第13話 異世界と言ったら・・・

そのあと、シンプルかつ機能的な服を無難に選んで店を出た。


つっ疲れた~。


「気力と体力がある時に行かないと、ダメな所だね・・・」


「あそこは、疲れるよね・・・ご苦労様。でも、ここではあの店が1番品揃えが良いんだよね・・・」


ぐったりと肩を落とした私に、カインが労いの言葉をかけてくれる。


「交渉の練習には、良いところだと思うよ。もっと、面倒な店もあるからね」


そうだよね。日本での感覚で、買い物をしてちゃダメだね・・・これからの為に、あの店を選んでくれたんだカインに感謝だよ・・・本当、高額料金を吹っ掛けられる店じゃなくて良かった~。次に一人で行くときは、気合いを入れないとね!・・・じゃないと、流されそうだよ・・・。


「うん、頑張る!」


「その心掛けは良いことだと思うけど、無理はダメだよ」


私を気遣って言ってくれる、カインの言葉が身に染みる。


「・・・あ、ここを通るから」


そう指したのは、3mくらいの高さのある白色の金属製の門だった。同じくらいの高さの塀は、コンクリートのような材質で出来ているようだ。その門は開いたままだが、見張りのような人も居らず、門の両端には誰も立っていない。


小説とか漫画に書かれている異世界の門には、門番がいるはずなんだけど、ここには誰もいないね。魔物とか来たら、どうするんだろう・・・。


「・・・見張りとか、警備とか、誰もいないの?」


「あぁ、色んな人が町を出入りする門にセキュリティがしっかりしてないって、不思議に思うよね。でも、魔物を寄せ付けない装置が、門や塀に取り付けてあるんだよ。あと、リリーがいた店と同じ監視カメラのような物が門に付いていて、魔物や悪意のある者を弾くセンサーが付いているんだ」


キョロキョロしていた私に、カインはそう教えてくれる。


「へ~、凄いね。私の、異世界への概念が変わっていくよ・・・」


「そうだね、俺もこっちの来て初めの頃は、そう思ったよ。この異世界では、日本で出来ないようなことも、頭で想像したことが、ある程度できるんだよ。それができる素材や魔法がある。そして、いろいろな考え方の異世界人同士がいる。だから、常識に囚われなくても良いし、可能性も無限なんだ」


「そうなんだね・・・」


カインのその言葉は、子供の頃のワクワクやドキドキが詰まったものでもあり、苦労もしてきたけど充実した生活もしてきたように感じるものでもあった。


「じゃ、行こうか」


「うん」


私は頷いて、歩き出すカインの後ろに続いて門の外に出ると、そこには草原が目一杯に広がり、森のようなものが遠くに辛うじて見えるくらいだ。次の村や町へと繋がっている道は、森を避けるように左側に寄りながら続いている。

日本の田舎で自然に囲まれて育った私だが、またそれとは違った。それに、なかなか長期休暇を取れない職場環境だったから、海外旅行や況してや国内旅行にもまともに行けてなっかたので、こんな広大で壮大な景色を前にして、ただただ目を奪われ、感動によりため息が出てしまう。


なんか、くよくよしたり不安がったりする自分が、小さく思えるよ・・・。


「凄いね・・・」


「あぁ・・・」


その景色を時間のゆるすかぎり二人で声も出さずに見ていたが、どれくらい経っただろう、視界の端に見慣れないものが入る。それは、餡が入っていない水まんじゅうのような、若しくはわらび餅みたいなモノだった。


「ん?あれ?・・・これって、あのスライム?」


ソレに近付いてカインに聞く。


「うん、そうだね。良くゲームとかに出てくる、あのスライムだよ」


私の脇に立ったカインが、答えてくれた。


これが一般的なチュートリアルだよねー。異世界に来て初めの頃に出会う魔物がスライムっていうのが、普通のテンプレだよね。全く、あんな大きなヘビや狼なんて、規格外だったんだよ!


「あ、手は出さないでね。酸で攻撃してくるから」


「え、溶けちゃう?」


「うん、硫酸をかけたような感じになると思う」


「うわっ・・・」


ぷるぷるしてて気持ち良さそうだと思って、逃げない透明なスライムを触ろうとしていたが、 カインの言葉に手を引っ込める。

以前テレビで見た、硫酸をかけられたという女性の顔を思い出してしまった・・・。


ちょっと待てよ・・・。


「あの魔法使えるかな?ブラッドウルフの時はダメだったけど、このスライムにならいけそうな気がする」


ブラッドウルフにかけた魔法を、このスライムにかけたら、もしかしたら上手くいくかもしれない。確証もないのにそんな想いが沸き起こる。


「"あの魔法"?ん~、どうだろう。ここら辺のスライムたちは、頻繁に他の魔物や村の人たちに狩られているから、生まれてそんなに経っていないし、レベルも高くないから大丈夫だと思うけど、やってみないとわからないかな」


「え!?魔物も、村の人たちも、スライム狩るの?冒険者とかに頼むんじゃなくて?」


「うん、村の人たちだよ」


スライム狩るのって、冒険者とかじゃないの?それに、魔物がスライム狩ってどうするんだろう・・・。


「・・・あれ、そういえば、冒険者っているの?」


そうだよ!異世界イコール冒険者とかギルドとか考えていたけど、この世界に存在するのかしないのか、聞いてなかった!!


