第11話【後悔の夜】

 主人公、大沢文人おおさわふみとには高校生活で思いをせていた憧れの、小花夏蓮おばなかれんという存在がいた。




 その夏蓮が、親友である土村裕二つちむらゆうじと付き合っている事と、以前、夏蓮が文人に想いをせていたと言う真実を、夏蓮の親友である、中城雪菜ちゅうじょうせつなから聞いた文人。




 今さらどうにも出来ない文人は、自分の想いを押さえつけ、裕二と夏蓮の恋愛を受け入れようとし、学校を後にする…



 

 雪菜と、別れ、校門を出た文人は高校生活の3年間に対して、後悔の思いをせながら、重い足を必死に動かし、一歩、また一歩と、家へ向けて足を運んでいた。




 〈スタ、スタ、スタ…〉




 一歩ずつゆっくりと歩いていた文人の足が、とある場所を通りかかった際に止まった。




 (この公園で色んなことがあったなぁ…)




 そう。文人が通りかかったのは、夏蓮に告白された公園でもあり、茜と付き合う前や、付き合っている際の放課後によく一緒に過ごした思い出の公園であった。




 (あの時は本当に幸せだった…


 俺がハッキリと答えを出さなかったからこんな事に…)




 高校生活で2度も、親友に好きな人を取られた悔しさと、不甲斐ふがいなさに、後悔が文人の頭の中を、何度も、何度も繰り返しに駆け巡る。




 その時…




 (あれって…)




 文人は公園にたたずむ二人の人影を目にする。




 「陸~そろそろ家に行こうよ~」




 「そうだなぁ。寒くなってきたしそろそろ茜の家に行くか」




 「うん!」




 陸が歩き出したものの、茜はその場から動かず陸の方を見つめている。




 「どうした?」




 陸が茜の方へ振り返る。




 「ねぇ、陸。


 私は今、陸と付き合えてめっちゃ幸せなんだけど。


 私にとって色んな出来事があったこの場所に来ると、今でもこれで良かったのかなぁ?って不安に思うときがある。


 私のこの選択は間違ってなかったよね?陸」




 と、茜は珍しく、しおらしくなり陸に問い掛ける。




 陸が茜の方にゆっくりと近づいた。




 「茜は今、幸せなんだろ?」




 「うん。陸と一緒にいれて…恋人になれてとっても幸せ」




 「だったら悩むことないんじゃない?」




 「でも…文人は…」




 「アイツの事をまだ気にしてるんだ」




 「だって、一度は本気で好きになった相手だし…」




 「じゃあ、茜は文人と別れて後悔してる?


 ちなみに、俺は後悔はしてない。


 文人と友人関係を壊してでも、茜と一緒になりたいって思ったし。


 今の関係になれて良かったって心から思ってる。


 だから、茜も文人のこと忘れて俺と一緒に幸せになろ」




 いつも、クールな陸が胸に秘めた茜への想いをぶつけた。




 「陸…ありがとう。


 私も後悔はしない!


 文人と別れたから、今の幸せがあるし、私にはもったいない言葉を言ってくれる陸が大好きだから!


 これからもよろしくね!!」




 と言って、茜は陸に近づき…




 〈チュッ…〉




 公園の外側を通っていた文人。


 それでも、二人が唇を重ねる様子が視界に入ってしまい、足早に公園から離れる。




 〈タッタッタッ〉




 二人の姿を見る前と違い、急ぎ足に歩き方が変わる文人。




 (辛い…




 悲しい…




 寂しい…)




 文人の心の中には、そんな思いがひしめいていた。


 今まで、気づかなかった夏蓮の想いにようやく気づき、その想いをぶつけようと夏蓮の元へ向かうも時すでに遅し…


 さらに、その帰り道に元カノの茜が元親友の陸とキスをするところを目にしてしまったのだから、平常心でいられる訳もない。




 〈ポツポツ〉




 急ぎ足で駅に向かう文人の頭に何かが降ってきた。




 (アハハ…このタイミングで雨が降ってくるなんて…)




 今の自分にとって、お似合いの状況すぎて思わず苦笑いが出てしまう文人。




 そして、いつも利用する駅に到着し、ホームの椅子に座り電車を待つ。





 (ここで電車を待つのも今日で最後か…)




 高校生活が終わると言うことは、3年間利用し続けてきたこの駅も、今日で利用するのは最後ということになる。




 (ここでも色んな事があったよな…)




 この場所にも、公園同様に茜たちとの思い出が随所ずいしょに残っていた。




 (あの時は、本当に充実していたな…




 あんな日々がずっと当たり前に続くと思っていたのに…)




 茜たちと、楽しく過ごしていた日々を懐かしむ文人。




 (どうしてこうなったんだろ?




