5-6 学生食堂

「まー、そういうコトだ。たまんねえよ、自分に降り掛かった災難が、目の前で自分抜きで勝手に解決してくのは……」


 だから、自分の手で芸能科に一泡吹かせたいと思った、というわけか。

 ホリキは久能が入力したデータをもとにAIのセッティングを行いながら、昨日の放課後、コイツの身に降り掛かった事の顛末を語ってくれた。


 先日、普通科棟のカフェテラスに現れた芸能科の不良生徒の一団。ホリキは連中に追いかけ回され、たまり場に拉致された所、芸能科の別の生徒に助けられたらしい。

 その生徒は不良連中と同じく、耳にハート型の彗星のピアスを付けていたという。ハート型の彗星は石動いするぎこめっとのシンボルマークだ。


「今は…13時03分。まだ30分弱あるね。いきましょ」


 久能は時計見ながら言った。午後の授業は13時30分からだ。


「行くって、どこに?」

「今コイツが言ってたじゃない。石動の関係者が学食にいるんでしょ?」


 そう言うと、久能は部屋の出口へ向かう。…が、途中で足を止めて僕の方を見た。


「ちょっと…? アタシだけ行ってもしょうがないでしょ?」

「え、僕も行くの?」

「当然でしょ! アンタの真名の特定ペネトレーションの能力、今使わないでいつ使うの?」


 ああ、そういうことか。僕は彼女の後に続いて歩き始める。「ならオレも行く」とアカサカが後に続いた。


「お前たちそのまま教室に戻っていいぞ。オレは午後の授業休んで、ここでコーディングしてるから」


 ホリキはPCの画面を見ながら僕たちを見送った。


「ちょ… 先生の前で堂々とサボり宣言しないでよ……」


 そしてサツキ先生の困り声。



      *     *     *



「前から不思議だとは思ってたのよ」


 学食に向かう道すがら、久能は僕とアカサカに話し始めた。


「石動グループって芸能科でも結構有名でさ、悪い意味でね。不良や落ちこぼれ生徒が多いのよ」

「その一部が、ホリキにちょっかい出したり普通科に乱入したりしてたってことか」

「でも、なんか意外だよな。ホラ、石動こめっとと言ったらじゃん?」


 ゲーム意外に興味なさそうなアカサカでも、石動こめっとのパブリックイメージはわかるようだ。がんばり屋でちょっぴりおませでいたずら好きな女の子。

 まさしく「全SEEF民の妹であり娘であり孫」というキャッチフレーズの通り、誰からも愛されるキャラクター(もっとも、そういう所があざとくて苦手というホリキみたいな人種もいるのだけど…)

 そのキャラクター像と、彼女の取り巻きである不良連中、確かに食い合わせが悪い。


「そもそも、芸能科って自分たちの正体隠してるんでしょ? こっちの世界で徒党を組んでるのがおかしくない?」


 この前の久能の言葉通りなら、芸能科内でSEEFでのアイドル名がバレるというのは死に等しい。特に落ちこぼれ生徒ならなおさらだ。


「それも不思議なのよね。さすがに石動本人は正体を隠してるでしょうけど、他の連中がピアスとか着けて結束固めてるのは何なのか…?こっちの世界でつるむ必要なんてある?」


 そんな事を話しているうちに食堂に到着した。共用棟にあるとはいえ、食堂は普通科生徒にはあまり縁のない場所だ。僕とアカサカは思わず中に入ることをためらってしまう。


「何してるの? さっさと行くよ!」


 お構いなしに久能は中に入っていった。


「……どうする?」

「まぁ、しょうがないよな……」


 僕とアカサカは顔を見合わせた後、彼女に続いた。



      *     *     *



 案の定、食堂内に普通科の生徒はいなかった。普通科と芸能科の制服はデザインが違うのですぐに分かる。普通科のブレザーは紺の無地で、ネクタイは緑色。対して芸能科はブレザーにパイピングの装飾が施してあり、ネクタイは好きな柄やデザインのものを着けてよいことになっている。

 今この場に、緑色の学校指定ネクタイを着けているのは僕たち三人しかいない。それに気づいた周りの芸能科生徒たちは眉をひそめる。なんでここに普通科モブキャラがいるんだ? 視線でそう言っているのがよくわかる。


 普通科生徒は食堂を「芸能科の植民地」と呼んでいた。建前上は、どちらの科の生徒が使っても良いことになっているのだけど、時間割の組み方の違いで、芸能科は普通科よりも10分早く午前の授業が終わる。

