5-7 石動ファミリー

「じゃあ次は…… オマエ、相談があるって言ってたよね?」


 眼下の長テーブルに陣取る、ガラの悪そうな一団。その真ん中に座る褐色の肌

の女子生徒が、一人を指差す。


「ウ…ウス…… え、えーと最近、イベントの集客が減ってきて……このままだと収益が学費のラインを下回りそうなんスよ……」

「オマエ、活動ジャンルはなんだっけ?」

「え、えーと…」

「どうした? ここにはオマエの正体を知ったからといって脚を引っ張るようなヤツはいない。それはわかってるよな?」

「は、はい……。ロックっス。けど自分、演奏系の〝ソウ〟は持ってないからギターもAIでやってて……それで飽きられてるのかなーって……」

「ロックか……ノブ、オマエ確かこっちの世界で弾けたよな?」

「ウス!でも自分、いまいちLDRじゃ楽器弾く感覚をイメージできなくて、向こうではボーカル一本スけど……」

「それでもいい。コイツにギターの基礎教えてやってくれ。実際に弾いてみればAIの出す音も変わってくるかもしれない。それにノブ、お前も人に教えることで何か変わるかもしれないよ?」

「ウス。そうっすね。やってみます!」



 僕たち三人は、聞き耳を立てて一段のやり取りを伺っている。褐色肌の女子生徒は、他の生徒たちのSEEFでの活動の悩みを聞き、それに対して解決策を提示しているようだ。


「久能……あの女の子、知ってる?」

「見覚えはある。たしか…どこか海外からの移住組で、同じ国のヤツがもう一人いたと思う」

「それって…もしかしてアイツか?」



 アカサカがアゴと視線を動かして示す。テーブルの端に、彼女と同じ肌の色をした大柄の男子生徒が座っている。椅子の背もたれに大きく体重を預けた体勢で目をつぶっていて、ここからは眠っているように見えた。

 この男も、輪の中央にいた女子生徒も、彫りが深い顔立ちで、日焼けしたアジア系というわけではなさそうだった。


「カルロス! そろそろ起きなって!」


 女子生徒が立ち上がり、その大柄な男が座る椅子を蹴る。


「おわあっ!?」


 椅子はバランスを崩して、大男ごと倒れ込んだ。


「いてて、何すんだよマリア……」

「オマエこそ、みんなの相談に乗らないで、なーに昼寝してるんだよ!?」

「ああ……悪ィ悪ィ……昨日ずっとあっちの世界行ってたから眠くてさ……」

「それはワタシも同じだっつーの!」


 女子生徒は倒れたままの大男にまたがりデコピンでその額を小突いた。


「いってぇ!」

「でたでた! アネゴの必殺デコピン!」

「カルロスさんの唯一の弱点!」


 周囲の不良たちがはやし立てる


「だーかーら! アネゴ言うなっての!!」


 どっと不良たちの間で笑い声が沸き上がる。


「ったく、ほらカルロス、もう昼休み終わりだから。シメの言葉くらいアンタやんなさいよ」

「わかったよ」


 カルロスという名前らしい大柄な褐色の男子生徒は、のっそりと立ち上がった。本当にでかい。身長は190センチを超えてそうだ。


「あー、みんなもう知ってると思うけど、家族ファミリーを除名になったヤツがいる。哀しいことだけど、こめっとが泣く泣く決めたことだ」


 不良たちが静まり返る。カルロスは言葉を続ける。


石動いするぎこめっとは…そしてオレたちは、お前らを絶対に見捨てない。ちゃんとSEEFで収益を上げて学費を払えるように面倒見てやる。けど、家族ファミリーにあるまじき行動をしているヤツは………別だ!」


「カルロス……さん?」


 不良生徒のひとりがカルロスの異変に気づいて声をかける。その異変は、この席からでもわかった。褐色の大男は涙を流して泣いていた。


「こめっとは、お前たちのことをお兄ちゃん、お姉ちゃんと慕っている。けど、そのこめっとの名前を使って好き買ってやるヤツがいる。オレもマリアも、そういうヤツは絶対に許さねぇ……!」


 カルロスは腕で涙を拭うと、今度は白い歯を見せて笑った。


「そんなセコいことやる必要ないじゃんか! お前たちは確かに芸能科でも落ちこぼれかもしれない。でもな、それでも『3つのL』を忘れるな。それが人間にとって大切なことだ。 それを忘れない限り、こめっとはお前たちの家族ファミリーだ!!」


「ウス!!!!」


 グループ全員の返事が一つになって食堂全体に響いた。それに驚いて、不良グループの方を見る生徒もいれば、いつものことと言わんばかりに無視してる生徒もいる。


 不良たちの返事とほぼ同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。生徒たちは午後の授業のために席を立ち上がる。


「なるほど、落ちこぼれたちの互助会…それが『こめっとファミリー』の正体ってところか」

「知らなかった……アイツら、こんな事やってたのね……」


 弱肉強食の芸能科。少しでも隙を見せれば、足を引っ張られ、喰われる。久能がそういう想いで〈六華仙〉をやっていたのは知っていた。けど、どうやら石動こめっとには別の想いがあるらしい。


「あのさ、オレ思いついちゃったんだけど……あのカルロスってヤツ、もしかしてさ…?」

「うん…多分そうだよね。アイツがLxLxLエルキューブ……」


 アカサカと久能は顔を見合わせる。確かにLiveとLaughとLove、それが人生の大切なものだ。SEEF世界でLxLxLエルキューブは僕たちにそう語った。今のカルロスの話に出てきた『3つのL』も間違いなく、同じものを指しているだろう。

 それにカルロスの体格は、確かに巨漢のLxLxLエルキューブを想起させる。


 けど、そうじゃない。リアル世界での体格なんて、なんの参考になりもしない。


「ううん、違うよ。LxLxLエルキューブは彼じゃない」


 今の彼らのやり取りの中で、LxLxLエルキューブの正体について確信したことがあった。そして、その確信から紐付けて考えると、カルロスの正体にも行き着く。


「カルロスの正体は…………石動こめっとだ」

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