 本当に全てを…)




 〈プッシュー〉




 と、考えていた文人の前に電車が到着する。


 電車に乗り込み、数分間電車に揺られた後、いつものように最寄り駅で降りる文人。




 〈ザーザー〉




 電車から降り、駅をあとにしようとした文人の前には、どしゃ降りの雨が待ち構えていた。




 (はぁ…傘持ってないのに…)




 今日の天気予報では、全く雨が降るなど言っていなかった為に、当然のように傘を持ってこなかった。


 そんな文人にとっては、不運しか言いようのない大雨だった。




 〈ジャー〉




 いつものように、駅から自転車に乗り、どしゃ降りの雨の中を自宅へ急いで向かう。


 そんな文人の頭の中や、心の中は色々な感情が駆け巡っている状態であった。


 そして、文人は住んでいるアパートにびしょ濡れの状態で到着した。


 ちなみに、文人が住んでいるのはアパートの1階である。




 〈ガチャ〉




 鍵を開け、やっとの想いで、家に入る文人。




 〈カチャ、ポチッ〉




 いつものように、真っ暗な家の中の電気を点けていく文人。




 (はぁ…やっぱり、今日も居ないか…)




 溜め息をつきながら、風呂場まで行き、濡れた衣類を洗濯機に入れる文人。




 (このまま風呂に入るか…)




 いつもなら先にご飯を食べることの多い文人であったが、今日は雨に濡れてびしょ濡れな状態であったこともあり、お風呂に入るのを先にしたのであった。




 (はぁ…俺がもっと早く気持ちを切り替えて、小花さんに話しかけれたら今日は違ったのかなぁ…




 そもそもこんな性格じゃなかったら茜とも別れることなんて無かったよなぁ… 




 本当に全てをやり直せたら…




 違った今日を迎えられたんじゃ…




 漫画のようなタイムリープでも起きないかなぁ…




 もう一度戻ったら絶対にこんな形にはしないのに…




 本当に無理だと思うけどやり直せたらなぁ)




 いつも風呂に入った際に、考え事をするのがクセになっている文人だが、この日はいつも以上に酷ひどかった。




 〈ガチャ〉




 (もうこんな時間か…)




 風呂から出てきた文人は時計を見て思った。


 いつもなら長くても30分で上がってくるが、この日は雨に濡れて体が冷えていた事もあってかその倍の一時間も入浴していた。




 〈グ~〉




 (こんな気分でもお腹は空くんだな…)




 と、長時間入浴し、十分過ぎるほど温まった体は素直すぎるほどにお腹の音を鳴らす。


 台所にあるポットに水を入れ、戸棚にあったカップ麺を取り出した。


 お湯が沸くまでの間に、仏壇の前に座り手を合わせる文人。




 (ばあちゃん、高校3年間終わりました。


 4月から家の為に、頑張って働くから見守っててね)




 文人は、卒業後は進学せず食品製造会社に就職することが決まっている。


 もちろん、進学したい気持ちもあったが、母子家庭で家計にゆとりがない事と、さらに母親の反対も受けていた事もあり、就職を決意したのであった。




 (でも、ばあちゃんが言っていた【学生生活に悔いを残すな】って言うのは守れなかったなぁ。


 それどころか悔いだらけだし…)




 〈カチッ〉




 そんなこんなで、仏壇の前に居た文人は、ポットのお湯が沸く音が聞こえ、再び台所に行く。




 〈ジャー〉




 カップ麺にお湯を注ぎ台所にあるテーブルに置く文人。




 〈カチッ、カチッ、カチッ〉




 椅子に座り、カップ麺が出来るのを、いまか、いまかと時計を見ながら待つ文人。




 (今日は何時ごろに帰ってくるんだろう?また帰ってこないのかなぁ…)




 文人は、母親の大沢洋子おおさわようこが何時に帰ってくるのか、それとも今晩は帰ってこないのかと言う事を考えていた。


 なぜ、そのような事を考える必要があるかと言うと、幼い頃に父親をガンで亡くし、母子家庭にて育った文人。




 数年前に、母方の祖母が一人で暮らしていくには不安な状態になり、祖母と3人で暮らしていたが、祖母が亡くなって以降の洋子は人が変わったように、毎日飲み歩き、知らない男と遊ぶようになっていた。




