第4話 反攻の狼煙をあげる
4-1 人のハンドルネームを笑うな
「はぁ……」
最悪の夜の翌日、僕とサツキさんを有無を言わさずに屈服させた
「はぁ………」
もう一度ため息。何だってこんな事に……。僕はストライプの布でしっかりと目隠しされている大穴に背中を向け、四畳半の半分近くを占めるベッドに体を横たえた。
枕元の専用スタンドに立て掛けていたLDRギアを手にとって目の上に乗せるように装着する。
顔面への接触を自動感知したゴーグルは、『ウィーン…』という小さな駆動音を立てながら4本のアームを伸ばし、両耳と、それより少し上の頭の左右を押さえた。この4本のアームが、僕の脳に信号を流し、思考が実体化する夢の空間へといざなう。それが、
説明書によると、この時ゴーグルの前面に入ったスリットが虹色に発光するらしいけど、両目を塞がれているのでそれを確認しようがない。(一体誰のための機能なんだか……ほとんどのメーカーが出しているモデルで、この手の発光機能が付いているけど意味あるのか…?)
数秒後。ピリッとした痛さとも痒さともつかない、かすかな感覚が頭全体を覆ったかと思うと、落下するような感覚に襲われる。もちろんベッドの底が抜けたわけではない。もっと抽象的な感覚。魂だけが何者かによって掴まれ、身体から
最初にコレを味わったときは、恐怖感を覚えたものだ。コレが理由でLDRができないという人も多い。
暗黒の世界に光の粒子が集まり、目の前で文字列を形づくる。
SEEF
-Supremacy Experience by Embodied Fancy-
……やがて光に目が慣れてくると、自分がセラミックと金属のパネルで覆われ、無数の3Dディスプレイが発光している空間が僕を迎え入れる。いつもと同じように、僕は『ギャラクシアスローン』のブリーフィンフルームに立っている。
* * *
「アッハッハハハハっっ……! ハウンド・マウンド……やっぱり……か…かっこいいーーっ!!」
「うるせー!! 人のハンドルネームは笑うなって小学校で習っただろぉ!!」
久能は時間通りにやってきた。そして、僕頭の上に表示されたハンドルネームを見て大爆笑している。
その姿は、久能の顔写真をスキャンして作られた素顔と、初ログイン時に付与される、某ファストファッションブランドのシャツとパンツという、ごく簡素なデフォルトアバターだ。
僕のように(というより殆どのSEEFユーザーのように)顔写真をAIでミクスチャーして別人の姿に仕立てるようなこともしていない。
「い、いや、本当にカッコイイと思うよ。本当だって」
涙を拭いながら久能は言う。絶対ウソだ。やっぱり、登録名を変更しておくべきだった。14歳特有の言語センスは、17歳のそれとはだいぶ違う。
「マスター、この方は?」
直前にTEIKAに僕の呼び名を変えさせていたのだけは幸いだった。もし、コイツが「ハウンド・マウンド様」と呼んだら、久能はそのたびに爆笑するに違いない。
「ああ、しばらくこのスペースを共用することになった。名前は…えーと」
「どうせすぐ変えるけど、とりあえず本名は久能侑莉。よろしくね、AIさん」
「久能様ですね、よろしくおねがいします。サポートAIのTEIKAと申します」
白い軍服を着た少女の姿をしたAIは深々と、久能に頭を下げる。
「えっ? TEIKA??」
久能が目を丸くする。
「そうです……けど、それがなにか?」
TEIKAは首をかしげた。
「ちょっと! なんで一般人のキミが、プロ仕様のAIなんて持ってるのよ?」
「な、なんでって……アイドルの情報集めたりするのに便利だから……それに、エントリープランなら、学割適用すれば僕でも支払える額だし…」
SEEFのサポートAIには色々なタイプがあり、それぞれ得意分野がある。戦争ゲームをメインにやるユーザーなら戦況分析の機能がついたAIを使っているし、ドラマや映画を楽しみたいという人は様々な角度から作品を勧めるキュレーションAIを使っている。
そして僕が使うTEIKAは、芸能特化型のAIだ。僕にとっては情報収集能力しか必要なかったけど、バージョンアップさせれば本格的な作曲やライブ演出、衣装制作の支援が出来る事は知っていた。
「かーっ!! 宝の持ち腐れにも程があるわ… アタシがこの子のポテンシャルを教えてあげる」
そう言って久能は、TEIKAに歩み寄った。
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