第3話 私立ヴァンドーム学園芸能科
3-1 ヒエラルキー
「フヮ~~ア」
大口を開けて、あくびをする。
「なんだオリベ、寝不足か?」
「そういやお前、三限の地理も寝てたろ?」
「四限の現文も寝てたぜコイツ」
昼休み、普通科棟のカフェテラス。同じクラスの、アカサカとホリキと昼食をとっている所だ。学校ではだいたいこの三人で行動している。
カフェテラスは壁面、天井、床面に映像を流せる仕組みで、何処までも続く青空と、周囲を囲む緑色のフェンス、コンクリート製の床が投影されていた。20世紀のアニメやマンガに登場する「学校の屋上」を模したものだ。
この学校の屋上は、大規模なソーラー発電システムが占拠しており(発電は全て芸能科で使用する電力に割り当てられる)とても昼食を食べられるような場所ではない。その代わりこのカフェテラスでは、往時の高校生気分を味わえるというわけだ。
アカサカの昼食は、購買で買った唐揚げ弁当と菓子パン、それに乳酸飲料のセット。ホリキは朝コンビニで買ってきたらしい惣菜パン二つとおにぎり一つ、それにレモンティー。17歳の男子高校生は、このくらいのカロリーを摂らなければ馬力が出ない。
それに対して一睡もしてない僕は、睡眠欲が食欲を
「どうせ、また夜通しSEEFに入り浸ってたんだろ?」
「まぁね。『ギャラクシア・スローン』の1stシーズン見直してた」
「ホントお前、ギャラスロ好きだな」
「それがさ、昨日また新発見が…」
そもそもなんで徹夜をするハメになったかは、二人には言わなかった。共学校でありながら、女子と縁が遠い三人グループ。お隣の美人なお姉さんとの一夜の話なんてしたら殺される。しかもそのお姉さんというのが……
「そういえば、お前ら知ってる? 芸能科のウワサ」
「芸能科ァ? 興味ねえよ」
「そう言うなよ、この前赴任してきた講師の先生がさ、メチャクチャ美人らしいぜ」
ブバッ!!!
僕は、喉に流し込もうとした紙コップの中身を盛大に逆流させた。
「うわっ!? なんだオリベきたねえな!!」
「げほっ 悪い悪い…… えっと何、美人の先生って…?」
僕は紙ナプキンで口の周りを拭いながら、ウワサ話を始めたアカサカに聞き直す。
「ああ、ダンスと歌の講師らしいんだけど、芸能科の連中の間じゃ人気急上昇中らしいぜ。美人なだけじゃなくてノリも良くって…」
最近赴任してきた、美人でノリのいい先生。心当たりがありまくる……
「まぁ、俺達には関係ねえだろ芸能科のことなんてよ……!!」
ホリキが吐き捨てるように言った。ああ、そうだった……。
普通科の生徒の大部分は、芸能科のことをよく思っていないだろうけど、その中でもホリキは特別だった。一時期、芸能科の生徒に目をつけられた事があったのだ。
* * *
それは今年のはじめ、高一の三学期の出来事だった。
ホリキはホリキでうかつだった。普通科棟と芸能科棟の間には、食堂や購買部などが入る共用棟があるが、そこで〈六華仙〉の一人、
「
『全SEEF民の妹であり娘であり孫』をキャッチフレーズにしているアイドル石動こめっと。たしかに可愛らしいけど、あざとい言動も多く、ホリキのように思う人がいるのも当然だった。
けどそこは、思っても決して口に出してはならない場所だった。
「
ホリキのぼやきは、あろうことか石動の取り巻きたちの耳に入ってしまった。とっさにその場から走り去り、普通科棟に逃げ込んだホリキだったが、石動の取り巻きたちは普通科等に侵入しホリキを捕まえてしまった。普通科の学生証では、芸能科棟への立ち入りはできない。が、芸能科のそれは、学園内のすべての施設に入れるカードキーとなっていたのだ。
僕やアカサカが、ホリキを見つけた時、彼は目の上が大きく腫れ上がり、口から血を流している状態で、ゴミ箱の中身を頭からぶちまけられていた。
* * *
……あの時の悔し涙でグシャグシャになったホリキの顔は忘れられない。
