第4話 王都セントラルへ
二階建ての家二軒分の大きさはあるだろうか、目の前にはワイバーン種と呼ばれる巨大な飛竜が横たわっている。
遠く彼方の土地にある王都セントラルから、この街までの移動により疲労してしまったのだろう。
その疲労を癒すかのように、飛竜は静かに目を瞑り眠っている。
生まれてこの方、飛竜と呼ばれる生き物を見るのは初めてだ。
ルカはその飛竜の巨体に驚愕するあまり、興奮を通り越して、もはや呆然と立ち尽くしてしまった。
遠くの方では、ジョシュやトーマスたちがはしゃいでいる声がする。
ルカのすぐ隣には、ノースフィールドの街の領主の息子にして、勇者ルキウスの末裔でもあるノエル・ノースフィールドの姿があった。
彼は我らが祖国オーガスタ王国の国王ミロスラフ・ロイヤルズ・オーガスタの
その理由は、国王の太子であるアンドレ・ロイヤルズ・オーガスタと剣術の親善試合をするためだ。
そしてどういう理由でそうなったのかは分からない。
なぜかルカが、数多くの学校の男子生徒たちの中から、ノエルの旅の付き人に選ばれたのだった。
「よろしく」
ノエルは優しげな笑顔でルカに握手を求めてきてくれた。
それに対し自分の立場に戸惑ってしまっていたルカは、彼との握手を交わす際、「どうも」と一言返すだけで、つい無愛想になってしまったのだった。
「よろしくお願いします!」
すると急にヨハンがルカの横から割り込んできた。
そして彼ははしゃぐあまり、なりふり構わずノエルの右手を両手で握った。
ヨハンは今回の件に関しては、人員として選出されていない。
けれども彼がどうしても旅について行きたそうにしていたので、ルカがダメ元でゴルドルフ教官に掛け合ってみたのだった。
すると、それがすんなり通ったのだった。
「ルカ、行ってらっしゃい」
母のハンナが優しげな笑顔でこちらに手を振ってきてくれた。
「行ってくるよ」
ルカもまた彼女に笑顔で手を振って答えた。
「無茶して怪我しないようにね。絶対に無事で帰って来なよ」
しかしただ一人、オリビアだけはなぜか心配そうにしている。
「大丈夫だよ。ノエルさんもついてるし。戦場に行く訳じゃないんだから、そんな顔するなよ」
ルカは宥めるように彼女に優しくそう告げた。
何だか他人である幼なじみのオリビアの方が、実の母親ハンナより何倍も耳障りなことを言ってくる。
そんな彼女が少しだけ鬱陶しく思える。
(全くどっちが母親なんだか……)
気を取り直してルカは飛竜の背中に乗り、用意されてある四人がけの座席の一つに腰掛けた。
ルカの次に、今度はノエルが飛竜の背中の上に乗り込んできた。
そして彼は自身を見送りにきてくれた大勢の観衆に向けて、大きく手を振りつつ笑顔を振り撒いた。
するとその多くの観衆から、ノエルに向けて盛大なる拍手と歓声が上がった。
そんな暖かい拍手や歓声に包まれながら、彼は静かにルカが座っている前の座席に座った。
そして最後にヨハンが乗り込んできた。
彼は上手くバランスが取れないようで、フラフラになりながら飛竜の背中に乗り込んできた。
しかし一度乗り込むと、一目散にノエルが座っている座席のすぐ隣に座ろうとした。
するとその瞬間、ヨハンはバランスを崩してしまい、そのまま背中から後ろに倒れてしまった。
そしてその勢いで、彼は飛竜の背中からそのまま落っこちそうになってしまった。
しかしそんなヨハンの身体をノエルは上手い具合に両腕でキャッチし、まるでお姫様抱っこのような姿勢で彼を抱き上げた。
そしてそっと優しくその抱き上げている彼を、自らのすぐ隣の座席に下ろし座らせた。
その際に思わず顔を赤らめながら惚けてしまっているヨハン。
そんな彼に対し、観衆の中の多くの女性たちが嫉妬のブーイングを辺り一帯に轟かせた。
(何だ? この訳の分からん光景は……)
ルカは飛竜の上に乗り込むメンバーの中で、ただ一人だけ置いてけぼりを食らったような気分になってしまった。
それからそうこうしているうちに、王都の兵士が飛竜の首に跨がり手綱を握った。
いよいよ出発の時が来たようだ。
「面倒臭いことは全部僕がやるから、君は僕のそばについているだけでいいよ。何にも心配いらないから、気軽に遊びに行く気分でいるといい」
ノエルは後ろを振り向きルカに笑顔を向けてきた。
「ノエル様、僕は?」
ヨハンが隣に座っているノエルに不安そうな顔を向けた。
「君もだよ」
ノエルは優しげにヨハンに微笑みかけた。
するとヨハンは、その彼の笑顔を見て満面の笑みを浮かべた。
パーンッ!
