第10話【現実逃避と後悔する事実】

 クラスでの憧れの存在であった、小花夏蓮おばなかれんと二人っきりで話した日の事を思い出し、改めて、卒業して会えなくなる前にもう一度彼女に会い、あの時に話した事の真相や、今のお互いの気持ちなどを確認するために大急ぎで夏蓮のもとに向かう、主人公、大沢文人おおさわふみと


 そんな文人が夏蓮の場所を聞くために声をかけたのは、夏蓮の親友の中城雪菜ちゅうじょうせつなだった。




 そして、雪菜と別れ、夏蓮の姿が見えてきたが、その横には、もう一人の人影が…


それは…


 親友の土村裕二つちむらゆうじだった。




 文人は呆然と、ただ立ち尽くしていた。




 3年間の高校生活の中で、ずっと憧れ続けてきた女の子、小花夏蓮の隣りに、人付き合いが得意ではなく、文人が知る限りは自分以外の人間と一緒に居るところをほとんど見たことのない、現在一番の親友、裕二が居たのだから。




 (どうして、小花さんの隣に裕二が…


 楽しそうに二人は何を話してるんだろ…)




 文人の頭の中は色んな疑問が溢れ出し、大混乱している状態だった。


 少しの間、その場に立ち尽くし、離れていく二人を見送る文人。




 (帰ろう…)




 このまま追いかけて、二人に声をかけたとして、何を話していいか分からないと考えた文人は、無我夢中で走ってきた道を引き返す事に。


 うつ向きながら歩き続け、大混乱をしている頭の中を必死に整理をしつつ、ようやく校門前まで戻ってきた。




 「あ、あの!」




 そんな文人の耳に突如、聞き覚えのない、何ともかわいい声が聞こえてきた。


 ふと顔を上げて、辺りを見回した文人の目に映ったのは、派手さはなく大人しい感じに見えるが、とても綺麗な顔立ちをしている女の子だった。




 「わ、わたし、




 片山幸子かたやまさちこ




 って言います!


 大沢先輩、この度はご卒業おめでとうございます!」




 幸子は緊張してるのか、微かに声が震えているように文人は聞こえた。




 「ど、どうもありがとう」




 ただでさえ混乱し、頭の中がごちゃごちゃになっている状況に、さらに追い討ちをかけるように、謎の少女が声を掛けてきた為、文人はこう返すので精一杯だった。






 「………」






 そして、しばらくの間沈黙する二人。




 「か、片山さんって何年生?


