3-2 小さな反乱

「邪魔。俺はホリキくんと話したいの」


 彗星ピアスが睨みつけてくる。また肩を回している。さっきと同じ仕草。間違いない。ただ回すのではなく。首の後に手を添えて回すその仕草に見覚えがる。


「空気読んでよさー、普通科モブ2号くん」


 背後を固めた別の芸能科が野次ってくる。「2号くん」ということはホリキの次の餌食は僕だということか。声の主をちらりと見る。出入口の扉に寄りかかり、逃げ道はないことを示している。寄りかかる姿勢……なるほど。


 だいたいわかった。


「お前、聞こえないの? どけって言ってんだよ!」


 彗星ピアスが一歩、踏み出してきた。身長はかなり大きい。180センチ台、もしかしたら190に近いかもしれない。さっき絡まれていた女子生徒は涙目になっていたが、学園内カーストとか関係なしに、こんなのに絡まれたらそりゃ怖いだろう。まったく、芸能科こいつらにはウンザリする……。


「そんな怒らないでくださいよ」


 表情筋をむりやり動かし、笑顔を作る。ちゃんと出来ているかわからない。けど、まずは出来るだけ怒気を表に出さないように……


「ああ?」

石動いするぎこめっとちゃんのイベント、あるんですか?」

「ちゃん? 言葉に気をつけろウチの学校の先輩だぞ?」


 芸能科おまえたちにとってはそうかも知れないけど、普通科ぼくたちには関係ない。それにさっき、お前自身が呼び捨てにしてなかった??


「あっ! ゴメンナサイ! 僕たち普通科の生徒にとっては『全SEEF民の妹であり娘であり孫』だから、存在遠くて……つい、いつもの呼び方しちゃいました……」


 人は遠い存在にはあまり敬称を使わない。芸能科の生徒は確か3000人だっけか?無意識に呼び捨てにするようなら、多分コイツらは石動の取り巻きの中でもだいぶ外側の人間なんだろうな。うっかりファンの目線に立って呼び捨てにしてしまうくらい。


 つまり、芸能科でもザコキャラの部類だ。


 なら多分僕の推測は正しい。


「石動センパイが出るイベントなら少し興味あるかも……」

「は? 馬鹿かよ。〈六華仙〉のイベントに気軽にお前ら普通科モブが簡単に参加できるわけないだろ?」

「言ってるだろ? 布教だって。 俺たちのイベントで石動こめっとの沼に沈めてやるって言ってるんだよ」


 あーあ、また呼び捨てにしてるわ。多分、アタマが悪いんだなコイツ。


「あー…そうなんですか」

「お前らも来いよ。特にホリキくんは強制参加な」


 思ったとおり。石動とほとんど接点のないヤツが、彼女の名前を使ってイベントの参加者を集めたいだけだ。それも半ば脅すような形で。タチの悪いの芸能科の中でも更に救いようのない連中。よし、躊躇ちゅうちょする必要はない。そろそろ反撃だ。


「うーん、どうしようかな。石動チャンには興味あるけど……」

「おいお前、また呼び方……」

「アンタのイベントは全然面白くないもんな、華院カイン阿須真アスマサン?」


 彗星ピアスの表情が凍りついた。よーし、やっぱそうか。ならここからは全部僕のターンだ!


「は…? な……? お前……?」

「なんだっけ、この前のオール〈六華仙〉ナイト? ただ〈六華仙〉の音源垂れ流しでさ。あれで『さわげー!』なんて言ってもムリでしょ? 緩急つけたり選曲にテーマ用意したりさ。憧れの先輩たちの曲でDJイベントやるならそのくらい気を使おうよ? それにその後のアンタのライブステージがまた最悪。誰でも使えるようなエフェクトや演出、ダラダラとつなげただけで何の個性も無いのね。で、本人のスキルも全然ダメ。ただでさえダメなのに何時間も〈六華仙〉聴かされた後にアレじゃあ、観客は地獄だったろうね。アンタ、向こうの建物でなに勉強してんの? で、あの日の参加者は何人だっけ? 確か3ケタいってないよね? こうやって拳が届く範囲の人間片っ端から集めただけだったのかな?」


 自分でもびっくりするくらい、言葉が止まらない。みるみるうちに彗星ピアスの…SEEFネーム華院カイン阿須真アスマの顔が青ざめていく。至近距離、目の前の標的にだけ聞こえる声で話しているから、ホリキやアカサカも、出入口を固めている他の連中にも何が起きてるかわからないだろう。


「な……なんで……? なんでお前がそんな……」


 自称「DJも出来るストリート系SEEFアイドル」こと華院阿須真は、〈六華仙〉の面々とは真逆の意味でドルオタ界隈で有名だった。「俺達は〈六華仙〉チルドレンだ」だの「自分たちが次世代を担っていく」だの大きいことを言っている割には、実力が全く伴っていない。


 それでも、愛嬌があれば許される存在だったかもしれない。けど、コイツが評判悪い最大の理由は、時々漏れ出すファンを見下しているような言動だった。特に、首を押さえながらゴリゴリと肩を鳴らすジェスチャーで、イベントに来た客を威圧するような態度を取った事があったのが僕の印象に残っていた。

 僕の知る限り、コイツのイベントに参加してファンになったという人はいない。


「…………」


 その後も思いつく限りの言葉を並ばてたていると華院の目から正規が消え失せ、威圧的だった身長が10センチくらい縮んだように見えた。


「………お前ら、行くぞ」

「へ?」


 出入口の芸能科たちは、華院の意外な撤退命令に、ぽかんと口を開けた。そんな彼らに構わず、すごすごとカフェテラスから退出していく華院。


「お前、アイツに何言いやがったんだ!?」


 扉に寄りかかっていた男、僕を2号呼ばわりしていた奴が睨みつけてきた。ついでだからコイツも黙らせてやるか。


「別に。アンタたちのイベントは低レベルだから行きたくないって言っただけですよ由名瀬ユナセ魔綺マキさん。中の人は男だったんですね?」


 いつも華院の後ろで壁にもたれかかって、一生懸命イイ女オーラを出そうとしていたアイドルの名前を、これも本人に聞こえるくらいの大きさの声でささやいた。


「へ……な? お前……?」


 由名瀬もやはり青ざめた顔で僕を見る。僕がその視線を、敵意を込めた目で跳ね返すと、由名瀬はすべてを悟ったようだ。


「クソッ、行くぞ……!」


 由名瀬は他の連中も伴って退出しようとする。


「あ、ちょっとまって」


 僕はその背中を呼び止めた。


「戻る前に、この部屋の背景を元に戻しといてくれません? 普通科ぼくたちの権限じゃ出来ないので」

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