第5話 王との謁見

 ついにルカたちを乗せた飛竜は、王都セントラルの街に到着した。


 まず目に飛び込んできたのは、無数に掲げられた大きな旗。


 中央に正面を向いた飛竜の頭、そしてその左右両側に羽ばたく翼に見立てた二枚の芭蕉の葉が描かれている紋章。


 無数に掲げられている全ての旗には、その紋章が描かれている。


 そしてその大きな旗が、街全体を囲う外壁に沿って無数に掲げられている。


 ノースフィールドの街には旗など掲げられたいない。あるとすれば、領主の邸宅の門に掲げられているその一本だけである。


 街の外壁に掲げられている大きな旗の本数、その大きな旗の数だけでも、このオーガスタ王国の首都セントラルの強大さがうかがい知れる。


 それから程なくして、ルカたちを乗せた飛竜は、セントラルの街から少し離れた広大な敷地に着陸した。


 辺り一面に広がる広大な敷地。そこは巨大飛竜たちの発着所。


 その広大な敷地には、ルカたちを乗せた飛竜の他にも、十数頭ほどの巨大な飛竜たちが同じ敷地内で待機していた。


 ルカはその光景を目の当たりにして、思わずその規模の大きさに圧倒されてしまった。


 そして圧倒されるあまり、呆然とその場で立ち尽くしてしまった。


 「あれは氷山の一角に過ぎません。我らが祖国オーガスタには、世界最強を誇る飛竜騎士団があり、首都セントラルには、総勢五十頭もの飛竜がその飛竜騎士団に管理されています」


 すると突然、見知らぬ男が話し掛けてきた。


 ルカは思わずその男の方を振り向いた。


 するとそこには、立派な白いローブを纏ったルカと同年ぐらいの色白の優男が立っていた。


 「首都セントラルにようこそ。そして初めまして、僕は王宮おうきゅう魔術師団まじゅつしだんに所属していますトニと申します」


 その優男は笑みを浮かべながらそう告げた。


 「初めまして、ノースフィールドのノエルと申します」


 ノエルもまたにこやかに彼に笑顔を返し、トニと名乗るその優男と握手を交わすために、自らの右手を差し出した。


 「こちらはルカとヨハンです。彼らは僕の付き人として来ました」


 ノエルに紹介されたので、ルカはとりあえずトニに軽く会釈をした。


 「ヨハンです。よろしくお願いします」


 ヨハンはルカとは違い、とても愛想の良い振る舞いをトニに見せた。


 「可愛らしい。遠いとこから女の子なのに大変でしたね」


 トニの優しい言葉に戸惑うヨハン。


 「いえ、彼はこう見えて男の子なんですよ」


 するとノエルがすかさずトニにそう告げた。

 

 確かにヨハンは背が低くきゃしゃで髪が長いので、女の子に見間違えられてもおかしくはない。


 しかしヨハンと名前を紹介されたのだから、普通は男だって分かるはずだ。


 (まあ、いっか……)


 どうでもいいことをいくら考えても仕方がない。


 「長旅お疲れ様でした。今から王室の宮殿へと案内いたします。道中、セントラルの街を観光がてら眺めると良いでしょう。さあ、早速向かいましょう」


 トニはそう告げるとゆっくりと歩き始めた。


 ルカたち三人もまた数人の護衛兵たちに囲まれながら、王宮魔術師トニの後に続いて王室の宮殿へと歩き始めたのだった。


           ❇︎❇︎


 宮殿への道中、セントラルの街で見る物のほぼ全ての物が、ルカにとっては物珍しい物ばかりだった。


 まず驚かされたのは、広い街の大通りに沿って連なる大きな建物。


 ノースフィールドの街には大きな建物は無い。


 唯一大きな建物と言えば、ノエルが住むノースフィールド公の邸宅ぐらいのものだ。


 しかしこの街には、そのノースフィールド公の邸宅よりも大きな建物がいくつもこの街には並んでいる。


 そればかりじゃない。


 街の上空の至る所に、巨大な飛行船が浮遊していて、その飛行船の下には、何かしらの文字が書かれた大きな旗がぶら下がっている。


 これも当然にノースフィールドの街には無い。


 そして何より驚かされるのは、街に住む大勢の人々。


 大通りに面して市場が展開されており、沢山の露店や屋台などが立ち並んで賑わっている。


 そして通りを歩いている人種も様々だ。


 ルカがキョロキョロと周りを眺めていると、ふと先頭を歩いているトニと目が合ってしまった。


 するとなぜか彼は優しげな笑みをこちらに向けてきた。


 (はあ? 田舎者と馬鹿にされたか?)


