6-2 やると決めたらからには

「わたしは石動いするぎこめっと! お兄ちゃんのトモダチはわたしのトモダチ! ってことでヨロシクねっ☆」


 ちっちゃい。間近で彼女を見て最初に感じたのはそれだった。隣に怪物じみた巨人がいるから、というのもあるかもしれない。けど、上目遣いで僕たちと視線を合わせようとするその姿はステージで歌う印象から比べて、間違いなく小さかった。


「〈六華仙〉の石動いするぎさんとご一緒できるなんて光栄です!」


 ミヤコが手を差し伸べると、石動はニッコリと微笑み、両手で包み込むようにして握手に応じた。


「ふふふっ 『こめっと』って呼んでほしいかな。あ、『さん』もやめてね! 呼びすてか『ちゃん』で呼んでほしいかも! えーっと……ミヤコお姉ちゃん!」

「え? …うん、じゃあそうするよ。こめっとちゃんっ!」


 僕は内心ヒヤヒヤする。

 案の定、久能は直前まで石動に手を差し出す事を嫌がっていた。「アイツに媚びるくらいなら死んだほうがマシ!」とすら言っていた。けど今のミヤコはそんな態度を一切見せない。VoG関ケ原でもそうだったけど、やると決めたらからにはやる、それが久能くのう侑莉ゆうりという人間らしい。


「おい、アレ…本当になのか…?」


 レッド・サンことアカサカが、石動を見ながら僕に小声で聞いてきた。僕は黙って頷く。アレとは、石動こめっとの正体だ。

 LxLxLエルキューブの正体が、食堂で不良生徒たちの相談を受けていたマリアという女子生徒なのは間違いない。周囲からはやし立てられて、照れ隠しに怒った風にみせる振る舞い。僕の目には、LxLxLエルキューブがファンから「クーゴリ」と言われた時の様子がはっきりとかぶさった。

 不良グループ内での立ち位置も、石動こめっとの一番最初の「お兄ちゃん」というLxLxLエルキューブの立ち位置と符合する。


 なら石動は誰か? もし彼女が本当にあの場にいたとしたら、最後の演説でグループの心をひとつにまとめたカルロスという男子生徒以外には考えられない。


「ふーん、なるほどねぇ……」

「な、なに…?」

「近くで見ると、すっごくきれい…… お兄ちゃんが夢中になっちゃうのも仕方ないかなーって」

「お、おい! なに言ってんだ、こめっと! オレはそんなんじゃ…」

「ほんとぉ? お兄ちゃんほんとーにぃ??」


 それに、石動とLxLxLエルキューブのこの掛け合い。この二人の名物となっているやり取りが、食堂でのカルロスとマリアのやり取りと重なる。日常のカルロスとマリアの関係を反転させたのが、石動とLxLxLエルキューブの兄妹漫才なんじゃないか…?


「どうした? ハウンド・マウンド? そんな怖い目して」


 LxLxLエルキューブが顔を覗き込んできた。


「え? いやっなんでもない!」


 考え事してるうちに、表情が固まってたのか。危ない。誰にでも愛されるアイドルに向ける眼差しじゃなかった。


「ごめんなさいねー。多分こめっとちゃん見て欲情しちゃったんだと思います。コイツそういうがあるんで…! コラ、こめっとちゃん怖がらせたらダメでしょっ!」


 あることないこと言いながらミヤコは僕を肘で小突いてくる……コイツ……


「オイ…オマエそういう目でこめっと見てるのか…?」


 愛嬌たっぷりだったLxLxLエルキューブの眼が豹変する。凶悪な面構えの最後の1ピースがはまり、殺意の擬人化のような顔が完成する。殺される……。


「ちょっ! そっそんなわけないだろ!! ちょっと緊張しちゃっただけだよっ!!」


 慌てて弁明する。


「ちょっとお兄ちゃん! 怖がらせてるのはどっちよ!? ダメだよ! お兄ちゃんは顔が怖いんだから目だけはやさしくっていつも言ってるでしょ!」

「い、いや、こめっと! オレはだなぁ…」


 こめっとが腰に手をあて、兄を叱りつける。途端にLxLxLエルキューブの眼に愛嬌が戻る。ファンが大好きな光景だ。ここが彼らのライブルームなら、吹き出し型のコメント弾でこの場が埋め尽くされるだろう。


