第6話 石動こめっと
6-1 コメット・イスルギ
出向の汽笛が鳴り響く。コンテナの中に詰め込まれた誰もが、息を殺して船が沖合いに出るのを待っていた。「あと少し…あと少し…」時計もなく、いつくるかもわからないその時を、息を潜めて待ち続ける…
そのコンテナ3台には、『ファミリー』が輸出しようとしていたモノは入っていない。代わりに、奴隷のように働かされていた村民120名が自由を求めて乗り込んでいた。
「もう大丈夫ですよ」
イスルギ先生の声がした。ガシャンと音を立てて扉が開かれつ。難民たちは這い出すように、ぞろぞろとコンテナの中から出てくる。
その中にその少年もいた。当時まだ10歳だった。
後にその船は、貨物船の中でも小さい部類に入ることを知るのだが、村の川に繋いである渡し船くらいしか見たことのなかった少年は、村人全員が乗っても沈まないその船の大きさに驚愕していた。
「うわーっすごいすごい!」
まだ幼い少女の舌っ足らずな声が、貨物船の甲板にこだました。燃え盛る村を出てからずっと沈黙を守り続けていた彼らは、その声にびくつき、思わず周囲を見回す。
「ははは、大丈夫ですよ。ここはもう洋上。『ファミリー』も追ってこられないでしょうし、船員たちも私の仲間ですから」
そう言ってイスルギ先生は、声を上げた少女を抱き上げた・
「ねえねえ! せんせい! そらがすっごくきれい!!」
少女はそう言って天を見上げ続けている。それを聞いた消炎も視線を上にやる。満天の星空。村でも星は見えた。けど、深い森と山に囲まれたあの場所で見る星空とは大違いだ。ここには遮るものがなにもない。視界いっぱいに星々がきらめいている。
いや、そもそも……ここ数年、『ファミリー』が夜間に家の外に出ることを禁止していたから、夜空を見る機会なんてほとんどなかった。まだ6歳のこの子はもしかしたら生まれてから夜空を見たことなんて無いのかもしれない。
「ほら、コメット、見てごらん。あそこに周りより明るい星があるだろう? あれが
「コメット…わたしのなまえ?」
「ああ、そうだ」
コメットに親はいない。彼女が生まれた直後に『ファミリー』に「処分」されてしまった。理由は、仕事をサボったことと、配給の食料を余分に取ったこと。どちらも娘を生んで間もない母親の体調を気づかって、父親がしかたなくやったことだ。
生後2ヶ月にして孤児となったその子には、名前がついていなかった。それを引き取ったのが、遠い国からやってきて村に診療所を開いたイスルギ先生だ。先生はこの子に、当時村の外の世界で話題になっていたという、新しく発見された星の名前を付けた。
その彗星がいよいよ地球に近づいてきたころ、『ファミリー』の締め付けがひどくなった。まだ子供だった少年やコメットですら、仕事をしなければならなくなった。朝から晩まで畑に出て、その植物の葉のをむしりとり、山奥で大人たちが働かされている「工場」へと運んでいく。そんな仕事だ。
そんな時、突如イスルギ先生は姿を消した。先生は一週間後に戻ってくると「皆でここから逃げ出そう」と言った。
「先生……これからどうなるの……?」
後ろから、もうひとり少女が近づいてきた。少年と同い年の幼なじみ、マリアだ。
「まずはアメリカへ。それから少しずつだけど、私の国にみんなを呼ぼうと思っている」
「少しずつ…? みんな一緒には行けないの?」
「すまない。私も出来ることなら、全員一緒に送り届けたいのだが……。けど、何年かかっても、またみんなで一緒に暮らせるようにするつもりだ!」
イスルギ先生は力強くそう言った。先生の言っている事がよくわからないのだろう。コメットだけは、ずっと空を見上げている。
「なあ、マリア。前に人生で大切な3つLの話しをしただろう?」
「3つのL?」
「Live、Laugh、Loveの…だろ?」
少年が言う。村の子供達にイスルギ先生が教えてくれた簡単な英語。その中にその3つの単語も含まれていた。
「生きること、食べること、愛すること…だっけ? オレずっとヘンだと思ってるんだよ。 『人生』なんだから『生きること』はあたりまえじゃんか!」
少年の屁理屈にイスルギ先生は笑う。
