1-3 情熱の炎の女神

 炎浦ほのうらイオンは右手の人差指と中指を立て、それで空中に円を描いた。指の軌跡が光の輪となり、それが瞬時に拡大する。直径10mほどまで広がった光の輪。その中央に炎浦が立つ。


「ステージ再構成リビルド!」


 炎浦イオンのために築かれた赤い金属柱と鏡面パネルの神殿。その右半分は、〈蒸貴公女スチームパンク・ガール〉のステージオブジェクトに押しやられ消滅している。そして残された左半分も、彼女の命令ワードで光の粒子と化した。

 その粒子は、炎浦の指から生まれた光の輪へ吸い込まれるように集まっていく。やがてそれは、先程のステージをダウンサイジングしたようなミニステージへと変化した。


 炎浦のステージと〈蒸貴公女スチームパンク・ガール〉のステージは、両者が対峙するように向かい合って建造された。準備は整った。さっきまでこの恒星系を明るく照らしていた中央フィールドは、アイドル同士の戦場となった。


「そんなに手早くステージを再構成できるなんて…… キミ、もしかして舞台装置系の〈ソウ〉の持ち主?」


蒸貴公女スチームパンク・ガール〉が訊く。


「フンッ、この程度のことAIに任せてたってできるわよ。アタシのはこっち」


そう言った途端、炎浦の衣装が輝き始めた。


 くだけた雰囲気の中でのラジオ収録だったため、今日の彼女の服装は白いブラウスに明るい赤のキャミワンピというシンプルなものだった。(ちなみに赤は炎浦のイメージカラーだ)


 そんな普段着のような彼女の衣装が、燃えるような光に包まれたかと思うと、豪奢なドレスに姿を変えた。キャミワンピよりもさらに鮮やかな発色の真紅のドレス。肩を出し、大きく開いた胸元には不死鳥フェニックスを思わせる金色と紅に染め上げられた羽毛で彩られている。スカートは薔薇の花のように、幾重いくえにもフリルが重なっている。そのフリル一枚一枚は、精緻せいちな紋様が編み込まれたレースで彩られている。

 そしてひときわ目を引くのが、炎浦の背中から生えた、真紅の翼だ。その翼がほのかに金色の輝きを放ちながら大きく広がり、羽ばたく。ふわりと炎浦の身体が宙に浮いた。


 羽ばたきとともに翼から抜け落ちたのか、金色に輝く羽毛が、この人工の宇宙空間に満たされる。その無数の輝きの中央では、真紅の女神が自身にあふれた表情をたたえ、〈蒸貴公女スチームパンク・ガール〉を名乗る侵略者を見下ろしている。


「へえ~……衣装系の〈ソウ〉か……」


 〈ソウ〉とは、SEEF内の各種コンテンツで使われる特殊スキルの概念だ。このカタカナ2文字は

 ・ゼロから「創」り出す力

 ・「想」い描く力

 ・モノや現象を「操」る力

のトリプルミーニングだと言われている。


 さらに、SEEFアイドルたちの間では

 ・音曲を「奏」でる力

 ・自らを華やかに「装」う力

などの意味も込められて使われている。


 SEEF内でのアバターの活動には、システム上の限界はないとされている。頭の中で想像したとおりに体を動かす事ができるのはもちろんのこと、思い描くことで無から有を生み出すことも不可能ではない。「リンゴが食べたい」と思えば、目の前にリンゴを出現させることが出来る。(もちろんコンテンツの規約で制限されていたり、課金が必要なこともあるけど……)


 でも、人の想像力には限界がある。絵心のない人がリンゴの絵を描いても赤いボールにしか見えないように、誰もがリンゴの形、色、味をリアルに思い描けるわけではない。

 そこで大抵は、AIによる補正で「多くの人が思い浮かべる一般的な形、色、味をしたリンゴ」が創られる。


 しかし、世の中には克明に何かを頭に思い浮かべ、完璧に再現できる人もいる。そういった再現の力が〈ソウ〉と呼ばれるスキルだ。そのようなスキルで生み出されたものには、AIの力を借りないがゆえの独創性ゆらぎがあり、アイドルとしてのし上がっていくためには必須の個性とされている。

