5-4 魔竜討伐のあとで

「いやぁ~!まさかオマエらがレッド・サンと知り合いだったなんてなァ!!」


 木彫りのビアマグに、なみなみと注がれたエールを飲み干すと、LxLxLエルキューブが僕たちを眺めながら言った。


 ここはSEEF内にあるワールドのひとつ「FANTASIA」の中心都市。通称「王都」のパブ。僕たちは、SEEFで遊べるアクティビティの中でも特に人気の高い『魔竜討伐』をした帰りに、ここで打ち上げを行っていた。

 今日のプレイにはアカサカも同行していた。『レッド・サン』はアカサカのSEEFネームだ。僕たち三人とLxLxLエルキューブは「FANTASIA」の外れにある地下神殿に突入。最下層に潜む魔竜を撃破した。


「いやオレもびっくりだって。つくづくSEEF世の中は狭いよなぁ~」

「レッド・サンとは、まぁ『戦友』とでも言うのかなぁ、ちょくちょく一緒にゲームやっててさぁ」


 若干強引だと思うけど、打ち合わせた通りミヤコはレッド・サンの古くからの知り合いというていで話を進めている。

 ちなみにアカサカは、本名『赤坂陽一郎』の「赤」と「陽」を取って『レッド・サン』という名前にしたらしい。ネーミングの方向性はハウンド・マウンドと対して変わらないのに、ミヤコは笑うことなくその名を受け入れた。納得いかない。


「お、二人でどんなゲームやってるワケ?」

「うーん、色々あるけどぉ~…」


 ミヤコは…いや、久能くのう侑莉ゆうりは、SEEFでゲームなんてほとんどやった事がない。答えられるはずない。


「よく遊ぶのは『エイリアンズアース』かな? 『魔竜』とか『関ヶ原』みたいなアクションはあんまりやらないなぁ」


 アカサカのナイスアシスト! 『エイリアンズアース』は異星人の地球侵略をモチーフにしたバトルロイヤル系シミュレーションゲームだ。


「あーアレか! オレも最近始めたんだよ」

「あ、そうなの?」

「じゃあさ、今度一緒にやろうよ!」

「いいねぇ!!」


 来た! ここだ!!


「それならさっ」


 僕が話を持ちかける。


「ぜひとも…石動いするぎこめっとちゃんも呼んでさ……」

「こめっとを?」


 LxLxLエルキューブが太い眉をひそめる。ここからが勝負だ…。


「そういや、お前らアイドルもやってるんだけか」

「う、うん。僕がプロデューサー役で、ミヤコがアイドル」

「オレと仲良くなれば、こめっとに近づける、そういう算段か?」


 LxLxLエルキューブはエールを飲み干し、ダンっとビアマグをテーブルにぶつけるように置いた。怒らせた? 踏み込むのが早かったか? いや、けど……


「なーんてな!! いいぜ! オマエらなら大歓迎だ! こめっともオマエらのこと気にいるよきっと!!」


 心のなかで思いっ切り安堵のため息をついた。考えた通りの性格で良かった。一緒にゲームをし、こうして食事の席を共にした人間なら、粗略に扱うことはない。そういう人情味のあるキャラクターこそ、この大男がファンから愛される所以ゆえんだ。


「ハウンド・マウンド! それにミヤコもレッド・サンも! 楽しくやろうぜ!!

今日はオレのオゴリだ!!」


 追加のエールが運ばれてくる。本日五回目の乾杯をして、ビアマグの中身を喉に流し込む。20歳以上のプレイヤーの場合、ビールの味覚情報が脳に送られ、同時に擬似的な酩酊状態を味わえるらしいが、高校生が同じものを飲んでもジンジャーエールの味しかしない。


「かぁーっ! それにしてもよぉ、ミヤコぉ。オマエならなれるかもなー。こめっとの『家族ファミリー』によぉ……」

「ファミリー…?それって、お兄ちゃんとか、おとーさんとか言い合う……アレ?」


 ミヤコの顔が引きつっている。かつては石動こめっと同格とされ、いまでは彼女の打倒を目指している久能だ。石動に「お姉ちゃん」なんて呼ばれるのは、まっぴらごめんだろうな……


「別にれ合いで家族ごっこやってるわけじゃないんだぜ? オマエら、人生で大事なことってなんだと思う?」

「は?」


 なんだ? 人生哲学の話になったぞ……?


「それはな、Live、Laugh、Loveの3つなんだよ」


 生きて、笑って、愛して、ということか。確かにいい言葉ばかりだけど…


「なにそれ? 『人生』なんだから『Live生きる』が大事なのは当たり前じゃん」

「ははっ! こめっとも同じこと言ってたなぁそういや。そうじゃなくてさ、ただ適当に生きるんじゃなくて、生きている事への実感や感謝! そういうのが大事なんだ……」


 五杯目のビアマグを空にするLxLxLエルキューブ。こころなしか、顔が赤く上気している。本当に酔ってるのか? コイツもヴァンドームの芸能科なら、中学生か高校生のはずだけど……?


「そういうのを共有出来る関係が『家族ファミリー』なんだ……少なくともオレやこめっとはそう思ってる。思ってるんだけどな……」


 一転して、悲しげな目になる。


「こめっとの名前が売れるごとに、『家族ファミリー』も増えてきた。でも、オレたちと違う思いの奴らも増えてきちまってさ……」


「なるほどなぁ……」


 レッド・サンは腕組みをして天井を見上げた。多分、アカサカの頭の中には僕と同じものが浮かび上がっている。石動こめっとの名前で普通科の生徒たちを脅していた連中、ぼろぼろにされて悔し涙を浮かべていたホリキの顔……


「…っと、悪ィ悪ィ!なんか変な空気になっちゃったな。今日はもう遅いし、そろそろ解散するか」


 LxLxLエルキューブは立ち上がる。確かにもういい時間だ。魔竜討伐から続けてSEEFにいて、お腹も空いてきた。テーブルの上にあるコカトリスの唐揚げは、脳に香ばしい風味を届けてはくれるが胃袋は空のままだ。



      *     *     *


 

「ふぅ…」


 僕は頭にマウントされていたLDRギアを外して、上半身を起こした。


「終わったー? シノくん」

「うわあっ!」


 現実世界に意識が戻った、その瞬間に背後から声がして慌てて振り返る。サツキさんが、目隠し布を跳ね上げて、大穴からこちらの部屋を覗き込んでいた。


「SEEF中に覗きとか、シュミ悪いっすよ」

「ゴメンゴメン。まだ夕飯食べてないでしょ? よかったら食べる?」


 そう言って差し出してきたお皿には、コンビニのものの3倍はあろう巨大なおにぎりが、ふたつ乗っかっている。


「あ、ありがとうございます……」

「アタシのお得意の夜食なんだコレ」


 いや、おにぎりを得意料理として誇られても……とは思うけど、昼食以降になにも食べていない胃袋には嬉しい。


「それとさ、さっきからケータイが何度も鳴ってたよ?」

「え、本当ですか?」


 テーブルの上に放り出してあるケータイを確認する。着信は……


「ホリキ?」

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