4-6 死線! 島津の退き口


ァッ!!」


 ミヤコの刀が一閃すると、騎馬武者はドサリと馬上から崩れ落ちた。


 再び関ヶ原。ミヤコは前回と同じく、騎馬武者を相手に戦っていた。けど、前回僕が「かなり良かった」と思った動きがお遊戯に見えるほど、彼女の戦いぶりの美しさはアップしていた。

 軽やかに飛び跳ねながら刀を振るう。さながら剣舞を見ているようだ。


 しかもそれは形だけではない。「落馬させてからトドメを刺す」という攻略法が確立されている騎馬武者をすでに10体、美しい舞で倒している。さらに前回、苦戦を強いられたあの化けガラスも4匹倒し、本日の撃破数ランキングにも名前が乗っている。


「オマエ、どうしたんだ!? 見違えたぞ!!」


 後ろから声がした。上級アイテムの兜と刀で思い出した。前回、僕らの戦い方に不平を漏らした、あの武者だ。


「無駄口叩かない! そっちの2体は任せた」


 ミヤコは刀を振りながら言う。


「おおっと悪りぃ!!」


 武者は言われたとおり、ミヤコが討ち漏らした2体の敵に立ち向かっていく。彼が装備する刀は『斬馬刀』。通常の刀よりも遥かに長大なものだったが、彼自信がかなり大柄な体格であるため、サイズ感が合致して普通の刀のように見える。


「ぬん!!」


 彼が斬馬刀を一振りすると、敵2体の馬が同時に撃破される。敵武者が落馬すると、即座にその巨体でのしかかり、一瞬でとどめを刺す。そこから流れるように、もう1体の敵も処理する。玄人の戦い方だ。


セイッ!!」


 一方、ミヤコはアクロバティックな動きを繰り返し、敵を翻弄しながら派手な剣舞で撃破している。気がつけば、二人周囲には敵が近寄らず、広い空間が出来ていた。


「すごい……」


 あの大男の武者はともかく、ミヤコは何なんだ? Pトレーサー使うだけでこんなに動きがよくなるものなのか…?

 それとも、たった2回のプレイで要領をつかめる天才ゲーマーの素質が久能に合ったということか…?


「ん? 2回………なのか?」


 ふと、一つの可能性が思い浮かんだ。久能はPトレーサーに動きを覚えさせるからと、土日含めた4日間、サツキさんのオフィスに通っていた。つまり、前回のプレイは5日前の事だ。


「TEIKA、ミヤコのVoGの総プレイ時間わかる?」

『はい、現時点で53時間36分22秒です』


 サポートAIが応えた数字はぎょっとするものだった。5日で53時間、間に土日が入ってるとはいえ、ほぼVoG漬けの5日間じゃないか……。


『やるからにはトップ。だからアタシは〈六華仙〉なの』


 かつての炎浦ほのうらイオンの名言録の一つを思い出す。5日前、久能はゲームを利用してのイメージ作成に、明らかに乗り気ではなかった。それでも、一度やると決めたらとことんやる。それが彼女を〈六華仙〉たらしめた矜持きょうじか……



      *     *     *



 ミヤコと大男が奮戦したとはいえ、8万 VS 8万の大会戦の中ではごく局地的なものに過ぎない。今日の戦況は、僕たちが属する西軍の中から裏切りが続出し、東軍が勝利しつつあった。ほぼ史実通りの展開だ。


