3-5 うんざりなんだよ

「……と、まぁ、そういう事よ」


 久能くのう侑莉ゆうりはそう言って、この高校の生徒会、そして〈六華仙〉の内情の告発を締めくくった。


「なるほど…二代目か……てことは、もしかして他の〈六華仙〉も?」


 中身が入れ替わっている。『芸能科の生徒』と『SEEFで活動するアイドル』を紐付ける情報を、生徒会長しか持っていないとすれば、ありえない話じゃない。


「さぁ? それはわからない。個人的にはありえないと思っているけど」

「というと?」

「このひと月、アタシのイオンは何事もなかったかのように活動を続けている。ラジオは毎週放送されているし、週末のイベントにも顔を出している。何の問題もなく」


 久能はまっすぐ僕の目を見つめてきた。僕は思わず目をそらしそうになる。炎浦ほのうらイオンは言うまでもなく美少女だけど、現実世界の久能侑莉も美形だ。黒く大きな瞳に見据えられると、吸い込まれそう感覚になる。


「オリベくん。今のイオンの違和感に気づいたのは、キミだけなの。アイツは、世界中をだまし続けてる。トップアイドルになりすまして一ヶ月平然といられる人間なんて、芸能科にだって何人もいるはずがない!」

「それじゃあ、例えばAIが動かしているとか?」


 芸能科のサーバーには、これまでのアイドルの活動記録が蓄積されているはずだ。当然その中には炎浦イオンのものもある。そのデータをAIが学習すれば、中の人なしに炎浦を動かすことも出来るのでは?


「それも考えたけど……あそこまで克明に再現できるAIなんて聞いたことない。仮にそうだとしたら、相当な学習と調整を繰り返さないと……クルマを自動運転させるのとはワケが違うのよ」

「そりゃまぁ確かに……」

「ともかく、AIだろうとウチの生徒だろうと、勝手にイオンを動かしている現状が許せないの…! あの子はアタシのものなんだから……!」


 炎浦の肩が小刻みに震えている。視線を落とすと、彼女のこぶしが強く握り込まれているのに気づいた。華奢きゃしゃな腕に、ぎょっとするほどくっきりと血管が浮き出ている。今にも自分の爪で手の平を貫いてしまいそうな、そんな握り方だ。


「それで、僕に何をしろっての?」

「手伝ってくれるの!?」


 久能の顔がぱぁっと輝くように明るい表情に切り替わった。やっぱり、美人だ。


「そうは言ってないよ。ただその状況で、しがないドルオタに何を期待してるのかと思ってね」

「昨日も言ったように、アタシのプロデュースよ。アタシは新しいSEEFで新しいアバターを作って、またアイドルになる! キミにはそのアイドルの方向性やバトルでの対策を考えてほしいの。そして、誰でもいい〈六華仙〉を一人つぶす!!」


 これまたずいぶん重たい荷物を背負わせようとしてくれたものだ。〈六華仙〉を潰す作戦を練れということか?


「アタシがイオンを奪われたのは、アタシが弱かったからじゃない! アタシ以外の〈六華仙〉だって、敗けることがある。それを証明した上で、会長に交渉するのよ」

「……僕にそんな事出来ると思ってるの?」

「正直最初は不安もあった。普通科の生徒にそんな事ができるのかって。でも、キミの真名の特定ペネトレーションがあればイケる。絶対に!」


 久能は右手を差し出してきた。


「…………」


 僕はその手をとるようなことをせず、昨日と同じように彼女に背中を向けた。


「ちょっと!」


 久能は咎めるような声を背中に投げてくる。僕は彼女の方を振り向かずに話す。


「君の悔しさはわかったよ。けどごめん。力になれるとは思えない」

「そんな事ない! イオンが偽物だって見破ったのはキミだけじゃない!」

「SEEFの全ユーザーにそれを聞いたの? 他にもいるかもしれないでしょ? 君が僕に声をかけたのは、たまたま身近な所に利用しやすいヤツがいたからだ」


 そもそも、なんで僕に声をかけたのか? どうやって僕のSEEFでの活動を知ったのか? この子には不審なところが多すぎる。


「………うんざりなんだよ」

「え?」

「君が調べたとおり、僕はドルオタだよ。客観的に見てちょっとキモイレベルのね。そんなドルオタがなんでこの学校にいると思う?」


 そこまで言って、ようやく僕は彼女の方に振り向いた。だめだ、感情が整理できない、この子に全てをぶつけてしまいそうだ。一年半、積もりに積もった全てを……。


「憧れのアイドルたちが通ってるからに決まってるだろ!! 君たちに少しでも近づきたいから、地元を離れてこっちで一人暮らししてるんだ。だけど現実はどうだ!?」


 隔絶された二つの校舎。そびえ立つ巨大な壁。我が物顔の芸能科たち。蹴られ、殴られ、悔し涙を浮かべるホリキの顔。そして今聞かされた〈六華仙〉の内情……


「僕の憧れたアイドルたちなんて、この学校の何処にもいなかった……あるのは普通科ぼくらを見下す芸能科きみたちの冷たい目だけと、醜い権力争いだけだ……」

「……………」


 久能は何も言わず、僕の話を聞いている。


「アイドルたちのことは大好きだよ、今でも。SEEFの中の彼らを嫌うことなんて、とてもじゃないけど出来ない。だから僕は決めたんだ。向こうの世界とこっちの世界を完全に切り離そうって」


 こっちで味わわされた事を、向こうに持ち込みさえしなければ、キラキラと輝くアイドルという存在を汚さないで済む。ずっと好きだった彼ら彼女らを、嫌わない。それだけが、今この学校に通う僕の意地だ。


「………それでもキミは…」

「そういうことだから! ………ごめん」


 久能が何か言おうとしたのをさえぎるように謝罪し、再び僕は彼女に背を向ける。


 そして歩きだす。残された彼女の方を向くようなことを、もう僕はしなかった。

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