 さっき先輩って言ってたから俺の後輩ってこと?」




 この沈黙をどうにかしようと、文人が質問をした。




 「は、はい。2年生です」




 モゾモゾとしながら文人の質問に答える幸子。


 幸子は文人の一学年後輩であった。




 「2年生か。あと1年、悔いのない高校生活を送りなよ。


 俺なんて卒業式でやらかしちゃったし」




 苦笑いしつつ、後輩には悔いのない1年を送ってほしいと心から思う文人。




 「別にあと1年もいらないんですけどね…」




 「えっ!?」




 小声で話した幸子の発言に対し、何を言ったのかよく聞き取れなかった文人。




 「せ、先輩は、やらかしてなんかないですよ。私だって来年は緊張して先輩と同じことするかも知れないですし」




 「あんなに人が見てたら緊張するよね。よく人の顔をカボチャと思えって言うけどさ、どう見ても人にしか見えないし」




 「本当にそうですよ。カボチャに見えるほどの想像力を発揮するなんて、緊張してたらなかなか出来ないですよね」




 少し微笑みながら答える幸子を見て、とても愛らしいと思う文人。


 そして、学年の違う幸子がなぜ自分の名前を知ってるのかと疑問に思う。




 「ところでさ、どうして俺の名前を?どこで知ったの?」




 気になった文人は、いてもたってもいられずに幸子に聞いてみた。




 「それはですね・・・」




 幸子が理由を話そうとした、その時。




 「大沢くん!」




 突如どこからか、文人の事を呼ぶ声が聞こえた。




 「中城さん!?」




 驚いた声を上げる文人の前に現れたのは夏蓮の親友の雪菜だった。




 「大沢君、ちょっと話があるんだけど、いま大丈夫?」




 雪菜が、二人を見て訪ねる。


 文人は幸子の方をチラッと見て…




 「すいません。いまは…」




 そう言い掛けた文人。




 「わ、私!そろそろ帰りますね」




 文人の声をさえぎるように言う幸子。




 「大沢先輩。今日は話しが出来て楽しかったです!また、どこかで…」




 そう言って、足早に去る幸子に結局何も聞けず、ただ見送るだけしか出来ない文人。




 「ごめんなさい。何か邪魔しちゃって…」




 「いやいや、中城さんが謝ることじゃないんで。


 それより俺に話って何ですか?」




 「さっき夏蓮に話があるって言ってたけど…


 あの後、夏蓮と話せたかなぁっと思って」




 突如話し掛けてきた幸子により、夏蓮と裕二が一緒に寄り添いながら歩いていたという認めたくもない現実を、一時的に忘れていた文人だが、雪菜の言葉で瞬く間に現実に引き戻された。




 「話せなかったです…」




 文人は、声を絞り出すように話す。




 「だよね。夏蓮は…土村君と…」




 うなずくので精一杯の文人。




 「どうして裕二なんですかね…?


 小花さんは裕二といつの間にあんな関係に…!?」




 やりきれない想いの文人は、思っていた疑問を雪菜にぶつけてしまう。




 「ごめんなさい。私も詳しくは…」




 「こちらこそすいません。まだ混乱してて…」




 すぐに冷静さを取り戻し、雪菜に謝罪をする文人。




 「ううん。


 私は全然大丈夫。


 実は私も今日雪菜に会って、始めて土村君と雪菜が付き合ってるって聞いたほどで…


 だから、大沢君が納得いく答えは言えそうになくて…」




 「えっ…」




 文人にとって十分すぎるほどの解答だった。


 この解答により、裕二と夏蓮が付き合っているという事実が確定してしまったのだから。


 雪菜に聞くまでは、ただ仲良く話してる所しか見ておらず、二人の関係性がただの友達のような関係性だと思い込んでいた文人。


 それもそのはず。


 人付き合いをほとんどしていなかった親友の裕二が、文人の憧れの存在であり、学園のアイドル的存在の夏蓮と一緒に話しながら歩いているだけで、衝撃的な光景なのに、まさかそんな二人に対して、付き合っているという言葉が、雪菜の口から飛び出すとは、文人は夢にも思っていなかった。




 あ然とする文人。






 (またか…)






