第3話 ルキウスの丘の聖剣

 学校では胆力を鍛えるための授業もある。


 男子生徒たちは皆、学校の敷地の外にある森林地帯に連れて行かれた。


 今から行われる授業は単純で、一人ずつそれぞれに一枚の地図を手渡され、その地図を見ながらゴルドルフ教官が待つ目的地を目指すというものだ。


 しかし単純とは言っても、そんなに生易しい授業ではない。


 スタート地点を出発してからゴール地点を目指すまでに、数々の登り坂や悪路を通ったりする。


 道によっては、急な傾斜の崖を登ったりもする。


 そしていよいよ地図が男子生徒たち全員に配られた。ちなみに地図を配っているのはジョシュの腰巾着であるトーマスだ。


 彼はルカに地図を渡す際に不適な笑みを浮かべた。ルカは薄気味悪さを覚えたが、あえてそれを無視した。


 五分ごとに男子生徒たちが一人ずつ出発して行く。


 基本は一人で道を進んで行かなければならない。


 しかし最悪の事態も想定して、合流した者同士で協力し合って目的地を目指すことも許可されている。


 十数人ほどが出発してから、やっと自分の番が回ってきてルカはスタート地点を出発した。


 地図を見ながら道を進んで行く。


 今日に限ってはやけに道標の矢印が多い気がする。そして歩いて行くうちに、ついに途中から道が無くなってしまった。


 今までの授業ではあり得なかったことなのだが、今回からは少し手法を変えたのだろう。


 ルカは構わず道無き道を進み続けた。


 地図を頼りに進んでいるが、誰一人として他の生徒とたちと遭遇していない。


 そして挙げ句の果てには、今まで見たことのないほど大きな渓流にたどり着いてしまった。


 そしてその上流の方には、初めて見る大きな滝まで見えている。


 地図の矢印は滝の方を差しているので、ルカはとりあえず滝の方まで進むことにした。


 そして滝にたどり着くと、そこは急な傾斜の高い崖になっていた。


 地図の矢印に従うと、目の前の高い崖を登らなければならないようだ。


 (え? これを登れと?)


 しかしこの崖を登らないければ目的地には辿り着けないので、つべこべ言わず登るしかない。


 ルカは仕方なく崖を登って行くことにした。


 (これはあんまりだろ……)


 登っている最中に段々腹が立ってきた。


 ルカが登っている高い崖は急な傾斜どころか、もはや断崖絶壁である。


 それでもルカは負けじと高さ三十メートルほどはあろう崖を登り続けた。


 そしてやっとのことでその高い崖を上り切ったのだが、やはり後々考えても何か様子がおかしい。


 生徒たちのうち一人ぐらいは、崖を登りきれず下で立ち往生していてもおかしくはないはずだ。


 その上、ルカよりも先にヨハンが出発しているはずだ。そのヨハンもまたどこにも見当たらない。


 彼に限っては、この崖を登り切れるほどの忍耐と体力は持ち合わせてないはず。


 ルカはもう一度地図をよく確認してみた。


 すると地図の中のいくつかの矢印が付け足されていることに気付いてしまった。


 そしてルカは地図を配る時のトーマスのあの薄ら笑いを思い出したのだった。


 ルカはただ愕然とした。ジョシュたちにはめられてしまったことを、今になって気づいたのだった。


 地図に足された矢印を見てみると、どれも何も考えず適当にやったということが嫌でも伝わってくる。


 想像力の乏しい何ともジョシュらしい手口だ。


 万が一にも彼が物事をよく考えて行動する人間ならば、わざわざこんな断崖絶壁の高い崖は危険過ぎて絶対に選ばないはずだ。


 ただのいたずらや嫌がらせ目的でもし相手を死なせてしまったら、殺そうという意図がない限り、絶対に自分が後悔することになる。


 (これがもしヨハンだったらどうするんだ!)


