5-5 世界全てに向けて

「ちょっとー、昼休みは勘弁してよ~」

「あ、ちーっすセンセー! お邪魔してま~す」


 僕たちはサツキさんの留守中が購買部へ昼食を買っている間に、勝手にオフィスに上がりこんでいた。いまやこの部屋は完全に、久能が〈六華仙〉を倒すための前線基地と化している。

 久能はいつの間にかサツキさんのスペアキーを手に入れていた。久能曰く「本人から借りた」とのことだが、絶対ウソだ。どうせまた僕とのツーショット写真をちらつかせたに違いない。


「最近、隣の先生に怪しまれてるんだからね? よく生徒が集まってますねって……、ダンスのアドバイスをしているって説明してるけどさぁ…」


 隣の先生も、まさか彼女が招き入れてるのが、普通科の生徒だとは思っていないだろう。もしバレれば、ツーショット写真以上に彼女の立場が悪くするんじゃないのか?

 サツキさんも、今の状況は本意じゃないだろう。〈六華仙〉の打倒を画策するなんて、普通に学校への背信行為だ…。やっと見つけたという今の仕事を失わないよう、出来るだけ目立たないように行動したいところだけど……


「なら、昼休みのほうが好都合よ。この建物、放課後よりも今の時間帯のほうが、廊下に人少ないもの」


 久能は画面から目を離さず、キーボードを操作しながら言う。確かにそうだった。普通科も芸能科も、ほとんどの先生はこの時間帯は部屋を留守にしている。食堂で昼食をとっていたり、午後の授業の準備をしたりでこっちには戻ってこないのだろう。

 教員室棟の人の出入りが多くなるのはむしろ放課後で、そっちの方が人目を避けながらこの部屋までたどり着く難易度が高かった。


「まぁ、何時だろうが、もうだいたい攻略法はわかったから、いつでもここに来れるけどな、オレは」


 さすがアカサカ、ゲーマーらしい発想だ。今ここに忍び込むときも、壁に隠れながら廊下の奥を確認し、背中を壁につけたまま足音を立てずに階段を昇るなど、ひとりだけスパイゲームの潜入作成をやっていた。


「あーー! やっぱ駄目! アタシこういうのムリ!!」


 久能はキーボードから手を離し、頭を抱えた。


「おやおや、元芸能科の久能さんでもこういうのは苦手ですか?」

「は? アタシの専門はSEEFの中だから。外の事はアンタたちの仕事でしょ?」

「えっとー…何をやってるの?」


 自席のPCを占拠されてしまったサツキさんが、アカサカと久能の肩ごしに画面を覗き込む。


「楽曲制作AIの調整です。作曲は、僕のサポートAI…TEIKAにやらせるつもりなんですけど、どうせやるなら教師データにミヤコのゲームログをフィードバックさせられないかなと思いまして」

「????」


 サツキさんのキョトンとした表情。僕の説明が全く頭に入って来てないようだ。


「オリベ、センセーにもっと伝わる言い方しろよな。えーとつまりAIに、久能コイツのゲームプレイ中のクセとかを覚えさせて、それを曲作りに活かそうって事っす」


 アカサカが専門用語まみれの僕の言葉を翻訳してくれる。


「えーと……よくわかんないんだけど、そんなコト…できるの??」


 普通は出来ない。ゲームと作曲では、使うデータが全く違う。けど、どちらも生身の人間の…久能くのう侑莉ゆうりの脳と、信号で繋がる情報という意味では変わらない。データコンバートを繰り返したり、専用のスクリプトを組んだりする必要はあるけど、関連付けようと思えば無理な話じゃない。

 


「ったく、基礎データの登録も出来ないようじゃ、オレだって手伝えないぞ?」


 ここで初めて、壁際で黙って様子を見ていたホリキが口を開いた。



 昨日の夜、ホリキからの着信を見てすぐに電話した。ホリキからの言葉はただ一言「オレもやる」だった。



「うっさいなー。だいたいアンタ、手伝わないんじゃなかったの?」

「気が変わったんだ」


 ホリキは久能の目を見ずに話す。やる気にはなってくれたものの、久能本人への不信感は変わっていなそうだ。


「何よエラそうに…… そもそもアンタ本当にAIいじくれるワケ?」

「あー、久能チャン、それはホリキ君を舐めすぎでしょ?」


 アカサカが茶化す。即座にきつい目線がアカサカを刺そうとするが、それを許しては話が進まない。僕が二人の間に入る。


「久能、J-SPiNEあるじゃん?」

「LDRの基幹AIの日本語版でしょ? それがどうしたの?」

「アレ組んだのコイツ。ちなみにその時、八歳」

「はぁっっ!!?」


 久能が飛び跳ねるように椅子から立ち上がった。この驚きは無理もない。僕やアカサカもそれを聞いたときに同じ反応をした。


「正確にはオレを含めた有志のアマチュアだけどな。オレは十分の一も貢献できてない」

「いやいやいや、本当ならそれでも充分すごいって………」


 SPiNEとは、LDRダイブ中のユーザーが、あたかも本物の体験であるように感じられるように、脳に送る電気信号を最適化させるAIだ。

 このAIは海外で作られ、オープンソースで公開されている。それを日本人の社会感覚や体質、文化的背景などに合わせて再調整したのがJ-SPiNEとなる。

 現在の国産LDRギアに載っているソフトウェアの半数近くが、J-SPiNEをベースにしているらしい。TEIKAもたしかそのひとつだ。そんな全ての始まりとも言えるAIを生み出したアマチュア集団の中に、ホリキ少年がいたのだ。


「LDRは……人類を飛躍させるための装置なんだ」


 ホリキが語り始める。


「人が差別や偏見、コンプレックスから解放されて、本来の自分らしさを獲得できる装置……」


 その言葉は、久能だけに向けたものではないようだ。


「可能性は無限にある。社会や人の生き方を楽にさせるだけじゃない。医学的な可能性だって……」


 ゆっくりと力強い言葉。


「もちろん、お固い使い方じゃなくたっていい。ゲームをしたってドラマを見たってアイドルになったって……すべてを許すのがLDRだ」


 自分自身に言い聞かせてるような……いや、ちがう。


「だからこそ……それを他者を見下すための道具にしてるやつを許せない」


 これは、世界全てに言い聞かせる言葉だ。


「そんな奴から逃げ回る自分自身も許せない……だからオレは…芸能科あいつらと戦う!!」



 

 

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る