第2話【二人の願望】

 いつものように卓球をしていた4人。


文人ふみとあかねりく結香ゆか


その4人の前に現れた美少女。


夏蓮かれん


これまでに集まることの無かった、5人が集まった空き教室で、行うこととなった卓球の試合はまさかの結末となり… 


 とある学校。

 とある空き教室。

 美少女が男に抱き抱えられるように、うつ伏せになっていた。

 

 「だ、だいじょうぶか~!?」


 一番近くに居た陸が、珍しく大声を張り上げ、二人に駆け寄る。

 文人にしてみればこの状況は、大丈夫ではなく大事件であった。

 小さな顔の輪郭りんかくに、大きな瞳、顔のどのパーツをとっても素晴らしいの一言である、学園のアイドルの小花夏蓮が、自分の身体の上にいるのだから。


 「いててて…」

  

 歪めた顔を上げた文人は、一瞬で痛みを忘れるほど、気持ちが高揚こうようした。


 (うわっ!?小花さんがこんなに近くに…

 可愛い…

 何か良い匂いするし…

 うん?何か当たってる…?柔らかい……)


 文人は何かをとても幸せそうに感じ取っていた。


 「あっ!ごめんなさい!大沢くん大丈夫ですか?」

   

 と、言いながら顔を上げ、身体を慌てて起こした夏蓮は、長い髪を掻き分け、潤んだ瞳で心配そうに見つめる。

 

 (小花さん…当たってるって~)


 この間、文人の身体に馬乗りになっている夏蓮。


 「文人、何か嬉しそうだなぁ…」


 陸は、茜や結香に聞こえないよう静かにつぶやいた。


 陸の視界に入った文人の表情は、抑えきれない程にニヤケていたからだ。


 その直後に、結香、茜も二人のそばに駆け付けた。


 「あっ、ごめんなさい。私がいつまでも乗ってたら重いですよね」


 何かをさとったのか、慌てて夏蓮は文人から離れる。  


 「そ、そんな全然重くなんて」


 文人が言うように、当然重いはずがなかった。

 小柄で華奢きゃしゃな体つきの夏蓮が乗っていようが、乗っていまいが、さほど大きな問題では無いのだから。

 それよりも、夏蓮という学園一の美少女と言っても過言ではないルックスの女の子が、文人のような人間に馬乗りになっている事の方が大問題であった。

 

 「文人~大丈夫!?怪我してない??」


 茜が心配そうに文人に詰め寄る。


 「うん。これくらい全然平気」


 「もう~ビックリさせるんだから」


 茜は慣れた手付きで、文人に手を指し伸ばし、床に座り込んでいる文人を立たせた。

 その様子をじっと見つめている夏蓮。


 「まぁ文人は怪我が無さそうで良かったけど、小花さんが怪我をした方が大変だからね。

 本当にどこも怪我してない?大丈夫?」

 

 と、そんな夏蓮を陸がさりげなく気に掛ける。


 「私は全然大丈夫です…!でも心配して下さってありがとうございます」


 相手の事を真っ先に気に掛ける事が出来る陸の横で、茜に手を貸してもらい、夏蓮の何かを感じてニヤケていた男。

 それが文人。

 彼が変わらない限りこの物語にハッピーエンドが訪れることはない。


 

 「大沢くん…私のせいで危ない目に合わせてしまって本当にごめんなさい」


 文人に対して申し訳なさそうに謝罪を繰り返す夏蓮。


 「いやいや、別にそんな大したことないから。気にしないで」


 

 本当に夏蓮は気にしなくて良い。

 文人は夏蓮に謝られることなんて全くないはずだ。

 むしろ自分の所に飛び込んで来てくれたことに、感謝をしているのだから。


 「そうそう!だいたい文人が変なところに座っていたのが

 悪いんだからね~

 それと、文人は昔からよく転けているから、このぐらいの衝撃じゃびくともしないって!

 ほらね!!」   


 そう言って茜は文人のお尻を容赦ようしゃなく叩いた。


 「いった~!」


 文人が叫んだ。


 「だっ、だいじょうぶですか?」


 文人の突然の大声に驚いた表情を浮かべる夏蓮。


 「大丈夫だって、文人はこれぐらいの痛みなんていくらでも経験してるから!

