第9話 収穫祭の夜

 ノエルとオーガスタ王国・第一王子アンドレによる剣術の親善試合。


 紆余曲折あったものの、何とか体裁良く終わりを迎えることができた。


 そしてルカたちは、無事にノースフィールドの街に戻ることができたのだった。


 街に戻ってから、いの一番にルカを出迎えたのは、母親のハンナではなく幼馴染みのオリビアだった。


 彼女はルカの姿を一目見るなり、人目もはばからず突然泣き出しルカに抱きついてきたのだった。


 いつもならあまりの恥ずかしさに、ルカはオリビアのことをすぐに突っ返してしまう。


 しかしこの時ばかりは、彼女の気持ちを受け止め、胸の中でそっと優しく抱きしめたのだった。


 ふとそんな時、ノエルの姿がルカの視界に映った。


 そしてルカは、ノエルとその時目が合ってしまったのだ。するとその時彼は、そっと優しく見守るようにして微笑んでくれていた。


 そんな彼の顔を見て、オリビアを抱きしめているルカは、その恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして照れてしまったのだった。

 

           ❇︎❇︎


 ノースフィールドに戻ってから数日が経ち、街は収穫祭の日を迎えていた。


 そしてノエルがオーガスタ国王より名誉騎士の称号を与えられたことを受け、街では収穫祭も兼ねて、彼を神輿に担いだ盛大なパレードが繰り広げられたのだった。


 もうすぐノエルを乗せた大きな馬車が通り掛かる予定の時刻。


 ルカはオリビアと二人、ノエルの勇姿を一目見ようと街の大通りへと繰り出した。


 しかし街の大通りに到着してみると、街中の大勢の人々が詰め掛けていた。


 こんなにも街には多くの人々が住んでいるものなのかと驚かされてしまうほどだ。


 これでは通りに出てノエルの勇姿を見るのは叶わなそうだ。


 「大きな馬車に乗って来るって聞いたから、少し離れた所からでも見えるんじゃない?」


 オリビアが告げた。


 「そうだな」


 ルカは諦めて、通り沿いに集まっている群衆の、少し後ろの離れた場所から見物することにした。


 そしてしばらくすると、ノエルを乗せた大きな馬車が、目の前の大通りにゆっくりと姿を見せ始めた。


 馬車には屋根が無く、高く大きな台が設けられている。そしてその台の上にノエルの姿が。


 彼は集まっている街の人々に向けて、手を振りつつ笑顔を振り撒いていた。


 そしてその隣にはもう一人。


 「ヨハン!」


 ルカは思わず声を上げた。


 何と、馬車の台の上に立つノエルの隣には、ヨハンの姿があったのだ。


 「あいつ、朝から見ないと思ったら、あんな所にいたのか……」


 呆れ返るルカの横では、オリビアがお腹を抱えて笑っていた。


 そしてノエルたちを乗せた馬車は、呆気なくルカたちの目の前を通り過ぎて行ったのだった。


           ❇︎❇︎


 同じ日の収穫祭の夜。


 街の外は昼間と同じく大勢の人々でごった返していた。


 パレードのあった大通りには、通りに面して多くの出店などが立ち並んでいる。


 そして大通りの真ん中では、笛を吹く者、太鼓を叩く者、それに合わせて踊る者、それを眺めている多くの見物客で賑わっていた。


 目の前の光景はまるで、セントラルの街の賑やかさを連想させる。


 「お腹空いたね。何か食べよう」


 オリビアが突然そう告げてきた。


 ルカは「うん」と頷きつつ、周りに立ち並んでいる出店を物色し始めた。


 色々な店がある。芋を細く千切りにした物を油でこんがりと揚げた物。


 大きな牛の肉を一枚、太い二本の串で刺して炭火で焼いた物。


 鶏の肉を一口大の大きさに切ってそれを五つぐらい細い串に刺し、同じくそれを炭火で焼いた物。


 もはや選り取り見取りで、種類が多過ぎて迷ってしまう。


 「私、揚げたお芋と鶏の肉が食べたい」


 オリビアがその出店の方を指差した。


 「じゃあ、そうしよう」


 早速ルカたち二人は出店の列に並び、目当ての物を買った。


 そして通りから少し離れた場所の木の下に腰掛け、出店で買った物を食べて腹を満たした。


 食事を終えてからは、二人横に並んで木に寄りかかりながら、賑わっている大通りを静かに眺めた。


 「ねえルカ」


 「ん?」


 「私たち、子供の頃からずっと一緒だったよね?」


 「うん」


 「あなたがセントラルに出かけてる間、私、ずっと不安だったんだよ……」


 暗がりでよく見えないが、オリビアは突然涙声になった。


 泣いているのか?


