第7話 ルキウスの丘の記憶

 アンドレの渾身の一振りは、呆気なくノエルに回避されてしまった。


 石畳みの床の上に強く打ちつけられるアンドレの剣の刃先。そして甲高い金属音が闘技場中に鳴り響いた。


 ノエルにカウンター攻撃のチャンス到来。しかしノエルは微動だにしなかった。


 すかさずアンドレは、自らの手に握る剣をノエルの胸元へ目掛けて振り上げた。しかしアンドレの振り上げた剣先は空を斬った。


 そして振り上げた刃の遠心力でアンドレはバランスを崩してしまい、観衆の注目する中、彼は無様にもよろけてしまった。


 しかしノエルはそんな彼に一切の攻撃を加えようとはしなかった。


 「怖気づいて手も出せないってか?」


 アンドレはノエルを嘲笑った。


 しかしノエルは黙ったままそれを無視した。そして自らが握る剣の刃先をアンドレの顔に向けた。


 「この無礼者! 観衆の前でこのおれ様に恥を掻かせる気か? 舐めよってからに! この逆賊が!」


 アンドレは再び剣を構えノエルに斬りつけた。そしてその彼によって、何度も斬撃はノエルへと繰り出された。


 しかしその全ての斬撃を、ノエルはいとも簡単に回避し続けた。


 そして次の瞬間、ノエルは自らの手に握る剣を振り上げ、そのまま勢いに任せて振り下ろした。


 すると彼の振り下ろした剣の刃先は、アンドレの握る剣の刃に激突。そして再び甲高い金属音が闘技場中に鳴り響いた。


 すると次の瞬間、アンドレの握る剣の刃が真っ二つに折れてしまった。


 そしてその折れてしまった剣の刃は、回転しながら宙を舞い、やがて舞台の石畳みの床の上に音をたてて転がり落ちてしまった。


 アンドレは刃が折れてしまった剣をただ握り締めながら、そのまま呆然と立ち尽くしてしまっている。

 

 するとノエルは、自らが握っていた剣をアンドレの方へと軽く放り投げた。アンドレの足元に彼が放り投げた剣が音をたてて転がり落ちた。


 「馬鹿にしているのか?」


 アンドレがノエルを睨みつけた。しかしノエルは無言のまま彼に何も答えなかった。


 「今に見ていろ! このおれ様を馬鹿にしたことを必ず後悔させてやる!」


 アンドレは自らの足元に転がっている剣を拾い上げ、再びノエルへと向けてその剣を構えた。


 うおおおおおおおおっ!


 雄叫びを上げるアンドレ。そして再びノエルへと斬りかかった。


 例のごとく、アンドレの全ての太刀筋を紙一重で回避するノエル。無駄な動きが全く無い。


 そして最後には、剣を握るアンドレの右手の上

に手刀を振り下ろし、その彼の握っている剣を舞台の石畳みの上に叩き落としてしまった。


 するとアンドレは、叩かれた自らの右手首を左手で押さえながら激痛に悶え始めた。


 そして落ち着きを取り戻すと、今度は「王宮魔術師団、出合え!」と声をひっくり返しながらも大声でそう叫んだ。


 その瞬間、白いローブを身に纏った男たちが次々と現れ、舞台場の周りを取り囲んだ。


 そんな中、舞台横の少し離れた場所にいたルカとヨハンもまた、白いローブの男たちによって囲まれてしまった。


 「コイツは逆賊だ! 火炎魔法にて、この逆賊を焼き殺してしまえ!」


 アンドレが白いローブの男たちに命令した。


 それに従い、王宮魔術師団の白いローブの男たちは、ノエルに向け両手をかざし始めた。


 「殺せ! 死体も残らんぐらいに焼き尽くしてしまえ!」


 アンドレは声を荒げた。


 すると王宮魔術師団の男たちは、次々とノエルに向け無数の火炎の弾を連射し放ち始めた。そして舞台上は、瞬く間に火の海と化してしまった。


 その様子を眺めながら、高らかに声を上げて笑うアンドレ。


 将来この国の王になる男とは到底思えないほどの、卑劣極まりなくも愚かな行い。


 そんなアンドレを見て、ルカの中で彼に対する激しい怒りが沸々と湧き上がってきた。


 その一方で、ノエルは次々と自らに襲いかかってくる火炎の弾の全てを、軽やかな身のこなしで回避し続けていた。


 「ええい、忌々しい!」


 すると突然、アンドレは今度は指笛を鳴らした。


 キエエエエエエエッ!


 そして空から奇妙な怪物の鳴き声が響き渡ってきた。


 すると上空から、一頭の巨大な飛竜が姿を現した。そして数人の白いローブの男たちを踏み潰しながら、その巨大飛竜は舞台横の地面に着地した。


 「ファイア!」


 そして次の瞬間、アンドレは伸ばした右手をノエルへと振りかざした。


 すると巨大な飛竜は大きく顎門を開け、超高熱の火炎のブレスを吹き出した。


 「ノエル! 危ない!」


 次の瞬間ルカは気がつくと、自らの腰元の鞘から剣を抜いて、ノエルの前に飛び出してしまっていた。


 とっさのことで何も考えていなかった。


 しかしただ、ノエルを助けたいという強い気持ちが、ルカの身体を突き動かしてしまったのだった。

 

 しかし超高熱の火炎ブレスは、無情にもこちらに襲いかかってくる。


 すると次の瞬間、ルカの頭の中にふと、ルキウスの丘での記憶が蘇ってきた。


 聖剣を握る大きな男の背中。その男はたった一振りの一撃だけで、数多くの魔物を一瞬にして蹴散らしていた。


 ルカはただ何も考えず、自らの手に握る剣を横一線に振った。そして微かに青白く光を放つ剣の刃。


 その刹那、ルカの放った剣の一振りにより、巨大な飛竜が放った超高熱の火炎ブレスは、一瞬にして消し飛ばされてしまった。


 「ルカ……」と驚くノエル。


 「何かよく分からないけど、とりあえず今はこの場を乗り切りましょう」


 ルカはノエルにそう告げた。


 「ああ、分かった」


 するとノエルは、ルカと背中合わせになりながら拳を構えた。


 そして二人は互いに、巨大な飛竜の背中にまたがるアンドレの姿を静かに見据えた。


 

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