 文人は心の中でそう呟いた。


 なぜかというと、文人にとってこの状況は、高校生活で2度目だからだ。


 1度目は付き合っていた茜を、親友の陸に奪われた際。


 2度目は憧れていた夏蓮を、同じく親友の裕二と付き合ってるという事実を知った今。


 これで文人は、高校生活で2度も好きな人を親友に取られるという状況になってしまった。




 「二人は付き合っているんですね…」




 声がかすれながら、やっとの思いで返す文人。




 「えっ…




 もしかして…




 付き合っているのは知らなかった?」




 文人の反応にようやく察した様子の雪菜。




 「はい…」




 と一言返すのがやっとの文人。




 「ごめん。私余計なこと言っちゃたみたいだね…」




 「いえいえ…




 俺が聞いたことなんで…」




 「確か…




 大沢君は付き合っている人が居たってのは聞いてたけど…




 夏蓮のことはどう想っていたの?」 




 「確かに付き合っていましたけれど、もうとっくに別れました…




 小花さんは…




 俺の憧れていた女性です」




 「そう…




 だったらこんなこと言っていいのか分からないんだけど…」




 と、何か言いにくそうにしてる雪菜。




 「もう失うものなんて何も無いんで。


 何でも遠慮なく言ってください」






 「それなら…」




 と、雪菜はゆっくりとこう切り出した。






 「実はね…




 夏蓮と大沢君は…




 「だったみたい…」






 「えっ…」






 雪菜の言葉に耳を疑う文人。


 雪菜は、そんな文人に対してこう続ける。




 「私が卒業するまで、夏蓮とは毎日一緒に居たけど、どんな時でも夏蓮は大沢君の事をずっと眺めていて、相当好きだったみたい…




 そんなに想っているなら【思いきって想いを伝えたら良いのに】って私が夏蓮に言った事もあったなぁ」




 懐かしむように少し微笑みながら話しをする雪菜。




 「そんな…




 でも…




 小花さんは裕二と一緒に…」




 俺の事が好きだったなら、さっき見た光景は?


 二人が付き合ってるっていうのはどういうことなのか?


 とますます分からなくなる文人。




 「あれは放課後だったかな?


 いつだったかは、はっきりとは覚えてないんだけど…




 大沢君が公園のベンチに一人で座っていたらしいの。


 その時、夏蓮は大沢君に、思いきって声をかけて、想いを伝えたみたいだけど、上手くいかなかったらしくて…




 それで【やることはやったから、もう諦めよう】


 って夏蓮が言ってたのは覚えてるかなぁ」




 (それって…




 あの時の…)




 茜にフラれ、公園のベンチに座り落ち込んでいたところに、夏蓮が話しかけてくれて。


 その際に突如告白されたものの、驚きすぎた文人はすぐに返事を返せず。


 気まずくなったところを夏蓮が誤魔化し、慌てて文人の前から去った。


 その時の事だと思う文人。




 「それからも、しばらくは、夏蓮が大沢君の事を気にしていたのは私も気づいていたんだけど…




 【もうやるだけのことはやったから】


 って言う夏蓮に、それ以上口出しは出来なくて…




 あと、私が卒業してからも、変わらず夏蓮と連絡は頻繁にして会ったりもしてたんだけど、最近は私が大学のサークルとかで忙しくなっちゃって、会うことや、連絡する機会が減っちゃって。


 その間に、まさか大沢君じゃなくて土村君と付き合っていたなんて聞いて、私も驚いちゃった…




 そんなときに、急いで夏蓮を追いかけている大沢君に声をかけられるもんだから…




 それで、その時には言えなかったんだけど、もしかしたら…って思って、戻ってきた大沢君に声をかけたの。


 やっぱり大沢君も夏蓮の事を想ってたんだね…」




 「そうだったんですね…」




 「もう少し早く大沢君に…




 この事を知らせてたら…




 ごめんなさい。大沢君」




 「そんな。中城さんが謝ることじゃないですよ。


 悪いのは、返事もちゃんと出来ず、その後も小花さんにちゃんと確認もしないで、あやふやにしていた俺ですし…」




 「私も友人として…


 あの時…もっと背中を押してあげれば良かったんだけど…




 でも今は、大沢君には悪いけど…




 夏蓮が、土村君の事が好きって言うなら、その恋が少しでも長く続くように今度こそちゃんとサポートしようって思ってる。


 だから、今でも夏蓮の事を想っているなら、大沢君にも、夏蓮と土村君の恋をそっと見守ってて欲しいの」




 「もちろんです。


 例え、相手が裕二であっても、小花さんの恋を邪魔するつもりは全くないんで」




 そう言う文人だったが…




 夏蓮に告白された際に、ハッキリと返事を出来なかった事や、その後も、元カノの茜に対する気持ちを引きずり、夏蓮が好きだという自分の本当の気持ちに気づかなかった為に、一度も夏蓮に話しかけられなかった事を、ひどく後悔しているのであった。



 【予告】


 雪菜に真実を伝えられ、後悔がつのる文人。


 ゆっくりと家へと向かう文人の前には、高校3年間の中での色々な思い出があった場所を通る。




 そして…

 家に着いた文人を待ち受けていたものは…




 次回【(11)後悔の夜】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る