「冒険者はいるよ。ギルドもあるし」


「冒険者いるんだ~。ギルドもあるの!?行ってみたい!」


「今度、連れていくよ。でも、小さな村や町には殆ど居ないからね。だから、自分の身を守るためには、自分自身で魔物を倒さないといけないんだよ」


「そうなんだ・・・」


こういう所こそ、必要だと思うんだけどな・・・。


「だから、レベルの低い人や魔物にとったら、簡単に倒せるし、良い経験値になるんだよ」


「え、簡単に倒せるの?酸でやられない?」


「自分の攻撃力が異常に少ないとか、スライムのHPが異様に多いとかでない限り、酸を避けながら数回叩けば倒せるよ」


「へ~そうなんだ」


「だから、大丈夫だと思うんだ・・・やってみる?」


「・・・不安もあるけど、やってみるよ」


「わかった。じゃ、他の魔物は任せてね。シールドも一応かけておくから」


そう言うと私の体が光り、そしてカインは私から離れていく。


「ありがとう!」


カインにお礼を言って、透明なスライムの前に仁王立ちして、手をかざす。


上手くいきますように・・・。


「・・・『悪しき心よ消えろ』!!」


気合いを入れて、そう叫んで魔力を放出するが、またちょろちょろとしか出ない・・・少しずつ魔力を溜めていき、野球ボールほどの大きさになると白く光ってきた。それを、私がすることに気付いていないのか、全く逃げようとしないスライムに当てる・・・しかし、やはりまた何も変わってないように見える。


「う~ん、変わったかどうかは、見た目じゃわからないね・・・」


「そうだね、変化したようには見えないね・・・」


いつの間にか、カインが私の直ぐ隣にいて、スライムを覗き混む。


ぷるぷる動いているから、生きているとは思うんだけど・・・。


「わっ!」


そんなことを思っていると、突然スライムが私の胸に飛び込んできた。しかし、その一歩手前で、カインの片手で鷲掴みされ遮られる。


「攻撃では、無さそうだけど・・・」


そう言いながらも、カインは手を離そうとしない。そして、私の所に来たいのか、それから逃げようとしてもがくスライム。


「どうしたの?」


何かを訴えたいのではと思い、カインの手の中にいるスライムにそう声をかける。私の言っていることがわかるのか、逃げようとするのを止めて、今度は縦に横にびょんびょんと伸びる。カインに鷲掴みされたまま・・・。


「ごめんね。何を言いたいのか、わからないんだ」


その私の言葉に、ピタッと動きを止めた。何かわかれば良いんだけどと、スライムを良く観察するように見ていると、中央の少し上辺りに、2つの小さな泡みたいなものがあるのを見つけた。


なんか、目みたい・・・。


そのつぶらな瞳のようなモノをじっと見ていると、『ガーン』という感じのイメージが、何処からともなく伝わってきた。というか、そう言っているように聞こえる。


「・・・え?」


「どうしたの?」


「何か、ガーンって言ってるみたい・・・」


「俺とジャックみたく契約してないのに、感じるんだ・・・でも、ガーンって言葉なの?」


「ふふっ。たぶん、そう言ってるんだよ。ガーンって」


ガーンと、ずっと言っているスライムが可愛くて、思わず笑ってしまった。


「触っても良い?」


手触りが良さそうな、ぷるるんとした感触を確かめたくて、スライムに聞いてみた。もちろん、まだカインに掴まれたままだ。

それに対してスライムは、我にかえったように、自分の体をぷるんっと動かし、『触ってくれるんですか!?是非是非どうぞ』と言ってくる。


「ありがとう」


そんなスライムに、苦笑いしながらお礼言って両手を出すと、カインが渋々その上に乗せてくれた


なんだろう、この感触・・・どう表現して良いのか・・・んー、水まんじゅうよりは少し固め、グミよりは柔らかい・・・うん、この触り心地は癖になる。


そんなふうに感触を楽しんでいると、スライムが『気持ち良いっす!ツボを心得ていますね~・・・そんな姐さんに、是非仲間たちを紹介したいです!自分と色違いで集まるとキレイですよ』と言ってきた。


姐さんって・・・。


「仲間?」


『そうです!姐さんのその魔法の力で、更生させやってください!!』


「ちょっと待ってね。先ずは、その姐さんという呼び方は止めて欲しいな。あと、更生ってどういうこと?」


「姐さん・・・」


ボソッと呟くカインを、ジトッと見る。


ちょっとカインさん、黙っててほしいのですがっ。


『では、なんと呼べば良いですか?姐さん』


手の中のスライムが、泡みたいな、たぶん瞳のようなものをキラキラさせて見つめてくる。


「私はノアって言うの。呼び方は、ノアで良いよ。君の名前は何て言うの?」


『ありがとうございます!!では、ノア様と呼ばせていただきます!そして、自分に名前はありません!』


「様は止めて・・・君、名前がないの?」


『なんと!?謙虚なお方なのですね!しかし、これだけは譲れません!!ノア様でお願いします!』


「もう、しょうがないな、それで良いよ。あと、名前がないのなら君のこと何て呼べば良いの?」


『名前は無くとも自分は全然問題ありませんが、ノア様の好きなように呼んでください!・・・あと、更生の説明ですね。少し時間を取らせてしますが、お話しさせていただきます。ノア様に魔法をかけていただく前は、自分は荒んでました・・・』


昔のことを思い出すかのように、遠くを見るスライム。


『ところが!ノア様の魔法が、やさぐれていた自分の心を晴らしてくれたのです!!自分、足を洗って堅気に戻れました。ありがとうございます!』


カタギ?・・・意味がわかりません・・・私の異世界語の、翻訳変換のスキルが性能悪いの?


「・・・いえいえ、どういたしまして」


そう、言うしかなかった・・・。


『仲間たちにも同じ思いをさせてやりたいんです!今すぐ、連れて参りますので、少々お待ち下さいっ』


そう言うと透明なスライムは、ぴょんぴょんと跳ねてどこかに行ってしまった。


え?・・・あ、名前・・・。

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