 その10分で、食堂は芸能科生徒に占拠されてしまう。その状態が世代を超えて何年も続いた結果、普通科は食堂を使ってはならない、というのが暗黙のルールになってしまったらしい。

 食堂だけではない。購買で売っているパンや弁当なども人気商品は芸能科が独占する。共用棟というのは名前ほど平等な場所ではなかった。


「ほら、アレが例のグループ」


 周囲の冷たい視線がザクザク刺さる中、久能は食堂の中央部まで来たところで指をさす。その先には…なるほど、制服を着崩した、いかにも近寄りがたい雰囲気を出している集団のテーブルがあった。

 集団の中では何かを盛んに言い合っているようだが、ここからは何も聞こえない。


「えーっと、あ、やっぱりいた!」


 久能は上の方を向いて何かを探し、見つけたようだ。

 食堂は、今いる中央部が吹き抜け構造になっていて、その周囲をぐるりと囲むように二階席がある。そこへ続く階段を久能は昇っていく。


「さぁ! オリベくん! 真名の特定ペネトレーションの力を見せるときよ!」

「は?」

「あの子達、この前成績表を見せたでしょ?」


 吹き抜けの手すり沿いに置いてあるテーブル。そこに座っている二人の女子生徒の顔はたしかに見覚えがある。

 僕とサツキさんを脅したその夜、久能はさっそく僕のメールにいくつかのファイルを送信してきた。そこにはどうやって手に入れたのか、数人の女子生徒の成績表やダンスレッスンの動画が入っていた。あの二人の顔はその中に含まれていた。


「サヤ、リナ、久しぶり!!」

「え? ああ……ユウリじゃん」

「アンタ…普通科行ったんでしょ? なんでここにいるワケ」

「なんでって……ここは共用棟じゃん。いちゃ悪い?」

「ははっ まさかと思うけどそんなタテマエ信じちゃってるわけ?」

「アンタもう普通科モブキャラなんだから、わきまえなよ」


 険悪なムード。旧知の仲なのは想像できるが、明らかに普通科に編入した久能を見下している。これが芸能科生徒の負け犬に対する感覚か……


「ちょっとさ、普通科にアンタ達のファンがいてさ。話ししてやってよ」


 そう言いながら久能は僕の方を見た。ああ、そういうことね。


「は? 何おまえ?」


 僕は意識して口角を上げてにやっと笑顔を作った。カフェテラスに乱入してきた例の連中の前でやったのと同じように……


「えっとあの……蓮城ヒナちゃんと、古都原コトコちゃんですよね? お二人のアルバム大好きで…毎日聴いてるんですっっ!!」


 一瞬で女子生徒二人の表情が凍りついた。


「ヒナちゃんの元気あふれる新曲いいですよね、アレ聴いてると勉強がめっちゃ捗るんです!! なんか、耳元でヒナちゃん本人が応援しているような気分になれて……特にサビの後の『まけんなよっ』ってセリフが僕的に最高で……あっ、それとコトコちゃんの新曲もよかったですよ! ジャズ調できたのはびっくりしましたけど、サックスのソロがメチャクチャかっこよくて……アレ、コトコちゃんが作曲してるんですよね!? あ……もしかして演奏もかな? コトコちゃん演奏系の〝ソウ〟持ってるし……」


 自分でもメチャクチャ早口に鳴っているのがわかった。好きなものを語る時こうなってしまうのは仕方ない。これは僕のような人種のサガだ。


「なっ なにコイツ!? キモっ!!!」

「へ、変なのとつるまないでよユウリ!!」


 女子生徒二人は席を立ち上がり退散した。そこで悠々と空いた席に座る久能。


「さてと、ここなら石動グループの話も聞き取れるはずよ」


 そう言って久能は階下を見下ろす。確かに、この席は不良たちのほとんど真上に位置している。


「オリベ……お前、今の何……?」


 呆然としてるアカサカ。そういえばコイツには、僕がSEEFに入り浸っていることは話しているし、ある程度アイドルの曲を聴いていることも知らせているけど、重度のドルオタだってことは秘密のままだった。

 

「久能……君が言う僕の力って、こんな事に使わせるためのものなの……?」


 頭がクラクラする。確かに久能の役にはたったかもしれないけど、こんなしょうもないことに利用される上に「キモイ」と呼ばれる僕の身にもなってほしい。


「何言ってるの? ここからが本番じゃない」


 久能の目つきが変わる。真剣な眼差しを僕に向けてきた。


「アタシのカンだけど、この下に石動本人がいると思う。それが誰だか、探して!」

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