「はははっそうだな。でもちょっと違うんだ、生きているという実感を感じたり、生きている事自体に感謝する、そういう気持ちが大切なんだ。それさえ忘れなければ、たとえ一時的に離れ離れになっていても、いつか絶対に一緒に暮らせるようになる!」
少年もマリアもきょとんとした顔をする。
「まぁ、まだわからないと思う。『ファミリー』に支配されて、朝から晩まであんな仕事をさせられていたら、生きる実感も感謝もあるわけがないからね」
「わたしは、たべることだいすきだよ! あいするって、みんなのことがすきってことだよね? それもわたしだいすき!!」
「はははっ そうかそうか」
コメットは無邪気に笑うと、イスルギ先生もそれに続いた。少年とマリアも、無邪気なコメットの言葉に頬を緩めた。
村で最年少のコメットは、誰からも愛されていた。『ファミリー』が生活全てを監視し、重労働をさせられる生活。そんな中で彼女の人懐っこさは、さながら夜空に明るく輝く彗星のように、村人たちを明るく照らした。
まさしくコメットは、村人全員の妹であり、娘であり、孫だった。
「おい、アレ…何だ?」
船の後ろのほうが騒がしい。そちらの方向を見る。星明かりに照らされて、空を飛ぶ二つの何かが見える。バババババッとけたたましい音を立てながらこちらに近づいてくる。
少年は初めて見る物体だったが、後にそれがヘリコプターという乗り物だと知った。それも軍用の……
「追手……こんなところまで……?」
イスルギ先生の顔が青ざめる。
「みんなっ!! 隠れろ!! 船内か、コンテナの中に隠れるんだ!!」
先生が叫ぶのとほぼ同時に、バシュッという音が鳴る。空を飛ぶ物体から閃光が放たれ、まっすぐとこちらに飛んできた。
* * *
オレはその時を待っていた。ここまでずっと眺めるだけだった貨物船に初めて介入する。貨物船の甲板を蹴って跳び上がる。思考によって得た飛翔能力。それを使って2機のヘリに向かって突き進む。
ヘリが発した閃光――対戦車ミサイルに拳を叩きつける。ミサイルの誘爆で視界が真っ白に染まる。そんな事にも構わず、オレはその先を飛ぶ2機のヘリに向かう。思考は極限まで筋力を増幅させる。その力を叩きつける。1機は飛び蹴りでコックピットを貫く。続いてもう1機に飛びつき、力任せにプロペラをねじ切る。
その間、十数秒。オレはまたあの船を救うことができた。なんど同じ事をやったかわからない。あの日、少年が――当時のオレが必死に願っても訪れなかった十数秒。それを何度も何度も繰り返している。
すべてが終わると、周囲の景色が一変する。オレのパーソナルスペースに戻ってくる。そこに待っている人影が一人。このスペースに入ることを許しているのは一人だけだ。
「来てたのかマリア……」
「まーた、そんなことやってる。オマエのためにも良くないぞソレ」
「うるせえ……」
オレと同じく、マリアはアバターの切り替えを行っていない。リアル世界のマリアの姿のままだ。このスペースではお互いこうしていた。
「なんかあったのか? また
「ううん、そうじゃなくて、そろそろ時間だから」
マリアは首を振る。
「時間?」
「忘れたの!? 前に話した、ミヤコって子。面白い奴だから、一緒にゲームプレイ配信しようって言ったじゃん!」
「ああ……そうだったな」
知らない名前のアイドル。どうせ〈六華仙〉の名前を利用しようとすり寄ってきてるのだろうが、マリアが思いのほか気に入ってるので、一度くらい会ってみようと思った。
「わかった。いくか」
「うん」
オレとマリアはSEEFの広大な世界へと続くポータルに立つ。心の中でアバターの変更を念じる。
マリアの身体が光の粒子に包まれ、リアル世界の姿とは似ても似つかない姿へと返信していく。緑がかった灰色の肌を持つ大男。ほとんどモンスターだけど、愛嬌のある瞳と表情で人を惹きつける。
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似ても似つかない姿になるのはオレも同じだった。あの日、オレの目の前で散っていった命。皆の心を明るく照らしていた少女。7年前の記憶を必死で取り戻し、それをAIが補正して作り上げた、13歳の彼女の姿。
全SEEF民の妹であり娘であり孫、 石動こめっと
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