 ルカはジョシュたちに無性に腹が立ってしまった。


 しかし今はそれどころではない。彼らのことはとりあえず後回しだ。


 とにかく今は早く学校に戻らなければゴルドルフ教官に怒られてしまう。


 しかしゴール地点を目指そうにも、そのゴール地点がどこなのかも分からない。


 だからゴール地点を目指すのは今更もう無理なので、学校を目指すことにする。


 そんなことより、滝のそばだからなのか、何だか肌寒くなってきた。


 (早く帰ろ……)


 ルカは足早に歩き出そうとした。


 しかしその瞬間、ふと目の前に微かに青白き光を放つ棒のような物体が見えた。


 その棒のような物体は、大きな岩の上で自立している。


 薄気味悪いと思いつつも、ルカは引き寄せられるようにして、その青白く光る物体の方へとゆっくり歩いて行ってしまった。


 近づいてみると、その棒のような物体は古びた剣だった。


 しかし古びているとは言え、柄の部分には美しく輝く蒼い宝玉があり、それを中心にして重厚感溢れる立派な装飾が施されている。


 そしてその剣は、大きな岩の上に自立しているのではなく、岩に深く突き刺さっていた。


 刀身に苔が生えていることから、この剣は相当古い時代からこの岩にずっと突き刺さっていたのだろう。


 (やべえ、ここってもしかして……)


 聖剣エクスカリバーが突き刺さる大きな岩場は聖域とされ、ノース・フィールドの街の領主以外は立ち入り禁止の場所とされている。


 これはこの街に住む者の誰もが知る暗黙の掟である。そしてその掟を破った者は、何人たりとも例外無く牢へ投獄されることになる。


 大きな岩、そしてその大きな岩に突き刺さる古びた剣。目の前に広がる光景は、明らかに聖剣が眠る聖域である。


 (やべえ!)


 知らず知らずのうちにルカはとんでもない場所に立ち入ってしまったようだ。


 誰にも見つからないように早くこの場から立ち去らなければならない。

 

 しかし気のせいか、聖剣はルカを呼んでいるように思えた。


 そしてルカは無意識のうちに、青白く光る聖剣の柄を強く握りしめていたのだった。


 するとその瞬間、聖剣の光は激しさを増し眩い光を放ち始めた。


 意識がうっすらと遠のいていく中、ルカはその眩い光の中へと包まれて行ったのだった。


 気がつくと、ルカの周りには焼け野原が広がっていた。


 そして目の前に見えるのは、岩に深く突き刺さっていたはずの聖剣。


 そしてその聖剣を構える一人の男の大きな背中があった。


 その男が対峙しているのは、凶暴な獣や悪魔の大群。ルカはそれを目の当たりにして思わず怖気付いてしまった。


 すると目の前にいる男は、大勢の獣や悪魔たちを、自らがその手に握る聖剣で真一文字に薙ぎ払った。


 次の瞬間、剣は青白く眩い閃光を放ち、目の前に立ちはだかっていた大勢の獣や悪魔たちをたった一撃で消し飛ばし一掃してしまった。


 それはまさに一瞬の出来事だった。


 そしてルカは再び聖剣が放つ青白く眩い光の中へと包まれて行った。


 ぼんやりとする中、徐々に意識が戻っていく。


 聖剣の柄を強く握りしめている自らの右手。ルカはそのままの状態でしばらく茫然となっていた。


 「そこで何をしている?」


 突然の男の声がした。ルカは思わず男の方を振り返った。


 「ここはノース・フィールドの領主だけが立ち入ることを許されている聖域と分かっているのか?」


 そして男はそう尋ねてきた。顔をよく見ると、その男は何とベルハルトだった。


 「アンタこそ何してんだよ? ここが街の偉い領主様以外立ち入り禁止なら、アンタもおれと同罪だろ?」


 ルカはベルハルトにそう返した。


 「それもそうだ。こりゃ一本取られたな」


 ベルハルトは笑った。


 「もうじきここに領主様がやって来る。見つかる前に早くこの場を立ち去ろう。この先の森を真っ直ぐ下ると街に出る。小さな小道があるから、それをたどれば迷うことはないだろう。さあ、早く行きなさい」


 ベルハルトは優しげにそう告げてきた。


 「アンタはどうするんだ?」


 ルカは何気に彼に尋ねた。


 「私には領主様から仕事を一つ仰せつかっている。それを終わらせなければならない。お前と違って私は忙しいのだ。じゃあな、早く行け少年」


 ベルハルトはそう告げてから、静かに森の中へと去って行った。


 それからルカは、ベルハルトの言う通りに森を真っ直ぐ下ってみたのだった。


 するとものの五分ほどで街の中心部にたどり着くことができたのだった。


 無事に学校にたどり着くことはできたのだが、学校に戻ってから、ルカがゴルドルフ教官に大目玉を食らったのは言うまでもない。

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