第5話 生きて、笑って、愛して

5-1 クールなゴリラ

 アイドルと言えば、ついつい美男子美少女を連想してしまう人も多いかもしれない。そういう意味では、をアイドルに分類しない人もいると思う。

 けど僕の考え方は少し違う。多くの人を魅了し、愛される対象となっているなら、それはまさしくアイドルだ。そもそも、それ以前にSEEFでは誰が何を名乗ったって許される世界。アバターの造形でカテゴライズするなんてナンセンスだ。


『ということで、NAOMASA撃破、無事成功したぜ!! 見たかオイ!?』

>>オマエの手柄じゃねーだろ!!

>>ツラの皮が厚いゴリラだな

>>一緒に戦ってた女の子誰?

>>まさしく美女と野獣だった

『好き勝手いいやがるなオイ!!』


 ここは、クールゴリラことLxLxLエルキューブのライブルーム。関ケ原の激闘の様子を再生しながらのトークショー中だ。

 彼が何かを言うたびに、漫画の吹き出しのような図形が彼に向かって飛んでくる。この図形がファンからのレスポンスだ。吹き出しが彼にぶつかると、ポンッと弾けて、その中からコメントが表示される仕組みになっている

 そのコメントのほとんどが、情け容赦ない彼へのダメ出し。けど彼の場合、それこそ愛されている証拠だ。


>>スタートと同時に絶叫しながら突撃するプレイのどこがクールだよ?

『それはオマエ、アレだよ………。楽しくなっちゃったんだよ…!』

>>それでこそクーゴリ!!

>>いいいんだよ ゴリラはそのくらいが丁度いい

『だーかーら! クーゴリ言うなっての!!』


 野蛮そうな外見とは裏腹に「クールでスマートな攻略で魅せる」というのが彼のゲーム実況の売り文句だ。けど、実際には途中でアタマのネジが外れ、その巨体を活かしたパワープレイに終止するのが定番パターンだ。

 その様子を揶揄やゆして付けられたあだ名が「クールなゴリラ」、縮めて「クーゴリ」だ。


>>そもそもクーゴリ、今日はソロプレイでExイベ攻略するんじゃなかったのかよ?

>>ほんとそれ。なに美人とちょっといい感じになってるんだよ?


 今日のコメントは、彼のチャンネル名物のイジられ芸だけじゃない。共闘していた謎の女剣士の話題もちょくちょく出てくる。


『いや、たまたま一緒だっただけなんだけどさ、なかなか熱いプレイするよなアイツ』

>>マジでゴリラより活躍してた

>>クーゴリ、熱い美女に敗北

>>ミヤコちゃん超カワイイ!!もうミヤコちゃんいたらゴリラ抜きでいいよ

>>クーゴリもたまには熱いプレイしてみせろよ


 これは思わぬ収穫だった。LxLxLエルキューブと協力プレイをした謎の女剣士として、ミヤコの名前はすでにゲーマーの間で広まっている。いい傾向だ。何もしなくてもLxLxLエルキューブがミヤコについて語るだけで、ミヤコのプロモーションになる。


>>あんま鼻の下長くしてると、また妹ちゃんに叱られるぞ

『ちょっ 怖いこと言うなよ……大丈夫、アイツはコレ系のゲームには興味ないし、まだ今日のことは知られてないって』


 そして、何より……


『お兄ちゃん! ぜーーんぶ見てたからね!!』


 野太いLxLxLエルキューブの声とは明らかに違う、幼なげな舌っ足らずさが残る少女の声が響き渡った。


>>キターーーーーーーー!!!!!

>>いもうと!!!

>>妹降臨!!

>>こめっとちゃん待ってた

>>謎の女剣士 VS 石動こめっと きたな

>>案の定の妹降臨

>>コレを待ってたんだ!


 投げつけられるコメントの数が一気に増える。LxLxLエルキューブの姿が埋もれて見えなくなるほどの吹き出しの嵐。それらが次々と弾け、文字が入り乱れ何がなんだかわからなくなる。


『ちょちょ…みんな、すとーーーっぷ!!』


 幼い声の号令にピタリとコメントが止まる。吹き出しが全て弾け、コメントの表示も消えると、そこにはLxLxLエルキューブの他にもう一人立っていた。

 背丈は130cmくらいか……巨漢のLxLxLエルキューブの隣に立つと、半分くらいしか無いように見える。茶色いくせっ毛のショートヘアの上に、ちょこんと乗るベレー帽。襟元にフリルのついたピンクのワンピース。

 そしてなぜか手にしている乗馬用のムチ……。


 そう、彼女こそが何よりの収穫だった。〈六華仙〉の一人にして「全SEEF民の妹であり娘であり孫」こと、石動いするぎこめっとだ。


『まったく!ちょっと美人さんと、なかよくなれただけでデレデレしちゃって!!』

『いや、こめっと……これはだな』

『もんどーむよう! お兄ちゃんはわたしだけ見てればいーの!」


 ムチの先端でLxLxLエルキューブの顔をぺちっとたたく。


『いてっ!』

>>そうだそうだ!

>>こめっとちゃん、もっと言ってやって!

>>こめっとちゃん、お兄ちゃんの教育なってないよ

>>クーゴリは反省して

『お、お前らなぁ~!』


 幼いしっかり者というキャラクターで巨漢をタジタジにする。この寸劇めいた二人のやり取りも名物化している。


 すべての人の妹や、娘や、孫として振る舞うため、石動が「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ぶアイドル達……いわゆる「こめっとファミリー」はSEEFアイドル界の一大勢力だ。(先日、普通科のカフェテラスに乗り込んできた連中は、その末席というわけだ)

 けど、そんな中でもLxLxLエルキューブは別格だった。この凸凹コンビは、石動が〈六華仙〉に名を連ねるよりも前からの付き合いなのだ。


 つまり、ミヤコとLxLxLエルキューブに接点が出来たということは、石動こめっととの接点を作ったに等しい。

 いくら久能の実力が確かでも、〈六華仙〉に近づくまでが長く難しい。僕はそう思っていたので、久能の引きの強さに感心せずにはいられなかった。(これが『持ってる』というやつなのか…?)



『マスター、ミヤコ様から伝言です』


 TEIKAの声。そんな強運の持ち主から、メッセージが入っようだ。


「OK、周りの観客に聞こえないボリュームで再生して」


 嫌な予感がする。半分アウェイなこの場で誰かに聞かれると、面倒くさいことになりそうだ。


『明日の放課後、先生のオフィスに集合! さーて!石動ぶっ潰すよ! いやー!楽しみ!!』


「はぁ……」


 ほら見ろ、やっぱりだ…。僕は思わず額に手を当て、ため息を付いた。

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