5-3 カルロスとマリア

「な……何の用なんだよ?」

「何の用?今遊ぼうって言ったじゃん?」

「ヒトの話くらい聞いてくれよなぁ?」


 奴らが歩み寄ってくる。オレは後ずさりをしながら、どこか逃げられる場所はないか必死で考える。

 石動いするぎこめっとの取り巻き連中。普通科の生徒を脅して自分たちのイベントに参加させ、それで小遣い稼ぎをしているセコイ奴ら……。そんな奴らに尻尾巻いて逃げるのは悔しいけど、この状況を打開する方法は、それしかない。


「なになに? 逃げようとしてる?」

「はぁ~、俺達はホリキくんと仲良くしたいだけなんだぜ?」

「そうそう! ちょっと、お互いに誤解があるみたいだからさ」


 何が誤解なもんか。顔を、腹を…殴られ、蹴られ、仕上げに頭からゴミ箱の中身をぶちまけられた「あの日」の記憶がフラッシュバックする。あれが仲良くしたい相手にやることか?


「なんでオレなんだ?」

「あぁ?」

「なんでオレをそこまで目の敵にするんだよ!!」


 確かにあの日、共用棟内で石動の陰口を叩いたのは良くなかったのかもしれない。けど、それがここまで執拗に絡まれるようなことなのか?


「なんでって……なぁ?」

「うんうん」


 連中はお互いに顔を見て、「当たり前だろ」と言わんばかりに頷きあう。


芸能科オレたちがさ、普通科モブキャラに舐められて、そのままでいるわけにはいかないのよ。わかる?」

「そうそう!一応、俺ら〈六華仙〉の…石動センパイの家族ファミリーだからさ」


 何が、石動の家族ファミリーだ!? どこで仕入れた情報か知らないけど、オリベはこいつらを「取り巻きの中でも下っ端」と言っていた。


「てなわけでホリキくん、いい加減覚悟しろよなっ!!」


 先頭の大柄の男が近づくスピードを一気に上げた。やばい! とっさにオレは背後に向かって逃げ出す。


「待ちやがれ!!」


 逃げる場所! どこだ? 右側は延々と続く学校の塀。このまま普通科の正門まで戻る? だめだ。 遠すぎる。それにこいつらは普通科の敷地内に入ることが出来る。

 じゃあ左側か。道の反対側にはコンビニ、住宅地、公園……いくらかマシだ。どこかに隠れられる場所があるかもしれない。オレは車道を横断して住宅地の路地へ向かう……


「なんて、うまくいくわけねえだろ!!」


 方向転換しようとしたのとほぼ同時に襟首を掴まれた。終わった。



      *     *     *



「ったく、ちょこまかと逃げやがって」


 連れてこられたのは、まさにオレが逃げようとしていた公園だった。

 公園と言ってもそんな広い場所ではない。手入れのされていない植木が鬱蒼うっそうと茂り、子供が遊ぶための遊具類はほとんどない。地面も雑草が生え放題だ。

 住宅街の真ん中とはいえ、地域の憩いの場として機能しているようにはとても見えなかった。そして何より敷地の隅だ。バスケットゴールのフープが突き出したコンクリート壁があるのだが、そこにスプレーでデカデカと書かれた文字が……


『COMET FAMILY FOREVER』


 COMETのOの部分は、この大男のピアスと同じく、彗星のような尾を引いたハート型になっている。つまりここは、石動こめっとの取り巻きたちのたまり場ということだ。


「ここ人通りが少ないから普通科モブキャラの教育に丁度いいんだよねー」

「とりあえず、そこに正座しろ」


 オレは何もせずにただ立ち尽くしている。


「はやくしろや!!!」


 大柄の奴が怒声を上げる。ビクリと体が震えた。反射的に言われたとおりに膝をついて正座をしてしまう。情けない……

 かなり大きな声だったが、周りの住宅が公園の異常に気付く様子はなかった。黒々と茂る植木に、音が吸収されてしまうのだろうか……?