すると突然、手綱を弾く乾いた音が辺り一帯に鳴り響いた。
そしてその瞬間、眠っていた飛竜がその巨体を起こし、たゆたんでいた翼を大きく広げた。
その飛竜の翼のあまりの大きさに、その場にいる誰もが驚愕し騒然となってしまった。
そんなことなどお構いなしに、王都の兵士は再び自らの両手に握っている手綱を力強く弾いた。
すると今度は、巨大な飛竜は二枚の翼で大きく羽ばたきを始めた。
それに伴い飛竜の周囲を強風が吹き荒れ始める。
そして飛竜はその吹き荒れる風に乗り、少しずつゆっくりと空へと浮上し始めた。
そんな中、ルカは徐々に離れていく地上を見下ろした。
こちらを見上げている母ハンナとオリビアの姿がどんどん小さくなっていく。
そんな二人の姿を見ていると、なぜだか名残惜しくなってしまう。
(行ってきます……)
ルカはそんな地上にいる二人に向けて、密かに心の中でそう呟いたのだった。
❇︎❇︎
遠くに連なるのは、雪化粧の施された高い山々。
また別の方角を眺めてみると、どこまでも続く地平線が見える。
それから真下に見えるのは、広い森林地帯に流れる大きな河川。
少し遠くの場所には草原も見える。そしてそこで生息する野生の馬や鹿などの動物たち。
空の上から見る絶景は、どれもルカにとっては物珍しく、また感動を与えてくれる。
今日はわりと暖かな気候で、晴天にも恵まれていたはずだ。
しかしいざ空の上に来ると、気温が低いせいなのか肌寒さを感じる。
わりと暑かった地上で無理やりに羽織らされたマントを、もう一枚ぐらい羽織れば良かったと後悔してしまうぐらいに今は肌寒い。
そんな中、ふとノエルの様子をうかがってみる。
後ろからなので表情は見えないが、彼は一切の動揺も見せず微動だに動いていない。
ましてや寒さに縮こまりながら震える様子も全くない。
ちなみにその彼の隣の席にいるヨハンに関しては、案の定、寒さに打ち震えその身を縮こませていた。
するとそれを見かねてなのか、ノエルがヨハンを自らの胸の中に抱き寄せ、自らが羽織っているマントをヨハンの背中に被せた。
そして再び惚けるヨハン。そんな彼は、ノエルの顔を崇めるように見つめ続けていた。
(だから何なんだよ? このやり取りは!)
そして再びルカは、クルーの中で一人だけ置いてけぼりを喰らったようは気分にさせられたのだった。
まあ、それはさて置き、ヨハンのノエルに対する憧れは相当なものだったらしい。
ノースフィールドの街を出発したそばから彼はノエルにずっと懐いている。
それに対し、ノエルが嫌な顔一つしていないことだけが、本当に唯一の救いである。
これを機にヨハンがノエルと親しくなれたのなら、彼を旅のお供に加えるようにゴルドルフに掛け合った甲斐もあるってものだ。
(良かったな……)
ルカは親友が憧れの人に寄り添っている姿を何気に眺めていた。
何だか嬉しくもあり、ほっこりと温かい気持ちにもなってくる。
それからしばらく空の旅を楽しんでいると、目の前の少し遠くの景色に、とても広大な街の景色が見え始めてきた。
遠くから眺めているのにも関わらず、その街の塀の壁は近隣のどの山よりも高くどこまでも長く続いている。
そしてその街の中心には、その塀の壁よりもさらに高い建造物がそびえ立っている。恐らくあれが国王の居城なのだろう。
「もうじき到着する。あそこに見えるのが、我らが祖国オーガスタの首都セントラルだ」
前の席に座るノエルが、遠くの景色を指差しながらそう告げてきた。
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