4-3 キャラメイク

「和ロックぅ?」


 久能くのう侑莉ゆうりが新たに作るアバターの方向性。TEIKAの提案は意外なものだった。


「確かに昔からあるジャンルだけどさ、今の流行りじゃなくない?」

「久能様の言う通り、明確に和ロックを売りにしているアイドルは、今現在ほとんどいません」

「それだけに狙い目だってことか? けども……」


 〈六華仙〉に喧嘩を売ることを目標としているんだし、流行に迎合して小粒なアイドルになってはならない。ただ、流行からあまりにも外れすぎて、ファンから相手にされなかったら元も子もない。


「コレを見てください」


 TEIKAが手をかざすと、無数の四角形が空中に現れた。四角のひとつひとつの中ではアイドルが、歌い踊っている。現在活動中のアイドルたちのMV。その知名度は〈六華仙〉クラスの有名どころから、一回見た程度の弱小アイドルのものまで様々だ。


「過去3ヶ月の間に、マスターが要チェックと感じ、実際に再生数や注目度が上昇したアイドルたちです。彼らの曲には共通点がございます」

「共通点?」

「曲の一部に、ヨナ抜き音階を使用しています」

「よなぬき……?」


 聞き慣れない言葉が自分のサポートAIの口から飛び出して戸惑う。


「超簡単に説明すると、四番目と七番目、つまりファの音とシの音が抜かれた音階で構成された曲ってこと」


 さすが芸能科。久能は即座に、僕でもわかる説明をしてきた。


「ド・レ・ミ・ソ・ラ・ド~♪ ってね。 これは日本音楽の伝統的な音階。ヨナ抜きを使った曲は和風のテイストが出ると言われてるの」

「つまり、明確に『和』をテーマにしたアイドルはいないけど、それっぽい雰囲気の曲を出しているアイドルが今増えてるということ?」

「アタシも言われるまで気づかなかったなー。確かにこの子の曲のサビなんか、メロディだけ抜き出すと、三味線や和太鼓でミックスできそう」


 久能はMVに顔を近づけながら言う。このMVのアイドルたちはそういう事を意識しているのか?

 確かに意図的にその音階を使う人もいるだろう。けど、多くのアイドルはAI任せだと思う。今は、理屈を知らなくてもテクニックが使える時代だ。


「キミ、AIに良い教育させてんじゃん! 流行曲ばかり聴いてるファンのAIじゃ、なかなか提案してこないよ、こんなの」

「まぁ……それだけが取り柄みたいなもんだしね」


 たとえ、どんな無名なアイドルの歌でも、どこかしらに良いところがある。そう考えるのが僕の信条だった。少なくともアイドル本人が気に入っていなければ、この世に出ることは無いはず音楽なのだから。

 ならば、その良いところをすくい取るのが僕のようなドルオタの役割だろう。そういう思いで、色々なアイドルを歌を聞き続けた結果が、TEIKAを教育していたということか。


「OK、和テイストが受け入れられる下地があるのなら、その方向性でアタシは構わない。ならこっからはアタシの番ね!」

「君の番?」

炎浦ほのうらイオンの〈ソウ〉が何だったかくらい覚えてるでしょ?」


 炎浦イオンといえば、衣装系の〈ソウ〉だ。AIに頼らず、華やかな舞台衣装の数々を生み出す、それが炎浦の……つまりは久能侑莉の能力だ。


「あの衣装、本当に君が作っていたの?」

「なによー? 疑っているわけ? 確かに、部分的にAIに任せるようなこともあったけど、基本的にはアタシの頭の中身を具現化しただけよ。まぁ、見てなさい」


 そう言うと久能は目をつぶる。


「テーマカラーは…そうね。イオンが赤だったし、同系統……萩色はぎいろとか躑躅色つつじいろみたいな、ピンクがかった赤がいいかな? そこに本紫ほんむらさき……あとは差し色に黄金色こがねいろを加えて……」


「これから夏だし、やっぱり浴衣モチーフよね。だけど帯には遊びを加えて……それに下はスカート…素材は思い切ってレザーにしてパンクテイストに……」


「ブーツもレザーで。けど、金魚の刺繍を加えて浴衣との相性を整えて……そうだ、靴紐は真田紐さなだひもとかどうだろ? あ! 真田紐ならやっぱり刀は欠かせないか……」


 自分自身と対話するように、独り言を繰り返す久能。こうやってイメージを固めていってるのだろうか…?