「えーっと、あのー。そろそろ始めたいんだけど、いいかい?」

「あっ、ハイ、すんません…」


 レッド・サンが切り出す。みんな一斉に黙って彼の方を向く。


「今日はこめっと…ちゃんとミヤコの交流試合ってことで、様子はお互いのライブルームを通して配信することにします」


 といってもミヤコのライブルームは、開設したばかりでまだ殆ど登録者がいない。対して人気実況師ライバーであるLxLxLエルキューブと〈六華仙〉石動が共同で運営しているゲーム配信ルーム『えるこめ♡彡チャンネル』は登録者数十万人の超人気コンテンツだ。ほとんどのユーザーはこちらのルームを通して見ることになる。


「プレイするゲームは『エイリアンズアース』で3本勝負! 俺とミヤコの陣営と、こめっとちゃんとLxLxLエルキューブの陣営に別れて、2本先に取ったほうが勝ち。これでいいね?」


 「いいぜ」とLxLxLエルキューブが頷く。「お兄ちゃんがそう言うなら」とコメット、そしてミヤコは…


「えっと、一つ提案があるんだけど」


 手を挙げながら言う。


「アタシもアイドルとしてやってく以上、歌える場所が欲しいの。だから、一本勝つごとに勝者が1ステージ、ファンに披露することにしたい!」

「は? オマエ、これは交流試合じゃ……」


 LxLxLエルキューブにこの提案はしていなかった。あくまで友情としてこのプレイを提案したら……。そういう意味では、この提案は彼に対する裏切りだ。でも、ミヤコがこの先に飛翔するために、そしてわかりやすい形で〈六華仙〉に勝つためには、これしか無い。


「お兄ちゃん、待って」


 何かを言おうとするLxLxLエルキューブを石動が制止する。


「……それって、こめっとお姉ちゃんの考えた提案?」

「いや、僕だ」


 僕が名乗り出る。


「お兄ちゃんかー。ふぅん……けっこー策士なんだね?」


 石動こめっとの目が冷たく輝いた。僕の思惑をみ取ったようだ。


「わたしも〈六華仙〉である以上、直接対決の相手は、選ばなくっちゃいけないの。最近ヘマしたヤツもいるしねー。でもさ、まだまだ無名の新人が世に出るチャンスを、アタマから否定しちゃうのも〈六華仙〉のやるコトじゃーないんだよね」


 そう、だから君は僕のプランを受け入れる。LxLxLエルキューブと出会い、アカサカを仲間に引き入れ……そこから導き出した、ミヤコのプロデュースプランを……。


「そ・し・て! わたしが歌うかもしれない以上、お兄ちゃんとの共同ルームだけで配信するわけにもいかないんだ。〈六華仙〉石動こめっとの公式ルームでも配信しないとね!」


 やった。僕が思い描いていた可能性の中でも、最良の条件になった!

 アイドルとしての石動のルームの登録者は『えるこめ♡彡チャンネル』の数倍に及ぶ。それはつまり、ミヤコの歌をそれだけの人数に届けることが可能になったということだ。

 心の中でガッツポーズ。僕は不本意ながら久能をプロデュースすることになった。けど久能がそうであるように、僕だって、やると決めたらからにはやる。そうありたい!


「…いいよ、お姉ちゃん。わたしが胸を貸してあげる!」


 今度は石動の方から手を差し出した。


「ありがとう、ヨロシクお願いします!」


 そしてそれを握るミヤコ。


 僕がやれることはやった。あとはミヤコ……君次第だ!


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