 そんなトニに、少しだけムッとするルカであった。


 「もうすぐ宮殿です。陛下が謁見の間にてお待ちしております」


 するとトニが進行方向を指差しながらそう告げてきた。


 それからしばらく歩いていると、大きな噴水のある綺麗に手入れが施された広大な庭園の敷地の中へと案内された。


 そしてさらにしばらく歩いていると、白く巨大な宮殿が目の前に姿を見せた。


 その宮殿はセントラルの街のどの建物よりも大きくそびえ立っている。


 まず目にとまったのは、まるで塔のように高く、光り輝く白い大理石で造られた宮殿の柱だ。


 その柱は一本だけではない。同じ柱が何本もあり、そしてそれら全てが宮殿の巨大な屋根を支えている。


 その建築構造に圧倒されつつ、徐々に宮殿へと歩みを進めて行く。そして程なくして宮殿の大きな玄関口に到着した。


 宮殿の大きな玄関口の前では、光り輝く銀の鎧を身に纏った二人の番人の騎士たちが待ち構えていた。


 その二人の騎士たちは、大きな旗が掛かったハルバードを手に構えている。


 そして風になびいているその大きな旗には、オーガスタ王国の紋章が描かれていた。


 ルカはそんな二人の騎士たちの姿を興味津々に眺めた。


 彼らは見るからに強そうだ。下手に挑もうとしたものならば、ルカなどひとたまりもないだろう。


 「ご苦労様です。この方々は王の招待客です。安心してお通しください」


 するとトニが番人の騎士たちにそう告げた。


 そしてその騎士たちはトニの言葉を聞くと、すぐさま玄関口から端によけて道を開けてくれた。


 それから宮殿の中に入ると、どこまでも続く絢爛豪華な大広間が広がっていた。


 そしてその大広間にも玄関口と同じく、銀の鎧を纏った多くの騎士たちが、ルカたちが通る赤絨毯を挟むようにして整列して立っていた。


 大広間は外とは違い重い空気が立ち込めている。


 一行はトニを先頭に、ノエル、ルカ、ヨハンの順番に、騎士たちが構えるハルバートのアーチの中を潜り抜けた。


 そして大広間の奥にあるオーガスタ国王が待つ謁見の間を目指した。


 程なくして謁見の間に到着。すると目の前には大きな玉座が見えた。


 そしてその大きな玉座には、長い黒髪に煌びやかな王冠を被り、立派な口髭をたくわえた初老の男が鎮座しているのが見えた。


 恐らく彼がこのオーガスタ国王のようだ。


 そしてその彼の横には、同じく長い黒髪の若い男が立っていた。


 トニとノエルは二人横に並び、すぐさまその身を屈めオーガスタ国王にひざまづいた。


 ルカもまたヨハンと二人横に並び、ノエルたちのすぐ後ろで国王に向けて身を屈めひざまづいた。


 「ノースフィールドのノエルよ、遠路遥々よくぞ参られた。構わん、顔を上げよ」


 オーガスタ王が静かに口を開いた。


 「ありがたき御言葉。陛下にお会いできるこの日を、ずっと心待ちにしておりました」


 ノエルは王の顔を見上げながらそう答えた。


 「明日行われる我が嫡男アンドレとの親善試合、余も楽しみにしておる。余の隣にいるこれが、アンドレである」


 オーガスタ国王がそう告げるも、彼の隣にいるアンドレはそっぽを向いていて、全くこちらに興味が無い様子だ。


 「ほれアンドレよ、一行に挨拶を」


 オーガスタ国王は痺れを切らし彼にそう促した。


 するとアンドレは、ようやく反応を見せてくれた。そして彼は不敵な笑みを浮かべながらノエルの元へと歩み寄ってきた。


 「へえ、コイツが噂の剣豪ノースフィールドのノエルって奴か。色白で女みてえな顔してんな」


 アンドレは意地の悪い笑みを浮かべながら、自らのズボンのポケットから金貨数枚を取り出し、それらを床に放りばら撒いた。


 「ノエルよ、全部拾ってオレ様に差し出せ」


 アンドレが上から見下ろしノエルにそう告げた。


 「兄上、このような醜態を晒すのはお辞めください!」


 すると突然、トニが立ち上がり、ノエルをかばおうとアンドレの前に立ち塞がった。


 「が高い! この妾の子が! 誰が立って良いと言った!」


 アンドレはトニを力任せに蹴り飛ばした。するとその反動で、トニはそのまま後ろに倒れ込んでしまった。


 静寂が支配する中、王の謁見の間に張り詰めた空気が流れる。


 「アンドレよ、ほどほどにな。若い者たち同士、仲良くするが良い」


