5-2 協力者

「はっ! たぁっ!!」

「…あ痛っ! やったなぁ、こいつっ!!」


 二人を挟むように3Dディスプレイが置かれている。その中では、二人が操作する格闘家が戦っている。『アンダーグラウンドアリーナ LDR』は、SEEFのサービスが始まるより前に、LDRブームの火付け役となった格闘ゲームだ。

 まだ、SEEFのような巨大ネットワークは用意されておらず、LDRギアでアクセスできるのは2名まで。観客はこうして現実世界からディスプレイ越しに、格闘戦を見る。


「あチクショ!」

「やったー勝ちぃ!!」

「いやぁ~先生ウマいっすね!!」


 私物のLDRギアを取り外しながらアカサカが言う。ちなみに普通科の生徒は校則でLDRギアの持ち込みが禁止されている。


「うんうん! アタシも少しずつLDRのことがわかってきたからね!!」


 最高級モデルのゴーグルを外し、シートから上体を起こすサツキさん。立場上、アカサカのギアを見たら即叱らなきゃいけない人だけど、そんな事お構いなしで、かれこれ30分、ゲームに興じている。


「けど、やっぱ芸能科のセンセーが使ってるギアは違うなぁ~。ねぇセンセー、ちょっとだけ座らせて!」

「ダーメ。そうだな~アタシに3回勝ったら考えてあげてもいいけど♪」

「マジっすか!! よっしゃー、じゃあ続きやりましょう!!」

「ストップ!!」


 このままだと永遠にゲームをやってそうな二人を、久能の声が呼び止めた。


「なんだよ久能? 邪魔すんなよ?」

「そもそも、なんでアンタ達がここにいるのよ?」


 ここはサツキさんのオフィス。以前と同じく、共用棟の通路に人がいないことを見計らって、サツキさんが僕たちを招き入れた。サツキさん曰く、Pトレーサーを使いたい久能が連日通い詰めたおかげで、人気のないタイミングが分かってきたらしい。

 けど、今日は僕と久能だけじゃない。アカサカとホリキの二人もいる。


「なんでって、オリベに誘われたからさ、ギア持って教員室等に来いって」

「ふーん…オリベくん?」


 どういうことだ、と久能の鋭い視線が僕を突き刺す。


「これからの作戦を立てていく上で、コイツらにも協力してもらいたいんだよ」

「作戦? 何の話だ? いい加減説明しろよ。編入生コイツのことも」


 そう言ったのはホリキだ。芸能科を心底嫌っているこいつは、軽蔑しきった目で久能を見ている。


「何よアンタ?」


 その目線が不快そうな久能の声。一触即発と言った雰囲気だ。


「あーあー、ちょっと待て。今説明するから」



      *     *     *



石動いするぎこめっとを……」

「倒す………?」


 アカサカとホリキはあんぐりと口を開けて、僕の話を聞いていた。久能のかつての正体が炎浦ほのうらイオンだという事には触れず、ただ久能が作った新しいアイドルで石動と勝負しようとしていうる事だけを説明した。


「………というわけなんだけど」

「面白いじゃねえか! 俺たち普通科が〈六華仙〉を倒す。やってやろうぜ!!」


 アカサカは思った以上の反応だった。なんだかんだ言ってホリキ同様、やっぱり腹に据えかねるものがあったんだろう。


「で、石動をブチ倒すのに、なんでコイツラが必要なわけ? 何の役に立つの?」


 久能は、値踏みするような目で二人を見る。クラスメイトとはいえ、久能は芸能科からの編入生あぶれもの。教室では、腫れもの扱いだし、久能自身も他の生徒のことなど歯牙にも掛けていない。


「アカサカはさ、LDRゲームのガチプレイヤーなんだよ」

「アグアリSEEFなら国内ランカーだ! LxLxLエルキューブとも何回か戦った事あるぜ!」


 得意満面のアカサカ。『アンダーグラウンドアリーナ SEEF』は、SEEF内でサービスしている格闘ゲームで、今コイツとサツキさんがプレイしていたアグアリLDRの発展版にあたる。

 2Dディスプレイ時代からの老舗格闘ゲーム『アグアリ』シリーズの最新作で、プレイヤー人口1億人とも言われる大人気タイトルだ。アカサカはその公式戦に何度も出場していた、小規模な大会では優勝経験もある。


「えっ! ウソ!! そうなの!?」


 サツキさんが驚愕する。遅まきながら、自分が接待プレイを受けていたことに気がついたらしい。少なくとも、つい最近までLDRに触れたことがなく、部屋に大穴をあける人が勝てる相手ではない。もしアカサカが本気で勝負したら瞬で終わるだろう。


「3勝したら、ですよね? よろしくセンセー」

「ううっ……」


 アカサカは、すっかりサツキ先生を気に入ったようだ。ウワサの美人でノリの良い先生と仲良くゲームが出来て、嬉しく仕方ないんだろう。それに対して……


「悪い、オレは帰る」


 ホリキはカバンを掴んで立ち上がった。


「あ、おい!?」

「アカサカもオリベもなんなんだよっ!!」


 怒鳴るようなその声は広い個室オフィスを震わせた。


「……コイツは『編入生』なんだぞ!! それにその先生は……芸能科の人じゃないか……っ!!」


 「裏切り者!」 ホリキの僕やアカサカを見る視線が、そう言ってるように感じた。


「ホリキ、あのさ……」

「じゃあな」


 何かを言いかけるアカサカを無視して、ホリキは部屋を出ていく。


「なんなのアイツ……?」


 事情を知らない久能は眉をひそめた。


「オリベ、あいつはまぁ……仕方ないよ」

「……かな。アイツにも協力してほしかったんだけど」


 

      *     *     *



 裏切られた!! それも、この高校で唯一の味方だと思ってたオリベとアカサカに!!


 駅に向かって、学校の塀沿いの長い道をひとりで歩く。この塀の奥は芸能科。あの忌まわしい芸能科の連中がいる。二人とも置いて帰るのは久しぶりだった。

 オリベは最近、何故か忙しそうに帰ることが多かったけど、アカサカとはゲームの話をしながら、毎日この道を歩いていた。。


 二人とも、SEEFに入り浸るタイプの人種なことは知っていた。けど、オリベは映画ドラマオタク、アカサカはゲーマーだ。二人は二人なりのSEEFの遊び方を知っていた。だからLDRギアそのものに惹かれているオレと波長が合った。


 最悪な高校に入ってしまったけど、この二人がいればそれなりに楽しくやっていける。そう思ってたのに、今日の二人はどうだ? オリベはいつの間にかウチのクラスの編入生と仲良くなってるし、アカサカは芸能科の先生相手にデレデレだ。


 おまけに石動こめっとを倒すなんて、無邪気な話をしている。オレが石動の取り巻きにどんな目に合わされたか忘れたわけじゃないだろうに……


「あれぇ? ホリキくんじゃーん」


 体がこわばる。その声。忘れようがない。振り返ると思ったとおり、芸能科のが立っていた。


「今日はお友達いないの?」

「ちょうどいいや、ちょっとさ一緒に遊ぼうよ?」



 





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