 小学生の時なんて、車が怖いからって言って道路の端を歩きすぎてどぶにハマってさぁ~

 あの時は本当にビックリだったよ~

 ズボンがビチョビチョで、下着まで濡れたみたいで、泣き出すし~」


 「大沢君にもそんな過去があったんですね」

 驚きつつ、笑みを浮かべている夏蓮。

 

 「あと、それからね…」


 まだまだ言い足りないと言わんばかりに、話し続けようとする茜。 


 「茜!さっきから大人しくしていれば、小花さんの前で余計なことをペラペラと…」


 茜が話しているのをさえぎった文人。

 遂に文人の中の何かが久々にはち切れてしまった。


 「へ~大人しくしていれば?何?ハッキリと言ってみたら?」

    

 文人をあおる茜。


 「あぁ~久しぶりにこの二人がケンカするんか…」

    

 「これは長くなりそうね…」


 陸と、結香はこの先の展開を察していた。


 「えっ?どういうことですか?何とかして止めないと…」

   

 夏蓮はどうして良いのか分からず、ただ戸惑うことしか出来なかった。


 「あぁ!ハッキリというよ!!

 いつもいつも俺をこけにして!

 茜は何様のつもりなんだよ!

 俺だっていつも必死にやってるんだよ!

 だいたい小花さんがぶつかった衝撃より

 茜のお尻を叩く方が痛かったし!

 どんだけ力強いんかと思ったね!!」


 「はぁ?黙って聞いていれば好き勝手言って!

 いつもこけにしてって間違ったこと一つも言ってないでしょ?

 皆が思っていても、優しすぎて言えないから私が代弁してるだけだし!

 必死にやってる?必死にやっててそれなんだ?

 文人の限界って大したことないんだね!

 私が力強いって、子供の時からいつもいつも文人が世話をかけさせるからでしょ!

 文人のせいでこんな体になったんだから、責任とって欲しいぐらいだし!!」


 「茜…体の責任はまずいって…」

 周りに聞こえないようつぶやく結香。


 「そんな代弁してくれなんて誰も頼んでなんかないし!

 茜が勝手に言ってるだけでしょ!

 俺の限界だって勝手に決めないで欲しいね!

 茜は俺の何を知ってるんだよ!

 それに世話してくれなんて誰も頼んでないし!

 勝手にして勝手に付いた力の責任なんて、どうして取らないといけないか俺には分からないね!!」


 「へ~!文人の存在が周りにどれだけ迷惑掛けてるか自覚ないんだ!?

 私は驚きを越えてあきれちゃうね~

 限界を勝手に決めないで欲しかったら、もっとちゃんとしたところ普段から見せてみなさいよ!

 文人の事なんて何も知らないし!

 こんな奴のことなんて知りたくもないね~!

 知りたくもないし、あんたなんかに責任を取ってもらうなんて真っ平、御免ごめんだね!!

 私は陸に責任を取って欲しいなぁ~!」

 

 そう言って陸にしがみつく茜。


 「ええっ!?」

       

 まさかの展開に驚いた表情を見せる結香。


 「陸も可哀想かわいそうだよな!こんなのにくっつかれてさ!」


 文人の怒りは収まる気配は見られず強気な発言は続く。


 「いや、別に俺は全然可哀想なことないけど」


 満更まんざらでもない様子の陸。


 「あぁ~!もう!何この状況!?

 小花さんも固まっちゃってるし!

 茜も大沢もこの始末をどう付けてくれるのよ!?」 


 結香がたまらない様子で二人を問い詰めた。


 「卓球で決めたら…?」


 茜に捕まれた陸が提案した。


 「確かに!相馬ナイス!