「………うん。だいたいOK。あとは生成しながら考えよう」


 久能は目を閉じて深呼吸をする。そして…


「アバターデザイン開始!」


 かっと目を見開くと同時に久能の身体が光に包まれる。赤紫色の光の粒子が発生し、発光する久能の身体に吸い込まれるように集中していく。


 光の粒子はやがて、形をなしていく。久能がつぶやいていた言葉の通り、浴衣を着崩して装飾を付けたようなデザイン。

 帯は背中で大きなリボン型を作り、両端は大きく垂れ下がっている。スカートとブーツはレザー製だが、刺繍や靴紐には確かに和のテイストが感じられる。

 腰には大小二振りの刀を差しており、その刀のさやにも黄金色のラインで金魚があしらわれている(たしか蒔絵まきえと言うんだっけ、こういうの…?)


 変化したのは衣装だけではない。身長と顔立ち、そして髪型も、実在の久能侑莉とは別人となっていた。

 身長はかつての炎浦イオンと同じく長身。まつ毛は長く鼻も高くなっているが、炎浦に比べると若干おとなしめの顔立ちだ。ただ、目元にしゅのアイラインが入り、見ようによっては炎浦よりも派手なメイクとなっている。

 髪は黒髪のままだが、長く後ろで束ねられている。ひと房額にかかっている前髪には衣装のメインカラーと同じ濃いピンク色のメッシュが入っている。


「……ミヤコね」

「は?」

「今ぱっと頭の中に浮かんだの。この子の名前は『ミヤコ』にする!」


 久能侑莉 改め 新アイドル・ミヤコは衣装の出来栄えを確認するように、体の各所を眺めている。


「すごいな……これ頭の中のイメージを一発で出力したのか……AIの補助なしに?」


 目の前で発揮された〈ソウ〉の力に、僕の心臓は高鳴っていた。たとえ中身がどんなヤツでも、アイドルと呼ばれる者たちはやっぱりすごい!面白い!!


「細かい所は、この後調整していくけどねー。まぁこんなもんでしょ? さぁ! あとは曲を決めて、本格的に活動を開始していくよ!!」

「あ、その前に一ついい?」

「え? 何よ?」

「それを見てちょっと思いついたことがあるんだけど……ついてきてくれる?」


 僕は、彼女の腰に光る二振りの刀を指差しながら言った。



      *     *     *



"時は慶長五年 九月十五日 豊臣政権を支配し、天下に王手をかけんとする徳川家康率いる東軍八万八千と、亡き太閤が築き上げた秩序を守らんとする、石田三成率いる西軍八万五千は、ここ美濃国関ケ原に集結し、今まさに雌雄を決しようとしていた……"


 何処からともなく聞こえるナレーション。周囲を見渡せば、開戦のときの声を今か今かと待ち構える荒武者たちが、地を埋め尽くしている。前方は霧がかかっていて何も見えないが、その霧の奥には同じような武者たちがずらりと整列しているに違いない。


「ちょ……ちょっと、いきなり何処よコレ??」


 ミヤコは怪訝そうな目で僕を問い詰めてくる。


「どこって、関ヶ原だけど?」

「そういう事聞いてるんじゃない! 一体どういうつもり!?」

「それは……」


 僕が答えようと思ったその時、ブォオオオ~~~っと法螺貝の音が大音量でこの平原に響き渡った。ほぼ同時に巻き起こる怒号によって僕の声はかき消された。


 SEEF内で、日本史上最大の戦い『関ケ原の合戦』が再現されようとしていた。



 

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