 するとオーガスタ国王はそれだけ告げると、おもむろに玉座から立ち上がり、そのまま謁見の間から去って行ってしまった。


 「おい、田舎者のノエル。物乞いみたいにさっさと金貨を拾い集めろ。そしてオレ様に差し出せ。ほら」


 アンドレの高笑いが謁見の間に響き渡る。


 「お願いです! やめてください!」


 すると突然、今度はヨハンが泣き叫びながらアンドレの膝にすがりついた。


 「触んじゃねえ! この愚民が!」


 アンドレの顔色が豹変。そして彼は自らにすがりつくヨハンの頭を力任せに蹴り飛ばした。


  「ヨハン!」


 ルカは思わず彼の名を叫んだ。そしてすかさず後ろに倒れ込んでしまったヨハンの安否を確認した。


 彼はすすり泣いているが無事のようだ。幸いにも怪我は無さそうだ。


 「ああ? お前もオレ様の足にすがりついてみるか? あ、そうだ。お前がオレ様の靴を舐めたら、ノエルを見逃してやっても良いぞ。どうだ?」


 アンドレは今度は、ルカの方を見下ろしほくそ笑んでいる。


 心の底から激しい怒りが込み上げてくる。ルカは我慢できずアンドレを睨みつけた。


 するとそれを見たアンドレの顔色が再び豹変した。


 「何だその目は? ああ? オレ様は次の世の王であるぞ! このオレ様が望めば、お前やそのお前の家族など、秒で皆殺しにしてやれるわ! ギロチン持って来い! 今すぐこのクソ生意気なガキを処刑してくれる!」


 声を荒げるアンドレは、自らの腰元の剣を抜きその剣先をルカの鼻先へと突きつけてきた。


 「陛下、おやめください」


 ノエルはアンドレの方を見上げた。


 そして彼は次に床を這いながら、ばら撒かれた金貨を全て拾い集め、ひざまづきながらその集めた金貨をアンドレに差し出した。


 「ああ? その程度でこのオレ様の怒りが収まるとでも思うたか!」


 さらに悪態をつくアンドレは、ついには剣を振り上げた。


 「兄上! いい加減にしてください! あまりにも見苦しい! それ以上我が王家の恥を晒すのであれば、このトニが実の弟として、あなた様をこの場で処刑いたします!」


 トニは両手のひらをアンドレに向けてかざした。


 「一体どうした? 騒がしい……」


 すると突然、オーガスタ国王が謁見の間に再び姿を見せた。


 「父上! この愚民が私に無礼を働いたのでございます!」


 アンドレは怒りで顔を赤らめながら、ルカの方を指差してきた。


 「それは違います! 客人に無礼を働いたのは兄上の方でございます!」


 トニがすかさずそれを否定してくれた。


 「トニよ。お前は黙りなさい」


 するとオーガスタ国王はトニを制止した。


 「アンドレよ、その怒りは全て明日の親善試合でぶつければ良いではないか。今は剣を納め、明日に備えて研いでおけ」


 そして彼は諭すようにアンドレをなだめた。するとアンドレは大人しく剣を自らの腰元の鞘へと納めた。


 「この場は父上の顔を立てるゆえ見逃してやる。だが、明日の親善試合は覚悟しておけ。多くの観衆の前でお前ら全員を我が剣の餌食にしてくれる」


 そして彼は、あからさまに不機嫌な態度でズカズカと音をたてながら謁見の間を去って行った。


 「ノースフィールドのノエルとそのお付きの者たちよ、本当に済まなかった。アレは気性が荒くてな。子供のじゃれ合いと思いあえて見逃したのだが、少々度が過ぎたようだ。息子の数々の無礼を、父である余が代わりにお詫びを申す。どうか許してくれ」


 オーガスタ国王は頭を下げながら静かな口調で謝罪した。


 「いえ、滅相もございません。勿体なき御言葉。そもそもは私の不徳の致すところ、私の方こそ深くお詫び申し上げます」


 ノエルはひざまづいたまま、オーガスタ国王へ向けて深くこうべを垂れた。


 「明日の親善試合、楽しみにしておるぞ。健闘を祈る」


 するとオーガスタ王はそう告げると、再び謁見の間を去って行った。


 ルカは心配のあまり、ひざまづくノエルの後ろ姿を見つめた。


 彼は今どう思っているのだろう? 


 そして明日の親善試合には、どんな気持ちで臨むのだろうか?


 謁見の間にいる者たちの中で、誰一人としてこの時のノエルを顔を見た者はいない。

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