 茜はさっき負けてしまったんだしリベンジもしたいよね!?」


 「それはそうだけど…

 それなら私は陸とだからね!」 


 文人に見せびらかすように、陸の腕をさらに強く握り締める茜。


 「それじゃあ俺は小花さんと組むよ!」


 「えっっ!?」


 自分が参戦する事になるとは思ってもみなかった夏蓮。


 「ちなみに負けたら私の言うこと何でも聞いてよね」


 茜が文人に対して提案をする。


 「茜はまた勝手に…それじゃあ俺は…」

 文人も負けずに提案を考えていると…


 「大沢が勝ったら小花さんの言うこと、何でも聞くっていうのはどう?」 


 結香が割り込んできた。


 「えっ?いや、勝手に!」

 

 「良いじゃない!小花さんもその方が頑張ってくれるだろうし、大沢も小花さんと一緒に居れる機会が長くなるんだから!」


 結香が文人を説得する。

 「う~ん、それじゃあ」


 渋々納得をした文人。


 「それじゃあ決まり!茜が勝ったら大沢が茜のことを何でも1つ言うことを聞く。

 逆に大沢が勝ったら、大沢が小花さんのこと何でも1つ言うことを聞くということでスタート!」


 「えっ、私の言うことを?」

 これまた驚く夏蓮であった。

 

 結香の掛け声により…


 ここに卓球スペシャルマッチの第2ラウンド

 

 茜、陸VS文人、夏蓮

 

 が、始まった…!!


 「これってどっちも文人が損することになってるよな…」

 「そこは触れちゃ駄目なやつだから…」

  

 陸と結香がヒソヒソと話していた。

 

 

 序盤は息の合った茜、陸の一方的な展開かと思われたが…


 「やっぱり文人が足を引っ張ってるじゃん!

 私は陸と組んで正解、正解!」


 喜びを爆発させる茜を尻目に…


 「ごめん。俺やっぱりダメダメで何にも出来なくて…」


 「全然そんなことないですよ。

 さっきよりラリー続けられるようになってきてるじゃないですか!

 私も微力びりょくながらサポートしますから。

 頑張りましょう!」


 そこから夏蓮は文人に掛け声を送るようになった。


 「右に行ってください!次は左に!」


 その掛け声に合わせて文人が動くと…


 「やっ、やった!!」


 「大沢くん!見事なスマッシュですね!」 


 文人の打った玉が徐々に卓球台に跳ねるようになっていく。


 「このまま逆転しましょう!

 なんか私も高山さんに負けたくない気がしてきましたし!」


 夏蓮の気持ちも増していき、白熱した戦いが繰り広げられる。


 そして…

 

 両者マッチポイントで向かえた大一番。

 

 「ここまで接戦になるとはね…」

 

 結香が得点板を片手に渋い表情で戦況を見つめる。


 「はぁ、はぁ…文人のくせに…」


 「あっちも良いコンビネーションだよな」

 

 「小花さんがすごいだけだって…文人は何もしてないって…」


 「強がり言って…たまには認めてやれよ」


 「陸に言われなくても分かってるって!

 これに勝てば…」


 何やらをしている茜であった。


 

 「はぁはぁ…小花さん…ありがとう…

 ここまでの試合になったのは小花さんのお陰だよ…」

 

 「えっ?

 まだお礼を言うのは早いですよ…

 お礼はちゃんと勝ちを決めてから…言ってくださいね…!」


 「そうだね…次取らないとだよね…」

  

 「私…決めてるんですよ。大沢くんに…」


 「えっ?してもらうことって何…?」


 「これに勝ったら分かることですから…楽しみにしといてください」


 何やらをしている夏蓮であった。


 

 そんな二人の少女の強い想いを胸に、最後のラリーは白熱していた。


 いつしか、の二人の戦いと言わんばかりに…


 「もらった!!」


 茜が大きく叫んだ。

 茜は夏蓮の居ない所にスマッシュを打ち込んだ。


 「大沢くん!右です!!」


 夏蓮も叫んだ。

 文人に茜が打ち込んだスマッシュを託したのであった…。


 

 「しまっ…た…」


 文人はそんな大一番で、足を踏み出すのを一歩遅れてしまう。


 


 〈カッ!カッ、カカカ…〉  


【予告】

チームを変えて再び行った試合はもつれにもつれた。

試合の結末は、この作品の主人公、文人が鍵を握っていた。

果たして、茜、夏蓮の二人の願望が滲み出た、試合の結果とは…


その後に待っている5人の運命とは…


次回【(3)分岐点】


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