第8話 名誉騎士ノエル

 アンドレがまたがる巨大飛竜の顎門から、再び超高熱の火炎ブレスが放たれた。


 そして巨大飛竜の放つ超高熱の火炎ブレスが再び二人に襲いかかる。


 「ブリザード・ストーム!」


 ノエルが両手を掲げそう唱えた。


 すると彼の両手のひらから、強力な氷結の波動が放たれた。


 そして襲い掛かる超高熱の火炎ブレスをその強力な氷結の波動で押し返した。


 「ルカ、行けるか?」


 次の瞬間、ノエルがそう尋ねてきた。


 「はい!」とルカは即答し、両手で剣を振り上げながら目の前の巨大飛竜の方へと突進した。

 

 「ファイア!」


 アンドレが再び巨大飛竜にそう命令した。そして巨大飛竜は、例のごとく火炎ブレスを吹き出そうと大きく息を吸い込んだ。


 しかしルカはそれには怯まず突進を続けた。


 そして巨大飛竜の顔面に飛び乗り、両手で振り上げた剣の刃先をその巨大飛竜の左眼に突き立てた。

 

 ぐあああああああああああああ!


 その瞬間、巨大飛竜は悲鳴を上げ、長い首を激しく左右に振り始めた。その反動でアンドレは巨大飛竜の背中から振り落とされてしまった。


 左眼に剣が突き刺さったまま暴走する巨大飛竜。


 その激痛のあまり首を前後左右に振り回しながら、ついにはのたうち回り、なりふり構わず周囲に炎を撒き散らし始めた。


 「ルカ、戻れ! 敵はまだ我々の周りを取り囲んでいる! 陣形を組みなおすぞ!」


 するとノエルの声がルカの耳に入ってきた。


 その彼の指示に従い、ルカはアンドレが落としてしまった剣を拾ってから、再びノエルの元へと走って戻った。


 そしてルカは再びノエルと背中合わせになり陣形を組み直した。


 激しい炎と共に、多くの王宮魔術師団の男たちが、ルカとノエルの周りを取り囲んでいる。


 しかしノエルに背中を預けているおかげか、不思議と不安や恐怖は全く無い。


 あと何のきっかけでそうなったのかは分からないが、ルカの心を支配していた強いトラウマが、いつの間にか払拭されていた。


 そして今は自分が望めば、何の迷いも無く襲い掛かってくる敵といくらでも戦えるようになっていた。

 

 心強いノエル。


 そしてルカ自身もまた、剣を一振りすれば魔法を掻き消すほどの能力に目覚めていた。


 全身にみなぎる自信、そして勇気。


 「来い!」


 ルカは目の前に立ちはだかる敵に向けそう叫んだ。


 しかし本当の脅威は、目の前の王宮魔術師団の男たちではない。


 ふと気がつくと、アンドレが背に乗っていた巨大飛竜の暴走はまだ続いており、ついにはミロスラフ王のいる観覧席の方へと向かい始めている。

 

 闘技場内を逃げ惑う大勢の観衆。


 暴走する巨大飛竜は、その大勢の観衆を次々と自らが吹く火炎ブレスで焼き殺していく。


 多くの悲鳴。そして鼻を摘みたくなるような肉の焼ける焦げる悪臭が立ち込める。


 目の前の光景はもはや地獄と化していた。


 そんな折、大事なことを忘れていたことにルカは気づいてしまう。


 ヨハンの安否。


 突然ルカの心を大きな不安が襲い掛かった。


 「ヨハン!」


 ルカは周りを見回し、彼の名前を叫んだ。しかし返事がない。


 彼は巨大飛竜の火炎に巻き込まれてしまったのか? 