「おい。やっぱりコイツ、ギア持ってるぜ」


 持っていたカバンを勝手に開けられ、中を漁られる。クッション付きのケースに入れていたLDRギアを取り上げられる。


「あれれー? 普通科はギアの持ち込み禁止じゃありませんでしたっけねホリキくぅん!?」


 耳元で怒鳴られる。鼓膜が音圧に押しつぶされキーンという音がする。


「ちょうどいいや。オマエ、いまSEEFにアクセスしろ」

「えっ?」

「えっ、じゃねえよ。アクセスして、持ち金全部オレに回せ」

「そ……そんなコトできるワケないだろ……」

「やるんだよ! でないとまたあの時みたいにするぞ!?」


 再びフラッシュバック。腹を殴られる感覚、口の中を切る痛み、頭からゴミを掛けられる屈辱。視界が暗くなり、身体がこわばって動かなくなる。


「10秒以内にギアかぶれ。それで、パーソナルスペースに俺らを招待しろ」


 ギアを放り投げられる。目の前の地面に落ちる愛用のギア。震える手でそれを掴む。


「じゅーう、きゅーう、はーち……」


 カウントダウンが始まる。ガチガチと手の震えは収まらないどころか酷くなる一方だ。こんな事したくない。にもかかわらず、身体は恐怖感で従順になってしまい。両手がギアを顔の前まで持ってきていた。


「おい」

「え? ぶべぁっ!?」


 その時だった。誰かが後ろから連中の一人を殴り。本当に飛ばしたという表現がふさわしく、殴られた奴は宙に浮き、落書きがされたコンクリート壁に激突した。


「え……」

「お前ら、まだこんな事やってるのか?」

「…げっ!? カっ…カルロスさん!?」


 褐色の肌に堀が深い顔。ヴァンドームの制服だけど、アジア系の顔立ちではない。留学生? それとも外国系の移住者? どちらもこの学校には一定数いる。

 ドレッドヘアを頭頂部で束ねた髪型。を肩や胸板が制服越しにわかるほど大きく発達している。コイツラのリーダー格だったピアスの男も大柄だったが、カルロスと呼ばれたこの男は更に大きかった。


「こめっとか聞いてないのか? 〈六華仙〉の名を汚すやつは家族ファミリーから除名するってよ?」

「は、はい…… だからこうして舐められないように普通科モブに教育を…」

「何にもわかってねえなお前ら!!!」

「ぐげぇっ!?」

「ごふっ!?」

「ぎゃんっ!?」


 打撃打撃打撃。あっという間にオレと、カルロスというこの男以外の全員が、地面に突っ伏していた。


「はずせ?」

「はい……?」

「全員、ピアスとネックレス外せっていうんだよ。お前らは家族ファミリーでも何でもねえ!!」


 さっきまでオレの両手がそうだったように、連中はガチガチと震えながら耳や首元をいじり始めた。そして取り外したハート彗星の形をしたピアスやネックレスを、恐る恐るカルロスに手渡す。


「返してほしければ、今までやってきたことをよーく振り返って、こめっとにびにいけ、いいな?」

「は、はい……」


 よく見たらカルロスの耳にも同じ、ハート彗星のピアスが付いていた。コイツも石動の取り巻きの一人なのか。


「カルロス!!」


 そこで、もう一人公園の中に入ってきた。今度は女の子だ。


「よう、マリア」

「終わったの?」

「ああ」


 カルロと同じ褐色の素肌と黒髪。出身地が同じなのかもしれない。そしてその耳元にはやはり同じデザインのピアスが光っている。


「このっ!」

「い痛ぇっ!?」


 今度はマリアと呼ばれたその子がカルロのすねを蹴った。


「何すんだよ!!」

「こっち側での家族ファミリーの監督はオマエの役目だろ? わかってる? 最近評判悪いんだよ?」

「わかってるっての、だからこうして……」

「なら、普通科巻き込んだりするなよ!」


 マリアはオレの方を見た。


「ごめんねキミ、立てる?」

「あ、ああ……」


 オレはゆっくりと立ち上がる。


「今日のことは本当にごめんなさい。言い訳かもしれないけど、石動こめっとの家族ファミリーが全員、こういう訳じゃないから」

「………」

「また何かされたら、いつでも相談に来て。ワタシはマリア・ナスルタータ。昼休みは、共用棟の学食にいるから」


 マリアはそう言い残して、カルロスとともに立ち去っていった。それを見計らって、取り巻き連中もすごすごと公園を後にする。オレの顔を全く見ずに退却していった。それは幸いだった。


「……ちくしょう」


 オレはなぜか泣いていた。奴らに囲まれた恐怖心からではない。


 悔しかった……ただただ悔しかった。

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