 やがて、西軍本陣の陥落を知らせる法螺貝が、戦場に響き渡る。ゲームの終了は近かった。


「おつかれ、ミヤコ。おかげでメチャクチャいいがたくさん撮れたよ。そろそろ撤収……」

「このままExミッションに突入する」

「え… ミヤコ? ちょっと!?」


 ミヤコは走り出した。僕から離れすぎるとTEIKAはミヤコのデータを収録できない。急いで彼女の後を追った。


「お、オマエたちもExミッションに挑戦するのか?」


 さっきの大男だ。いつの間にか装備しているアイテムがグレードアップしている。敵軍から奪い取ったのか、斬馬刀の他にもたくさんの武器を背中に背負っていた。


 丸に十文字の旗印が、光を放っている。アレがExミッションのエントリーポイントだ。史実通り西軍の本陣が陥落すると、このミッションが発生する。


 史実では、西軍が敗走し、この旗印を用いている部隊・島津家は戦場で孤立。彼らはこの死地から脱出するために、あろうことか東軍の本陣に向かって突入したらしい。

 Exミッションは、そんな世界一アタマのおかしい撤退戦「島津の退き口」を再現したものだ。


「ちょっミヤコ、本気?」

「ここまで来たらやるっきゃないでしょ! 負けたとしても、これまでの報酬がゼロになるだけ。でも、アタシたちはゲームをしに来てるんじゃない。違う?」


 たしかに、この先ずっとこのゲームをやるわけじゃないんだからリスクは無いも同然だ。けど……


「キミ、かなりやり込んでたでしょ。その実績がゼロになるのはもったいないんじゃ…」

「……小さっ!! そんなマインドで〈六華仙〉の座なんか取り返せるわけないじゃん!!」

「…………」


 何も言い返せない……。


兵児へこども! ここで死にやんせ!! 島津の軍法、東軍に見せつけっときぞ!!』


 NPCの大将『YOSHIHIRO』の号令が合図となり、Exミッションが始まる。


「うおおおおおおーーーー!!!!」


 真っ先に飛び出したのは、あの大男だ。向かう先は東軍の中心部。ずらりと整列している騎馬武者は巨大な壁のように見える。大男は背中に背負った何本もの武器から巨大な金棒を選ぶと、それをぶん回しながら壁にぶつかった。


「アタシだってぇーーーっ!!!」


 ミヤコも吸い込まれるように敵兵の壁に突撃していく。僕も後を追うけど、敵を倒そうとしてはならない。僕が撃破されれば、その時点でミヤコを記録することができなくなる。敵の攻撃を必死で交わし続けるのみ…!


「うわっ! うおっ!? ひえっ!!」


 我ながら情けない声と動き……。他の参加者は。コイツは何しにこのミッションに参加してんだと思ってるだろう。けど、断言する。今の僕は、この場の誰よりも真剣だ!!!


 出現する敵の鎧の色が変わった。開戦時にぶつかる部隊と同じ、真紅一色の騎馬隊。


『勝ち戦におごるな!!万一殿が討たれれば、この戦、我らの負けぞ!!』


 赤い軍団の中から長大な角飾りを兜につけた、鬼のような武将が飛び出してきた。あれが、このミッションのボスキャラ『NAOMASA』だ。


「ボスキャラもらったぁーーー!!」


 大男の金棒が、ボスにめがけて振られる。が、赤い鬼は手にした槍でそれを受け止め、跳ね返した。金棒はその反撃でひしゃげ、消失ロストする。大男は得物を斬馬刀に切り替えて、鬼の反撃を受け止める。


 力と力の応酬。ほぼ互角の戦い。いや、わずかに大男が押され始めている? 『NAOMASA』は凄まじい手数で攻撃を繰り出し、大男はそれを受け止めるのが精一杯のようだ。


「いまだ、やれえっ!!!」


 けど、そこで大男は叫んだ。素早く背後に回る躑躅色つつじいろの影。


アアァァッ!!!」


 ミヤコの白刃が、『NAOMASA』のうなじに突き立てられる。撃破。赤い鬼の身体が爆散し、大量のアイテムが周囲にばらまかれた。



      *     *     *



「オマエ、やるじゃん。あのミッションに初参加で『NAOMASA』を討ち取ったヤツ、初めて見たよ!」

「アンタが譲ってくれたおかげよ」


 大男とミヤコは拳を突き合わせ、互いの健闘を称える。ミッションは見事に成功。参加者の半数以上が撃破される激戦の中、二人は成績ツートップでクリアした。


「またオマエとプレイしたいな。いや、今度は対戦でも良いかも!」


 そう言いながら、大男は兜を脱いだ。


「え? 」


 僕は目を疑った。灰色がかった緑色の素肌。サイドが刈り上げられた白いモヒカン頭。同じく白く太い眉。その下にはどこか愛嬌のある大きな瞳。キングサイズのハンバーガーを一口で食べられそうな巨大な口には八重歯が一本光っている。

 怪物じみた…というより怪物そのものの顔は、ぱっと見、RPGのやられ役にしか見えないが、八重歯を見せながらニカッと笑った表情は、不思議と人懐っこさを感じてきつけられてしまう。

 ひと目見たら忘れられない顔……。だから当然、僕の脳内のアイドル名鑑からも、即座に名前が出てくる。


「アンタは…LxLxLエルキューブじゃないか……?」

「おっ!? オマエ、オレのこと知ってるの? 嬉しいなぁ」


 知ってるも何も大物だ。ゲーム実況界隈で知らない人はいないと言われる、人気実況師ライバー。そして〈六華仙〉の一人、石動こめっとが「お兄ちゃん」と呼んで慕う、男性アイドル、LxLxLエルキューブその人だった。

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