 拭い切れない不安だけがルカの心を支配していく。


 「クソっ!」とルカは思わず叫んだ。


 「ルカ、酷な話だが、今は自分の身を守ることだけに集中しろ! ここはもう戦場だ! 他人ひとの心配をしている場合じゃない!」


 ノエルの言葉に、ルカは無理やり自分の感情を押し殺した。


 そうこうしているうちに、暴走をし続ける巨大飛竜はミロスラフ王の観覧席の間近まで接近していた。


 ゆっくりと立ち上がるミロスラフ王。


 巨大飛竜は彼の前でゆっくりと息を吸い込み、大きく開いた顎門の奥から瞬く閃光を放ち始めた。


 間もなく火炎ブレスは放たれる。


 間近に迫る国王の死。そしてその瞬間、時は止まった。


 すると辺り一帯は、巨大飛竜が放った火炎ブレスにより大爆発を起こした。そしてそれにより闘技場では巨大な火柱が立った。


 それからしばらくすると、その巨大な火柱はやがて巨大な黒煙へと変化した。


 その巨大な黒煙もまた、風の流れに晒され少しずつ薄れていく。そして爆発により煙に包まれていた観覧席の現状が明らかになっていく。


 そこは真っ黒く焼け焦げ、見る影もなくなってしまった観覧席。


 しかしそんな中、ミロスラフ王は悠然と佇むその姿を現した。そしてその傍らには少年と幼い女の子の姿があった。


 よく見るとその幼い女の子は、試合前にアンドレによって処刑されてしまった男の一人娘イリヤだった。


 その一方で少年の方は、何と舞台横でルカと一緒に試合を観戦していたヨハンだった。どうやら彼は無事だったようだ。


 「ヨハン……」


 ルカは彼の姿を一目見て思わず安堵した。


 黒く焼け焦げた観覧席の前には、首の無い巨大飛竜が横たわっている。そしてその巨大飛竜もまた全身が黒く焼け焦げてしまっている。


 そしてその他、黒く焼け焦げ周辺に散らばっている肉片から察するに、それは巨大飛竜の首が吹き飛ばされたものと推測される。


 「何と愚かしい!」

 

 観覧席にいる三人の前に、白いローブを着た一人の男が立っていた。その男は何と、王宮魔術師団の魔術師トニだった。


 「この場にいる王宮魔術師団の全員に告ぐ! これ以上大事な客人に手を出すようであるならば、この私がオーガスタ王家の者として、直々に鉄槌を下す!」


 トニは右手を掲げ、火炎の円陣を空中に発現させた。


 「全員、客人たちから下がれ! 兄上も例外ではない! 今後逆賊と罵られようとも、オーガスタ王家の恥を晒した者を、私は断じて許すことはできん!」


 トニが空中に発現させた火炎の円陣は、さらに激しさを増し巨大化した。


 舞台上から少し離れた場所では、アンドレが地面の上で腰を抜かして倒れている。


 「トニよ、もうよせ。全ては余に責任がある。ノースフィールドのノエルよ、本当にすまない……」

 

 ミロスラフ王はゆっくりとトニの前に出て、観覧席からノエルに向けて跪いた。


 「余は己が息子可愛さに少々甘やかし過ぎた。余がいくら謝ったとて、アンドレが其方にした愚行は許されるものではなかろう。だがあえて、余は其方に謝罪する。本当にすまなかった……」


 頭を俯けるミロスラフ王。


 「陛下、おやめ下さい。勿体なきお言葉……」


 ノエルもまた彼に向けて跪いた。そのノエルに続いて、ルカもまたミロスラフ王にその場で跪いた。


 「次の時代のオーガスタ王が勝利に執着し勇猛果敢であることは、喜ばしきことであると私は思います。そして道から少し外れてしまいそうになることは、誰しもあることでありましょう。それを誠心誠意受け止め、正しき道へ王を導くことが、私の将来の務めと心得ております」


 ノエルは地面を見つめながら、ミロスラフ王へそう告げた。


 「ノエルよ、そう言ってくれるか? 余は嬉しいぞ。我が息子アンドレに、こんなにも頼もしくも熱き男が友であってくれることを、余は心の底から感謝する」


 ミロスラフ王は静かに立ち上がり、穏やかな顔でノエルを見つめた。


 「ノースフィールドのノエル。余はお前を気に入った。お前にはオーガスタ王国の名誉騎士の称号を与える。そして今後のオーガスタ王国の未来をお前に託す。我が息子、アンドレのことを宜しく頼む」


 ミロスラフ王の言葉を受け、闘技場内から少しずつ拍手が湧き上がった。


 そしてそれは少しずつ盛り上がりを見せ、やがてそれは盛大な拍手と共に、多くの歓声が湧き上がった。


 「ノエル! ノエル! ノエル! ノエル!」


 闘技場にいる全ての観衆がノエルを称え、その名を呼び続けた。


 「ノエルよ。おもてを上げよ。そして立つが良い。我がオーガスタ王国の名誉騎士として、セントラルの民たちにその笑顔を向けてやってくれ」


 ミロスラフ王の言葉を受けると、ノエルは静かに立ち上がり、闘技場の全ての観客席に向けて手を振りその美しき笑顔を振り撒いた。


 「ノエル! ノエル! ノエル! ノエル!」


 大勢の観衆からの拍手と歓声に包まれながら笑顔でそれに応えるノエル。


 そんな彼の姿を見て、ルカはまるで自分のことのように、ノエルのことを心の底から誇らしく思ったのだった。


 そしてこの日を境に、ノエルは街一番の剣士から、オーガスタ王国最強の騎士としてその名を国中に轟かせたのだった。

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