴衣の人?)はなにをしているんだ。しかもヤシロをよく見ると、唇にうっすらと茶色い部分がある。さてはあの浴衣のナントカさんから貰って、味を占めてここまでやって来たのか。なんてことをするんだ。

「イトコ」

「ん?」

 女々さんの肩越しにエリオが顔を向けてくる。無垢な二つの目が俺を捉えた。

「イトコもチョコいる?」

「……ぐっ」

 なんて答えづらい質問をするやつだ。ここで『欲しいです!』とがっついたらアレだし、『別に』とか強がるのもアレだ。しかも他に人がいるところで聞くあたりが天然に悪質である。

「あーん、エリオたーん、チョコほちいよー。女々たんからもちょーほしいしー」

 エリオを抱きしめたまま、身体を左右にくねらせて女々さんが言う。

「捏造しないでください!」

 ぐげぐげと女々さんが笑う。うわぁ、その笑い方似合うなぁ。

「それじゃあ、朝ご飯にしましょうか。よーし、ついてこいお前たちー」

 話を打ち切って、女々さんが台所へ向かう。しかもなぜか煽ってきた。

「わ、わー」

 ついてこいと言われて、エリオは素直に追いかける。気恥ずかしいのかノリは微妙だが。まぁ、あれだ。有耶無耶になってよかったような、気もする。難しいところだけど。

 俺は両手を上げて走るのが面倒なので、のそのそとこたつから出る。

 そして。

「わーい」

 なんでお前まで台所に走っていくんだ、ヤシロ。


「チョコチョコ」

「………………………………………」

「どこまで買いに行くのだ?」

「あーもう、分かった、分かった」

 まさか外に出ても追いかけてくるとは思わなかった。このまま通学路に出て人目に触れると、また妙な噂を立てられてしまう。仕方なく、近所の喫茶店でチョコケーキを一つ買って渡してやった。朝早くからやっているしケーキの準備もいいなぁと感心するが、それは今日だから特別なのかもしれない。

 受け取った途端、ヤシロはヘルメットを脱ぎ捨てて外の駐車場で食べ始める。

「これで満足かい、お嬢ちゃん」

「ア マ イ」

「……そりゃあよござんした」

 なんで俺はこんな日にチョコを買ってやらないといけないんだろう。あぁ寒い。しかし美味そうに食べるやつだな。あれだけ朝飯食べておいて、よくそこまで嬉々と口に運べるものだ。