「あ、あぁ…… 悪いホリキ、ちょっと無神経だったわ」
アカサカもあのときの事を思い出したのか、浮ついたウワサ話に乗って芸能科の話をしたことを
「いや、別にいいけどさ」
ホリキが首を振る。
「
ホリキが言い終わる直前、カフェテラスの全体が明滅した、天井、壁、床すべての映像が乱れ、平和な屋上の風景が一変する。
「み~~んな~~~~~~!! 今日は一緒に盛~~り上がっちゃよ~~~!!!」
少し幼さのある高い声が室内に響き渡る。
「ウォォォーーーッ!!!」
直後に轟音のように響く叫び声。そして四方の壁は、小刻みに揺れる無数のピンクの光に包まれる。光に呼応するように、テンションの高い音楽が流れ始める。ドルオタの僕は幼い声の正体もその曲が何かもすぐに察した。
「……カンベンしてくれよ」
ホリキも声の正体にすぐ気がついたのだろう。みるみるうちに顔が青ざめていく。カフェテラス内にいた他の生徒達も突如変わった景色に戸惑っていた。
「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」
音楽に合わせて叫び声がリズミカルに続く。それに合わせて動くピンクの光。ピンクは……石動こめっとのテーマカラーだ。
「普通科のみなさ~ん! 今日は石動センパイの布教に来ましたぁ~~~!!」
入口付近から大きな声が響く。声の主は……あの時ホリキを追いかけ回した芸能科の生徒たちだった。リーダー格と思われる大柄の男子生徒。石動こめっとのトレードマークである「ハート型の彗星」をモチーフにしたピアスに見覚えがある。
「辛気臭い昔のアニメの風景なんて流してないでさ、石動こめっとのライブを見てテンション上げちゃってよ!」
どうやら、背景映像の設定を石動こめっとのライブ映像に差し替えたらしい。芸能科の学生証にはそんな事ができる権限まで付いているのか……?
「どうよどうよ? いいと思わない? この曲?」
「ええと……は、はい………」
彗星ピアスの男は、ニヤニヤと笑みを浮かべて入口のすぐ近くにいた普通科の女生徒にからんだ。女性とは消え入りそうな声で同意の言葉を口にしながら、首謀者と目を合わせようとはしない。
「ほんと! じゃあ、今日の夜SEEFでイベントやるからさ、来てよ!オール石動ナイト!!」
「えっと、今日の夜はその……」
「何?」
「…………………さ、参加します」
トップアイドルである石動本人が、こんな粗暴で、バカバカしく、おまけにケチくさい方法でイベントの客を募るとは、どう考えてもありえない。多分こいつらが自主的に開く個人イベントの参加者を水増ししようとしているのだろう。主催するイベントの参加人数が多いほど、高い評価が付く授業でもあるのだろうか。
「あれ、そこにいるの?」
芸能科の一人が、僕たち三人グループの方を見た。見つかった。そいつは彗星ピアスの袖を引っ張って、こちらの存在を知らせる。
「ホリキくんじゃ~~~~ん!!」
ひときわ大きな声で、彗星ピアスはホリキの名を呼んだ。とっさにホリキは顔を隠すようにうつむく。
「おいおいおい 無視すんなよ。俺たち親友だろ?」
そう言いながら近づいてくる彗星ピアス。ホリキの額に大粒の脂汗が浮かんでいる。それを見たアカサカが、背後にあるもう一つの出入口から逃げようとホリキと僕に促す。
「逃げんじゃねーよ」
他の芸能化の連中が、回り込むように背後の出入口へ向かう。彗星ピアスは首に手を当てグリグリと肩を回しながら近づいてくる。やばい……
けど、そこで僕はあることに気がつく。もう一度彗星ピアスを見る。たぶん……いや、間違いない。僕は生唾を飲み込んでから、小さく深呼吸をし、立ち上がる。
「何だお前? 俺はホリキくんに用があるんだけど」
僕は、彗星ピアスの前に立ちはだかった。
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