 「どうして?」とルカは尋ねた。


 「セントラルに行く途中で飛竜から落ちて死んでしまうんじゃないかとか、セントラルの街で悪い人に襲われて殺されるんじゃないかとか、色んなこと考えてた……」


 そんな突拍子もないオリビアの言葉に、ルカは思わず吹き出して笑ってしまった。


 「笑い事じゃない! 私、ルカが居なくてずっと寂しかったんだよ?」


 オリビアは涙声のまま怒っている。


 「ごめんごめん。いやでも、それはあまりにも心配し過ぎだろ」


 「そうだけど……」


 「オリビア、おれはお前が思ってるほどそんなに柔じゃないよ。だからそんなに心配するな」


 「じゃあさ、一つ約束してよ……」


 「何?」


 オリビアはしばらく黙り込んだ。そして静かに口を開いた。


 「もう、私の前から居なくならないで……」


 オリビアの言葉は本気のようだ。


 「分かった。じゃあ、こうしよう」


 ルカは覚悟を決めた。そしてオリビアに告げた。


 「オリビア、おれは歳がお前の一つ下だ」


 「え?」


 「だから、おれが学校を卒業したら、おれたち結婚しよう」


 そう告げた後、しばらく沈黙が続いた。


 そしてその後、オリビアのすすり泣く声が聴こえてきた。


 「うん……」


 彼女は小さな声で静かにそう呟いた。


 そしてオリビアは、自らの全てを預けるかのようにして、ルカの胸に強く飛び込んできた。


 ルカは彼女のその身を胸に受け止め、そっと優しく両手で包み込んだ。


 幼い頃は自分より一回りも体の大きかったオリビア。


 けれども彼女の背中はこんなにもか細く小さくなっていたのかと、今更ながらに気づかされてしまう。


 その時ルカは、「オリビアはおれが守る」と、自らの心の奥底で強くそう誓った。


 「オリビア、愛してる。おれたちはずっと一緒だ……」


 「うん、私もルカを愛してる。約束だからね……」


 二人はそう誓い合い、そっと口づけを交わした。


 そしてしばらくの間、二人はお互いに強く抱きしめ合ったのだった。


           ❇︎❇︎


 オーガスタ王国宮殿、王の謁見の間。


 月の満ちた夜、アンドレは父であり国王でもあるミラスロフに呼び出された。


 「父上、アンドレここに参上仕りました」


 アンドレはミラスロフ王が座している王の玉座の前で、床を見つめながら跪いた。


 「皆の者、所払いを」


 ミラスロフ王が静かに右手を掲げると、謁見の間にいる全ての騎士たちやお付きの者たちがその姿を消した。


 「アンドレよ、顔を上げよ」


 王の言葉に従い、アンドレはその彼の顔を見上げた。


 「我が息子アンドレよ、余はいや、私はお前を心の底から愛している。それはお前がどんな人間になろうともだ。父親として、私は最後までお前を愛し続ける」


 ミラスロフ王は玉座から静かに立ち上がりそう告げた。


 「父上、お言葉の意味がよく分からないのですが……」


 「アンドレよ、立て。そして私の元へ参れ」


 ミラスロフは優しくも悲しげな表情を浮かべ、アンドレに向けて両手を広げた。


 アンドレは半信半疑のまま立ち上がり、ミラスロフのいる玉座の方へと歩みを進めた。


 「ああ、アンドレよ。愛している。そして本当にすまないと思っている……」


 ミラスロフは両手で強くアンドレを抱きしめてきた。

  

 「父上?」


 アンドレはミラスロフの言葉の意図が全く理解できなかった。


 「アンドレよ、私は王として義務を果たさなければならない」


 「はい?」


 「次期オーガスタ国王は、第二王子のトニとする」


 ミラスロフの言葉に、アンドレは自分の耳を疑った。


 「アンドレよ、残念だがお前は王の器には値しない。それはこれまで私がお前を甘やかして育ててしまったことに全ての責任がある」


 「父上?」


 「世継ぎでなくとも、お前はこれからもずっと私の息子だ。だからこれからの人生は、自分の好きな道を選んで生きて行きなさい。そのためなら私はどんな支援だっていとわない」


 ミラスロフは目を瞑りながら涙を流していた。


 次の瞬間、アンドレは自らの腰元の剣を抜き、ミラスロフの腹に突き刺した。


 「ア、アンドレ……」


 驚きの表情を浮かべるミラスロフ。そして彼は呻きながらゆっくりと膝から崩れ落ちた。


 「老いぼれ、ついに血迷いよったか……」


 アンドレは自らが握る剣の刃に付着したミラスロフの血を振り払った。


 「王位継承権が無ければ、お前の息子である意味は無いんだよ。あの世で見ていろ。このおれ様が、これから全世界を征服していく様を」


 アンドレは自らの身体をゆっくりと屈ませ、床にひれ伏す今際の際にあるミラスロフの顔を覗き込んだ。


 そしてミラスロフは最期まで呻き続けながら、ゆっくりと息を引き取ったのだった。


 「ふう、やれやれ……」


 アンドレは立ち上がり大きく息を吸い込んだ。


 「父上! おのれ! ノースフィールドのノエルめ! 許さんぞ! 者共出合え! 侵入者だ! 顔ははっきり見たぞ! ノースフィールドのノエルだ! 奴が我が王ミラスロフを暗殺せしめたぞ! 出合え!」


 アンドレはこの夜、王の謁見の間で絶えずそう叫び続けたのであった。


 そして数日後、オーガスタ王国が誇る最強の飛竜騎士団によるノースフィールドへの侵攻が始まったのだった。


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