 ケーキ本体を食べた後も、れろんと、銀紙にくっついたチョコまで舐めた。そうして舐め取ってから宇宙服のどこかにそれをしまってしまう。

「一個ではぜんぜん物足りん」

「あのなぁ……」

「だから次のチョコを求めて旅立つ。サ ラ バ ダ ー」

 最後はヘルメットをかぶり直して挨拶してきた。両手を前に突き出す変な走り方でぺったぺったとどこかへ走り去っていく。次って、誰にねだる気だろう。アテはなさそうだが。

「あれ、戻ってきた」

 ヤシロが引き返してくる。走り方もそのままだ。なんか怖い。

 俺の前へ戻ってきてから、腰に手を当ててふんぞり返る。それでも小さい。

「忘れていた、感謝してやろう」

 忘れるなとか、その言い方はどうなんだとか、言いたいことは色々あるが。

 こいつに礼を言われること自体稀なので、素直に受け取っておくことにした。

「そりゃあ、どうも。奢ったかいがありますよ」

 こいつに感謝されたのは食べ物絡みしかないけどな。夏のトマトとか。

「これからはもっと気さくに様付けで呼んでいいぞ」

「さっさと帰れ」

 追い払った。またあの走り方で、今度こそいなくなった。

「やれやれ」

 まさか今年はこっちからチョコを渡すことになるとは思わなかった。去年は男子校だったのでお察しだ。最後にチョコレートなんか貰ったのは中学二年……だったな。

 昔のことはさておき。

 こんな始まり方でいいのだろうか。……よし、まだ始まっていないことにしよう。

 そしてたった今、俺の十七歳のバレンタインが始まったのだ。

 さて、ここからワクワクしていくぞ。


「転校生、ちょっと顔を貸してくれるかい」

「おぉ?」

 学校の自転車置き場に着いた途端、前川さんに声をかけられた。自転車通学でも、こうして朝に顔を合わせることは意外に少ない。家と学校の距離差の問題だろう。

 で、その珍しい人と出会った。しかもこんな日に、ちょっとついてきてと来た。

 ここで期待しないならおかしいというものだ。

「どこへでも行きますよ」

「いや、そんなに遠くへ行かないけどね。でも体育館の方以外にしよう」

 なぜかそこだけ指定して、白い息を吐きながら前川さんが歩き出す。長い時間待っていたのか、鼻や耳が赤くなっていた。ヤシロに絡まれていたから、普段よりずっと遅く学校に着いたのだけど、なんか悪いなぁ。それと隠し気味だけど、手になにか持っている。

 早速始まっているな、これは。いいねいいねと密かに両手を打った。

 前川さんについて、校舎の裏の方へ歩いていく。前川さんは背が高い。当然、足も長い。だから他の女子よりも素足の露出が多いように見える。多そうだ。しかし後ろから下半身をじーっと見ていると、危ない人みたいだな。

「足寒くない?」

「ははは、変なことを聞くんだね。寒いに決まっているじゃないか」

 笑われてしまった。ごもっともである。恥ずかしくなって、黙って歩いた。

 人目を避けるように、校舎の裏側までやってきたところで前川さんが止まる。これで相手が前川さんじゃなかったら、一昔前の不良からの呼び出しみたいだ。

 前川さんと向き合う。頭一つ分は背が高いから、自然と顎が上を向く。

「で、えーと」

「いやまぁ、分かると思うけど。これを渡したくてね」

「おぉー」

 前川さんが隠していた、小さい箱を差し出してくる。

 それを喜んで飛びつくように受け取ると、前川さんが慌てたように言った。

「あ、中身はチョコレートじゃないんだ」

「あれ、そうなの?」

 じゃあこれはなんだろう。誕生日プレゼントには日付も違いすぎるし。

「開けてみれば分かるよ。……そうだね、ちょっと、ここで開けてみてくれるかい」

 前髪を弄りながら、目を横にやる。なにか不安を持っているような調子だった。

 まさかチョコどころか指輪とか。冗談だが、前川さん凛々しいからな。女子に人気があるらしいし。男子の人気がいまひとつなのは理解しがたいが。首を捻りつつ、箱を開けてみる。