 

 炎浦イオンは「衣装系の〈ソウ〉」の持ち主だ。彼女がステージで身につける華やかな衣装は、全て彼女(の中の人……つまり久能くのう侑李ゆうりの事になる)の想像力によって創りだされたものらしい。実際、その華やかな衣装の数々は、炎浦のライブの名物だったし、僕も衣装のセンスで彼女に勝るアイドルを知らない。



 情熱の炎の女神 炎浦イオン降臨



 まばゆい光に包まれた真紅の女神の姿に比べると、黒いコートにシルクハットという〈蒸貴公女スチームパンク・ガール〉の男装姿は、華やかさにかけているように見えてしまう。この衣装の華やかさがそのまま、二人の力関係なのだ。少なくともこの時点では、僕はそう思っていた。


「それじゃあ、アタシから先に歌わせてもらうわよ」


 炎浦はそう言うと、右手の中にマイクを出現させた。ドレスに合わせてこのマイクにも真紅と金色の装飾が施されている。小さく再現された、彼女のステージオブジェクト。そこに仕込まれたサウンドシステムから、イントロが流れ出す。この曲は…


「ははっ……」


 思わず苦笑した。歌が始まる。


  "誰もが 私にかしずく そんな予定調和の世界に飽きたの"

  "どこかにいるのでしょう ねえ貴方"

  "私の炎を燃え上がらせる貴方"


 炎浦が選んだ曲は、この公開放送がスタートする前に皆が想像していたものではなかった。この日歌うつもりだったであろう、新曲『FARAWELL別れ』じゃなくて、半年前にリリースしたアルバムのタイトル曲「女神の憂鬱」だ。


 何もかもがうまくいく世界に飽き、予測不能な恋の駆け引きを楽しめるような男性を求める、という内容の歌。だけど、今歌っている「貴方」が指しているのが〈蒸貴公女スチームパンク・ガール〉だという事は、今この場にいる彼女のファンなら、皆すぐに理解しただろう。


  "同じ顔 同じ言葉 同じ眼差し"

  "もううんざり 私にとって何の意味もない"


 挑んてきたからには、30戦無敗の私を楽しませてみろ。そういうメッセージを込めている。


  "女神の支配は揺るぎなく だから私の退屈も揺るぎない"

  "どこにいるのだろう 私の待ち人"


 そうそう!これが炎浦イオンだ!! 挑発的・好戦的なスタイル。そこに僕を含めてファンたち皆、夢中になっているんだ。


  "早く現れて女神の仮面をいでみせてよ!"


 炎浦のステージの上に、小さな輝きが灯った。それはごく小さな輝きの粒だった。が、みるみるうちに大きな光球スフィアへと成長していく。


 それは『エモ・スフィア』と呼ばれる、アイドル同志のバトルで用いられる判定システムだ。SEEF世界のアイドルたちの間では、こうして自身のスキルや人気度を競ううバトルがよく行われる。そこで採用されるルールには、いくつか種類がある。


 これはそのうちの一つで、ライブ会場の熱狂度を視覚的に表現するシステムだ。SEEF世界にダイブする時、僕らLDRギアという機械を頭に装着している。その機械が脳波を測定し、精神的な昂揚こうようを数値化する。その数値が更に光の粒子へと変換され、炎浦の頭上へと送り込まれる。

 つまり、ライブが盛り上がれば盛り上がるほどこの光球スフィアは成長していく。最終的に対決するアイドル同士の光球スフィアの大きさや輝き方を比較して勝敗を決めるのだ。


「さすが〈六華仙〉、歌もパフォーマンスも最高だね!けどアタシも負けないから!!」

 

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る