アポカリプスな食事情
がりごーり
この世は食うか食われるか?
俺の目の前には、熱々のステーキ皿にて湯気と香ばしさを醸す肉塊、ステーキ様が鎮座しておられる。
ボリュームはおおよそ200g、大人なら小腹がくちくなる丁度良い感じ量だろう。
「食うべきか、食わざるべきか?」
本能は「食え」と叫んでいる。
なんせ一昨日からほぼ絶食状態の俺だ。
鼻炎体質なんで普段はろくに感じもしない、肉の脂の甘みの香りさえ敏感に嗅ぎ取っているのだから、俺の飢餓も退っ引きならない状況なのだと自覚している。
「しかし、なぁ…。素材がなぁ……」
今の状況で俺が躊躇する理由はたった一つだ。
この、僅か数日であっという間に廃墟同然と化した都会のど真ん中。
無政府、無法化。公権機関に頼る安心が消え去り、着の身着のまま逃げ惑い続けて、その路地裏でだ。
とうとう逃げ切れなくなって、無我夢中で襲ってくるゾンビを返り討ちにしたら……それがポンと煙を噴いて熱々ステーキに化けましたって現実を素直に受け入れていいもんかな……と、いまだ現代社会の常識が意識に残る俺は、躊躇わずにはいられんわけだ。
「見た目は完全に牛ロース。がしかし、これに化けたのは紛う方無き、極普通のサラリーマンなおっさんゾンビ」
つまり、素材としては……果たして“××”の肉かという問題。
ここんとこに俺の人としての本能的な忌避感が……
“じゅー……じゅわわわわ……”
……じゅるり。
あれ、食欲の方が勝ってる?
「いやいやいや、見た目がアレなせいだ。だが中味はアレかもだ。忘れんな、俺」
というか、そもそもだ。百歩譲って肉の問題は置いとくとしてだ。何故にステーキ屋で出されたような皿まで付いてる? 鉄皿に加えてその下の木皿まである。付け合わせのボイルなニンジンやポテト、小憎らしいアスパラはどっから湧いた?
おかしいだろ?
……おかしいよな?
これじゃ、まるでゲームでモンスターを倒して出たようなドロップ品みたいじゃないか……。
「そうか、ドロップ品だ。たまたまゾンビを倒して出たドロップ品がステーキだったと。つまりこれは人肉じゃない。まあ、少なくとも人肉とは確定していない」
なんか、我ながら支離滅裂になってきた感じがする。
なんだ、ドロップ品って。
というか、此処は現実だ。ゲームじゃねーよ。
……まぁ、ゾンビパニックの今を現実とか認めたくもないけどな。
“じゅー……ちゅんちゅちゅ……”
ああ、そろそろ皿も冷え始めたらしい。
このままでは肉も固くなって美味さが減る。
……じゅるり。
「……まぁ、なんだ。暦の上では21世紀も始まって30年程の世紀末とは縁遠い時期ではあるが、状況的にはもう、立派に世紀末な感じなわけで」
“じゅん……ちんちんちん……”
「世紀末と言えば弱肉強食。得体の知れない謎肉でも、貴重な栄養となるなら摂取し命を繋ぐのも、この星に生きる生命の使命と言えるわけで、では、いただきま……」
ようやっと、心の整理がついた。
……と思えば、ステーキ皿はそのままに肝心の肉は消えていた。
だが、餓えが研ぎ澄ませた俺の嗅覚は、肉は消えておらず移動したのだと看破していた。
「……っ、そこか!」
視線を移せば、そこにはちょっとばかし毛並みを汚したゴールデンレトリーバーが一頭。ハグハグと口元を動かして咀嚼中なのは一目でわかった。
「くうっ! さては肉が程良く冷めるのを狙っていたな、この犬畜生が!」
俺の恫喝に驚いたのか、まだ口をモグモグさせつつも一目散に逃げてった駄犬。
そして一度怒りを発散した俺は、あれほど葛藤した肉皿の惨状に完全に意気消沈だ。
「ちくしょう、畜生めが」
もはや語彙すら怪しくなってきた。
先程までの現代人のプライドなど何処に消えちまったのか。
肉のみ消え去り、イモは飛び散り。運良く皿に残ったものを貪る俺に躊躇は無かった。
「うん、甘い」
蒸し上げられ増した優しい甘みと、さらに肉汁のよーぉぉく染みたニンジン。美味しゅうございます。
アスパラも余さず頂き……さすがに道に転がったイモや皿の肉汁を舐めるとこには、何とか踏みとどまった。
そして、俺は覚悟を決める。
ほんの少しでも、食欲を満たしたことで生きる活力が湧いたらしい。
「とっとと、次のゾンビぶっ倒して肉食うぞ、肉!」
いや訂正。
単に食欲のタガが外れたらしい。
アポカリプスな食事情 がりごーり @10wari-sobako
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