 そんな環境の中で、付き合ってた当初は文人が親よりも信用していたのが茜だった。


 そんな信用を置いていた、茜が陸と付き合うと聞いた時は、雷りにでも撃たれたような衝撃だった。


 その際に、つかの間の癒しとなり得ていたのが夏蓮だった。


 夏蓮と公園で話した後も、夏蓮の姿を教室などで眺めるなど、未練が残っている茜と共に、卒業式のこの日まで気になって仕方ない存在だった。


 そんな夏蓮も、文人の知らない所で親友の裕二と付き合い始めており、文人の高校生活の恋愛はズタボロの状態で終わろうとしている。




 (俺の高校生活がこんなことになるなんて…




 入学した時にはこんな終わり方になるなんて思いもしなかったなぁ…)




 〈カチャ〉




 細々ほそぼそとカップ麺を食べ終えた文人は、部屋の電気を消し、入学した日の事を思い出しながらベッドへ横になる。


 入学した際の文人は、家庭の状況を見ても大学進学は厳しく、高校生活が学校生活の最後だと言う認識を持っての入学だった。


 その為、3年間を悔いのなく過ごしたいとの思いが強く、入学当初は人付き合いにせいを出して過ごしていた。


 そんな思いも裏腹に、終わってみればこの有り様。




 (あの頃の俺が今の現状を知ったらどう思うんだろう)




 そんなこんなと考えている間にいつしか眠りについていた文人。










 「文人、文人や~」




 突如どこからか文人を呼ぶ懐かしい声がする。




 「足がいとうて立てなくて。


 ちょっと手伝ってくれんかのう」




 誰かは分からないが、自分の名前を呼んで助けを求めており、放ってはおけず声がする方向に向かう文人。




 「ばあちゃん!?」




 文人が行き着いた先にはベッドに座っている亡くなったはずの祖母の姿が。




 「ばあちゃん?本当にばあちゃん?何でこんなところに居るの??」




 当然のように混乱する文人。




 「文人、ばあちゃんは、あっちに行かないといかんから早くその椅子に乗せてくれ」




 「えっ?椅子??」




 文人の目の前には祖母が、かつて使用していた車椅子があった。




 「これのこと?ここに座ってどうするの??」




 と、訳も分からない文人が、ばあちゃんに訪ねる。




 「いいから早く乗せてくれ。話しはそのあとだよ」




 「よいっしょっと」




 文人はとりあえず言うとおり聞くことにして、祖母を抱き抱えて車椅子に移乗いじょうさせる。




 「これでいい?」




 「文人ありがとう。やっぱりお前は良い子やのう~」




 「いやいや。それぐらいで誉めすぎだって。


 そんなことより、ばあちゃんは車椅子に移ってどこに行くの?


 てか、どうしているの?? 」




 「文人、学生生活は悔いのないように生きるんだよ。人生で一度しか訪れない大切な時間だからねぇ」




 「いやいや。俺が聞いているのはそういうことじゃなくって。


 まぁ…

 最悪の学生生活の終わり方だったんだけど…」




 「そうか…」




 そう言うばあちゃんは、どこか悲しそうな表情をしているように文人は見えた。




 「それよりも、身体の調子はどう?


 足以外に痛いところや、苦しいところは…」




 「文人や。もうひとつ頼みがあるんだけど…」




 文人の質問をさえぎるようにして言うばあちゃん。




 「うん?今度はなに??」




 「そこの布団をあんばいとしてくれんかのう?」




 「ああ、そんなこと。ちゃんと畳めば良いんだね」




 そう言って布団を畳みなおす文人。




 「文人は優しいから、きっと良い学生生活が送れるよ。


 毎日を悔いのないように生きなさいな」




 「だから、もう終わったんだって。


 ばあちゃんの言ってた通りには、生きれなかったんだよ」




 と言いながら布団を畳み終え後ろを振り向いた文人。




 「ばあちゃん…?」




 振り向いた目の前に祖母の姿はなかった。










 「文人!起きなさい!


 早くご飯食べて準備しないと電車に乗り遅れるわよ!!」




 祖母とはまた違った、聞き覚えのある、どことなく世話しない声が聴こえてくる。




 さらに…




 〈ジリジリジリ!〉




 (あれ?目覚まし時計なんて合わしたっけなぁ?


 別に今日は急いで起きないと行けない予定なんて無いはず。


 てか今日は何処にも行きたくないし。


 1日中家でダラダラしようと思ってるのに…)




 と、思いながらうるさく鳴っている目覚まし時計の音を止める。




 その次の瞬間…




 〈ガチャッ!〉 




 「早く起きなさいって言ってるじゃない!ご飯食べる暇なくなるわよ!」




 慌ただしく文人の部屋に入ってきて、そう言うのは文人の母親の洋子だった。




 「うん…?