 中に入っていたのは、黄色い饅頭だった。突起物のように、芋の角切りが突き出ている。

「おにまん? だね」

 二つ入っていたので、一つを箱から出す。手のひらに載せると、芋の甘い匂いが漂った。

「うん。あぁ、ほら。バレンタインだけど、チョコって作ったことないからね。どうせ渡すなら自信のあるものを、と思ったんだけど。やっぱり不服かい?」

「うーむ」

 すばらしい。

「手作りという発想がいい!」

「そ、そうかい? え、まぁ、藤和がチョコを作れるとは思わないけどね」

「エリオ? うん無理無理。女々さんはできそうだけど」

 でも女々たんの手作りチョコって聞くとアレだ! 正直、胡散臭い。

「とにかく、味を見てくれるかな。転校生の口にあう、とは思うけど」

 ははは、と笑いながらも目が俯きがちになっている。それがずっと気になっているのかな、落ち着きないし。じゃあ早めに食べて安心させよう。

「学校がなければにぼしのコスプレでもして渡したいところだよ」

 平日で良かったと心から思う。日付と曜日に感謝しながら、おにまんを頬張った。

「……うーむ、うん、むぅ」

「な、なんだいそれ。唸りながら食べるのは癖なのかな」

「いや、それっぽく表現しようと思ったけど、思いつかないから」

「それっぽく?」

「料理漫画っぽく」

 女々さんから借りてよく読んでいるはずなのに、咄嗟に応用することは難しいものだ。

「普通でいいよ。難しく言われても分からないし」

「おいしい。すんごいおいしい」

 子供みたいな感想だな。言った後に少し恥ずかしかったけど、「それは、良かった」と笑う前川さんを見ると、正しいことを伝えられたと安堵する。一つをすぐに平らげて、もう一つを箱から出す。ヤシロにこれを食べさせたら、今度はおにまんを求め出すのかもしれない。

「勿論、やらんけどな」

 その脈絡のない呟きに前川さんが不思議がる。「なんでもない」と手を振ってごまかした。

「おいしく食べてくれるのなら安心するよ。笑われるかと思っていた」

「なんで?」

「だって、変じゃないか。チョコの代わりにおにまん貰うなんて」

 まぁちょっと変わっているな。でも前川さんはそういうところがいいのではないか。

「いいじゃん、おいしいし。俺、こういうのなら毎日食べたいな」

「ま、まいに、っ、ち?」

「甘いもの好きなんだ。コーヒーも甘いのしか飲めないってバカに……あれ、どうしたの?」

「っく」

 前川さんがしゃっくりし始めた。しかも顔は仰天気味だ。ひくっ、ひくっと身体が揺れる。

 口もとを押さえても、そりゃ止まらないだろうな。飲み物でもあれば渡したいところだけど、生憎となんにもない。

「飲み物買ってこようか?」

「い、いや。っく、大丈夫」

 鳩尾あたりをどふどふ殴っているけど、本当に大丈夫なのだろうか。

 食べる手を休めて見守る。息苦しいのか、顔が余計に真っ赤になってしまう。前川さんはエリオほどではないけど肌が白いので、紅潮するとその色が浮き上がっているようだ。

 綺麗ダナーとか、暢気にそんなことに感動していた。

 やがて呼吸も落ち着いた前川さんが、なんでかジト目で俺を睨んでくる。

「転校生はアレだね、地獄に落ちるかもしれない」

「え、いきなりなにそれ」

 恐ろしすぎる。どういう理由で地獄逝きにされてしまったんだ。

「なんて罪深いやつなんだ」

「そんな悪いことしてきた覚えはないんだけどなぁ」

 飲酒ぐらいだ。でもあれは一度きりだし、前川さんも一緒に飲んでいたんだけど。

 不可思議に囚われながらも二個目のおにまんまで食べ終える。

「ごちそうさまでした」

「うん、お粗末様。箱は回収するよ」

 地獄に落ちる(予定)の男に、にこやかに微笑んでくれる前川さんはなんていい人なんだろう。

「そうか、毎日か……うん、うん」

「うん?」

 一人でなにかを納得するように前川さんが頷く。ま、独り言に突っ込むのも野暮か。

 そうして一区切りつくと、途端に足もとや首に冷風が入りこむ。気にし始めたら寒いなんてものじゃない。よくさっきまで平気だったな。

「じゃあ、そろそろ教室に」

「なんだったら、あ、いや、そういえば」

「はい?」

「そ、そういえばこの前、駅で浴衣の女性を見たよ。紫色で、うん、前に見た覚えがあるような、ないようなだね。隣の子がジャージだったから、余計に浮いていた感があるけどさ。冬場なのにあんな格好で寒くないのかなぁとか……」

「へー」

 そういえばを二回言ったのが地味に気になる。

「あ、興味なかったかい? あ、そうそう寒いに決まっているじゃないか、冬だからね。うん、この話はお終いで、えっと、次に面白い、変わった話はだね……」

「いや興味ないとかじゃ……ま、いいか」

 前川さんの反応がなんかかわいいので、少し寒いけど静観することにした。

 ちなみにこの後、三日に一度はおにまんを食べることになったのはまた別の話だ。


(2)に続く。

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