 帰ってたんだ…




 今日は朝ごはんいらないし、何処にも行く予定ないからこのまま寝かせといて…」




 布団を顔の部分まで被り、寝ぼけまなこで言う文人。




 「なに寝ぼけたこと言ってるの?


 高校初日の入学式で、行きずらいのは分かるけど、初日が大事なんだからシャキッとしなさい!」




 そう言う洋子に対して文人は…




 (うん?


 入学式?


 入社式の間違いじゃ??


 いや、卒業式の翌日が入社式な訳が…)




 「朝からなに言ってるの?


 ってか入社式はまだ先だから。


 酒の飲み過ぎで頭おかしくなったんじゃない?」




 布団から顔を出して洋子に言う文人。




 「入社式?お酒?何か夢でも見てたの??


 おかしいのは、あんたの方だよ。早く着替えて出ていらっしゃい」




 と言って洋子は文人の部屋から立ち去る。




 「ふぁー」




 ベッド上に座り込みあくびをする文人。




 (着替えるって何に?


 パジャマを着て寝ている訳でもないのに着替える意味ないでしょ。


 てか、確かにばあちゃんが出てくる変な夢は見たけど…




 まぁご飯を用意してくれているならとりあえず食べるか)




〈スタスタ〉




 文人は自分の部屋から出てテーブルがある台所に移動する。




 「あれ?まだそんな格好してるの?


 まぁ汚してもあれだし、ご飯食べて、顔を洗って、それから着替えても良いけど」




 と洋子が言うのに続いて…




 「文人の新しい制服姿を早くみたいのに、勿体もったいぶるねぇ」




 と、言われた文人の目に映ったのは、台所の椅子に座るばあちゃんの姿。




 「ば、ばあちゃん!??


 えっっ?どうしてばあちゃんがだ、だいどころに??」




 目が飛び出しそうに見開いて言う文人。




 「ご飯を食べるのに台所じゃなきゃどうするの?


 早く食べてもらわないとデイサービスのお迎えが来てしまうし。


 てか、あんた…さっきからどうしたのよ。


 やっぱり何か変な夢でも見たの?」




 当たり前のように洋子は説明する。


 文人の祖母は足腰が悪く、家にいる際にも何度も転倒を繰り返していた為に、文人や、洋子が家を開ける昼間だけは、通所介護施設のデイサービスを利用していた。




 「いやいや。まぁ夢は見たんだけど…」




 訳も分からず混乱して立ち尽くしている文人。




 (うん?よく見てみると、何か台所も雰囲気がちょっとおかしくない?


 てかさっきは目が半開きで部屋の中とかちゃんと見てなかったよな…)




 〈タッタッタッ〉




 「文人!どこに行くの!早くご飯食べなさいって!」




 足早に自分の部屋に戻る文人に対して声を張り上げて言う洋子。




 「思春期は難しいねぇ~」




 ばあちゃんも洋子の後に続いて言う。




 〈ガチャッ〉




 文人は自分の部屋に戻り辺りを見回す。




 (あれ?教科書とかがない?


 あった!


 けど…




 これか?


 中学三年って書いてあるけど…




 てかスマホは?


 これか…?




 これって、むかし持ってたスマホ…




 しかも普通に動くし!?


 あっ!?茜とのプリクラは…)




 〈ガサッ、ガサッ〉




 (ない…)




 これまでに入れていた机の引き出しや、その周辺を探すも、茜との思い出の詰まったプリクラや、その他の思い出の品すら見つからなかった。




 (あっ!?カレンダーは!)




 〈タッタッタッ〉




 再び走り出しカレンダーのある台所に戻る文人。




 「まじか…」




 文人の目には3年前の4月のカレンダーが飾ってあった。




 カレンダーの目の前にて立ち尽くす文人に対し…




 「文人!そんなところで突っ立ってないで早く座って食べなさいって!


 何度見たって入学式の日なのは変わりないんだから」




 と、洋子が言ってると…




 「さぁ今日から入学式の方も多いのではないでしょうか?全国的にも快晴に恵まれて過ごしやすい日となりますので新生活の…」




 テレビでは4月の新生活が始まる日の天気予報を伝えていた。




 〈間違いない…




 俺は…




 3年前の入学式の日にタイムリープしてしまったんだ!!!???〉




 「そんなところに立ってないで、早く制服姿を見せておくれ~」




 ばあちゃんが文人の制服を見ようと今か今かと待ちわびているなか、文人の第二の高校生活が始まろうとしていた。





 【予告】


 3年前の入学式にタイムリープした文人を待っていたのは、輝かしい高校生活の再スタートだった。




 次回、新章!「再出発の高校生活編」




 【(12)思いがけない再会】


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